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29
2017

「正気か?」

CATEGORYたわ言
 人間が一日で正気の時間って、実は凄く短いと思う。一日の中で。
 一日24時間、活動時間が14時間~18時間だとして、せいぜい30分~2時間ぐらいじゃないか、と思う。体感的に。
 いや、単に俺がまともじゃないだけかもしれないが。
 だったら、まともじゃない人間の寝言だと思ってくれ。

 2017/04/07の「ホルモン」でも書いたが、それは加齢と共に増えていくものかもしれない。
 要は刺激にかき乱されたり、何かに気を取られたりすると、正気ってのは容易く掻き消える、それほど儚いものに感じる。
 これはもう、意志の力とか、集中力とか、そういったものでは覆せない気がする。

 俺は夜型人間で、それは根っから夜が好きだからだけど、夜の時間ほど心はかき乱される。
 人が少なくて、静かで、星と月は太陽より鬱陶しくなくて、うだるような感じがなくて、影は明かりに動揺して、
 そういうところが落ち着くけど、そういうところが此の世の出来合いの”まとも”というものを分からなくさせる。
 君が夜の何に狂うかは分からないが、昼にだって狂おしいものは転がってるが、やはり夜が君を惑わしてるんだ。
 どれだけ夜型人間と詐称しても、夜型人間は軒並み頭が狂ってると思う。
 人間は早朝から昼間に生活してたほうが、長期的に見れば落ち着いてる。誤魔化しても仕方の無い事実だ。
 でも君が朝より夜が好きというなら、気が合うね、と言いたい。

 そもそも正気ってなんだろう。本来のそいつ自身? ”本来”って、どこからどこまでのことなんだ?
 とりあえず「個人が最もパフォーマンスを発揮できる時間帯」として語っている。
 コンディションや練習量、向いてる時間帯で持ち時間は変わってくると思う。
 ■コンディション:
 ・体調はいいに越した事は無い
 ・空腹、多少の寝不足など危機的状況の方が短期的には能力が高い
 ・ある程度のルーティンを組むことで、慣れない環境化や不調でも一定の効果を発揮できる
 (ただしあまり複雑なルーティンを組むと、こなせないとき過度のストレスがかかる、というリスクがある)
 ■練習量:
 ・多いに越した事は無い
 ・きりは無いものの、例外に対する練習も肝要
 ・「練習したことの復習」「練習していないことへの練習」「練習しなくても出来る様になる訓練」の三要素がある
 ・結局のところ、練習は「練習していないことへの対応力」が目的でするもの
 ■向いてる時間帯:
 ・完全に体質、あるいは性格によるところ
 ・もはやアティチュードの世界だから、単なる向き不向き

 狂気はごくありきたりで誰もが持っているものだと思う。むしろ、その中で生きているとすら。
 水面下で、すぐ隣で、首筋で、体の芯で、色んなところで渦巻いてる。
 純度の問題なのだと思う。
 より研ぎ澄まして狂ってしまうことは、むしろ正気の只中に、波紋の一つも無くたたずむことだ。
 正気とは平坦で差し支えの無い砂利道ではなく、嵐のあとの凪、そういう静けさを持つ。

 とりあえず、言うまでもなくライブ中の俺だけが正気で、あとはまともじゃない。
 もうどうしようもない。生死の境でしか人間は我に返ることが出来ないんだよ、きっと。
 混乱してるとライブは、やっぱりいいものにはならないし。
 極めて正気で、心底から熱狂している。

 君は果たして正気だろうか。
 君には俺が正気に見えてるだろうか。
 俺たちはあまりに鬱陶しい、狂った世界の中、残り僅かの正気をすり減らしながら生きている。
 正気の君に会いたい。正気の俺を見て欲しい。
 殺しあうことも、憎みあうことも、奪い合うこともない、淡い水槽の底で。
 それ以外のことは忘れよう。覚えていても、そのことでいがみ合うのは辞めよう。
 狂気は誰のせいでもない。
 だって記憶を失ったら、俺たちはまた愛し合えるはずだよ。
 そのことだけは、どうか忘れないでいてください。
27
2017

CATEGORY
 極度の偏食です。
 大雑把に言うと野菜は一切食べられない。
 もう何十回も何百回も話題にしてきたことで、強く否定する人はいないが、私の結論では
 「偏食は食べ物に失礼」
 「偏食は我が儘」
 「偏食はみんなで食事する場に出てくるな」
 こういうことです。
 だってアレルギーじゃない、死ぬわけじゃないんですよ。

 いっそ死ねばよかったのに。

 でも死ぬわけじゃないからこそ、
 ただの大袈裟で迷惑な存在として、
 そこに煙たくのさばっていやがるわけですね。

 食事が一切楽しくないです。
 アルコォルと煙草のおかげで多少緩和されましたが、今でも苦痛です。
 どうやら死ぬまで続くらしいです。
 幼稚園の頃から絶望してます。

 何かを食べた時、一番最初に思うことは「美味しい」「不味い」ではなく、
 「よかった、食べられるものだ」です。

 それ以外は「吐きそう」です。
 人前で吐くのはいけないことだと分かっているので、口に入れたものは急いで飲み込める大きさまで噛み砕いて嚥下します。
 噛み砕いて味が染みでる度に、あまりの不味さとえづきで涙が浮かびます。飲み込むときも。
 飲み込んだあとも、後味が舌と歯と鼻に残ります。
 毒を飲んでる気分になります。正確には、食べ物が自分の口の中で毒になっていく感触がします。
 凄くしょっぱくて味の濃いものが好きです。
 食べたいわけじゃなくて、その後味をかき消せるからです。
 でも本当は、何にも味がしないパンが落ち着きます。
 一番好きなのは水です。

 何人かで食事しているとき、私の食生活を知っているか知らないかに限らず、
 全員が私が食べるのを監視しているような気がします。
 ジロジロ眺めて「うわ、野菜取り除いてる。行儀悪いな」
 「いい歳して何やってんだよ」
 「食べる時全然喋んないな」
 「野菜食べて吐いたりしないだろうな」
 「大丈夫?笑、君なんかに食べられるものがここにある?笑、無くても文句言わないでね?笑」
 「早く食えよ。うわ、残した」
 「こいつがいるせいでアレが頼めなかった。好きなのに。このスープもおかげで具が少ない。味が淡白だ」
 「どうせ食わねえんだから、早くくれねえかな、それ」
 こう言ってます。
 毎回です。流石にもうあまり気にならなくなりました。
 幻聴ではなくて、単語や切れっ端だけなら、実際によく聞きます。
 だから一人で黙って急いで食べるのが一番落ち着きます。
 それ以外は苦痛です。

 「俺が食べてあげる」って台詞に虫酸が走ります。
 頼んでないです。
 してあげる、ってなんですか?
 私、困ってるんですか?
 そうなんでしょうね。
 黙って持っていってください、全部。
 私、何にも食べたいと思ってないんですから。

 面倒臭いらしいです。
 そうだろうなぁ。
 面と向かって言われると、全く嫌な気がしません。特に料理作る人から言われたら。
 そうだろうなぁ、と心底思うからです。
 全く嫌な気がせずただ、「そうです、だから、何もしないでね」と思うのです。
 作る人もよそう人も。

 でも誰も、そうは言わないんですよね。
 「そっか、じゃあ何にしようかな」と来るんです。
 もういい加減、勘弁してほしいんですよね。許して欲しいです。
 誰かが工場で無機質に作った、工業製品のようなパンやお菓子がいいんです。
 でもそうはいかないんですよね。
 真心がこもってると、鬱陶しくて仕方が無いんですよ。
 私は貴方の真心をゲーゲーしながら食う、失礼極まりない汚物なんですよ。ゲロと一緒です。
 貴方の真心を残飯にするんです。
 その「じゃあ何にしようかな」って、僕が生きてる間一生続けられるんですか?
 いつか「少しは食べてみたら?」とか、「自分でなんとかすれば?」に変わりますよね。
 だったら初めから「自分で用意して」でいいじゃないですか。
 もう疲れました。
 初めから私は頼んでないです。

 貧しくて食べたくても食べられない人がいるらしいですね。
 迷わず代わりたいって思います。
 こんな汚物は飢えたガキの代わりに今すぐ死ねばいいんですよ。
 貴方はそう言ったじゃないですか。
 そう言ったも同然でした。何度も言いました。

 人が食べてるものを「不味い」「ありえない」って言う人も嫌いです。
 時々偏食で開き直ってそう言う人がいますが、私もそんな奴死ねばいいと思います。
 私とそいつが死ねば丸く収まる話です。
 ありえないのは食べられない人の方です。
 私にとっては世の中の大半の食べ物が不味い、ありえないです。
 だったら不味いのは私の方でしょう。

 いっそ死ねばよかったのに。

 「いただきます」と言うときに、そう思って食べます。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 ごちそうさまでした。
27
2017

無差別攻撃

CATEGORYたわ言
 ツイッターを眺めてて「しゃらくせえなー」とよく思うことがあった。
 エアリプのことだ。
 ツイッターで他者に会話として発言することをリプと言う。
 その宛名を伏せて、要するに誰に言ってるか分からんように濁して書くのをエアリプと言う。大体悪口だ。

 コレな、俺も時々広義では類することやっちゃってると思うんだけど、すげーダサいと思う。
 俺の場合、駄目なものに対して物申したいときは、本人が見る見ないはともかく「〇〇はクソ、くたばれ」ってハッキリ書くようにしている。それか、かなり限定的に書く。
 「全体的になんか駄目」ってときは書かない。全員駄目(自分も含む)だと思ってる。
 別に「文句があるなら本人にビシバシぶつけろ」とかそこまでは言わない。そこまでの熱量使いたくないときも頻繁にあるだろう。
 俺の場合は発言した結果で後ろから刺されてもいいと思っているし、刺された凶器で刺し殺し返す次元で生きてるんだけど、周りがそんな殺伐とした世の中になるのは御免だ。しんどすぎる。
 ネガティブなことを書くな、というのはお門違いもいいとこで、それはもう自分の領分で好き放題ほざけばいい。文句言ってっけど、嫌なら見るなで片付ければいい。
 そして、そのときは攻撃対象をハッキリ分かるようにまとめた方がいいんじゃねえのってこと。

 なんでかというと、何かをあげつらうときの不可抗力というか、ただでさえ誤解されるのにエアリプみたいにぼかしてっと「あれ、これもしかして自分のこと?」って周りの人は思うわけだ。
 俺は日頃「気にするな」「スルーしろ」「大半はただの蠅」というスタンスだけど、やっぱ気になるのは気になるっしょ。
 っていうか、特に創作家とかだったら人よりビンビンの感受性してんだから、一切関係なさそうなことでもスゲエ勘繰ったりするもんだぜ。
 中には「いや、明らかにお前じゃないだろ……」っていうのにまで反応するのもいるけど。そういうのはさすがに相手してらんない。
 僕ちんはわざと勘違いさせるのを狙ってぼかすこともある(というか、ぼかすときはそういう意図しかない)けど、殆どの奴はそうじゃないだろ?
 結局何が気に入らないのか自分でもハッキリできないから、ぼんやり不満をガス抜きしてんでしょ?
 だからエアリプはダサい。
 悪いことを悪い、気に入らんものを(俺は)認めない、と発言するのに、何故大事なところをぼかすのか。
 そこ一番重要だろ。刃物出す段階ですら日和るなら、最初から黙ってた方がマシだわ。
 刃物を構えたのに冷静になって振り下ろすのはやめた、でも怒りが収まらなくて空振りしたら誰かに当たっちゃった。
 笑えねえよ。

 俺はどうしても極論で物を語る方だから、
 「まあまあ、諸事情でそうはいかない場合もあるんだよ」みたいな窘めが入ったりもすんだけど、
 「うるせえそんなことは分かってんだよ、いちいち例外に構ってモノが言えるかヴォケ!」って感じだ。
 あと、そういった例外にはキチンと別の回答を用意してるので、的外れもいーとこです。考え過ぎるほど考えてんだよコッチは。
 勝手に一緒にするな、バカが。俺はすでにズタボロだから喚いてんだ、お前も俺と同じ針地獄まで来い。

 更にモヤッとするのが、心なしか、ディスる対象をぼかす人って、何かを褒めるときもぼかす場合多いなっていう。
 いや、それ一番アカンから……いいものをいいって言えないのは悲しすぎるから……。
 そりゃあよ、最初から分かってんだよ。いいも悪いも、ハッキリ言わない理由。
 要は傷つきたくないわけでしょ。他人のことは傷つけるけど。他人のこと癒したいんでしょ。自分の怪我はおざなりに。
 でもそんなもんじゃ誰も救われない。
 そんなもんじゃ誰も治らない。
 周りの人間が全員ちょっと嫌な気持ちになる、ただそれだけ。
 自分これ好きって表明して、これは嫌いって表明して、
 「そんなのどこがいいの?」
 「滑稽」
 「みっともない」
 「これの良さが分からないなんて」
 「ぼっちが何か言ってら」
 「じゃあどっか行けば?」とかの意見が飛んでくるわけね。
 こっちの感情に追いついてない温度で。分かってねえなぁで済ませりゃいいんだけど、そーでもないんでしょ?
 いちいち凹んじゃうでしょ? 好きなものだけじゃなく、好きな自分や嫌いな自分まで丸ごと否定された気分になるでしょ?
 そういう物言いも多いし。俺もするし。

 俺はきっと、少し浴びすぎた。
 紛い物の血をしているからってだけなのに、どうしようもないところまで散々否定されて、もう、本当に麻痺してしまった。
 俺は鉄で出来ているから何も感じない。
 俺のことを否定する人間は、俺の言い分や俺が何の為に言っているかなんて、絶対に考えない。
 理解者面する奴も、自分にまで飛び火してきたら即座に裏切ってくる。
 俺が自分の感情だけでは、何一つも発言しないことを理解しない。
 自分がそうじゃないから、そういう人間がいることが想像できない。無責任に気に入った意見に乗っかりたいだけ。
 嫌になるほど身に染みている。
 どちらにしても、ただ俺のやることなすことの一切を認めたくないだけ。パクりたいだけ。
 お前に対する不当な誹謗も、中身のない美辞麗句もそう。
 誰もお前自身なんか見てない。お前の持ち物を見てるだけ。

 この記事、特定の誰かに宛てて書いてるように見えるだろ。
 全然違うから。そしたら電話してるから。
 だから簡単なんだよ、お前らは。
 そういう自惚れは嫌いじゃねーよ。

 俺はいいものをいいって言うために、今までもこれからも、酷いものクソなものにゲロをぶちまけていくよ。狙いすまして。
 美しくないものなんか、知ったことか。
 テメェの持ち物なんぞ、何の興味もねえ。
24
2017

タスク管理

CATEGORYたわ言
 俺は「忙しい」ってほざくタイプが嫌いだ。何回も言ってるけど。
 スケジュール管理が下手糞です、と言いなおせ。
 やりたいことが一杯ある?? そんな訳が無い。優先順位をつけるのを怠けてるだけだ。
 世の中の法則は底の方で色々繋がってるから、そんなに沢山のことをやらなくても物事は多角的に学べる。
 単に集中力が続かなくて余所見してるだけだ。

 自分が忙しいのも嫌いなら、忙しくするしか能が無いやつも嫌いだ。
 すべきこともしなきゃならないことも世の中には一切ない。絶対ない。やりたいことをやるだけだ。
 やりたいことをやるために、やりたくないことをやる。これも間違いだ。
 やりたいことをやるために、やりたくないことを、やらなくて済むようにする。これが正解。
 結果的に俺は、やらないといけないこと、っていうことが凄く少ない。やりたいことをやりたいときに結構出来る。
 理想は他をゼロにしたいんだけど、そこまで行くと俺は飯も食わないし、風呂も入らなくなる。それはヤバいと理性で思う。

 いや、SNS見てるとみんな忙しそうだなって思ってさ。そんなにすることあるか?
 俺映画見て本読んで漫画見て曲作りしてゲームして音楽聴いて歌詞考えてライブして絵描いて遊ぶ予定立てて遊んで散歩してお酒呑んで買い物してお洒落して今何が流行ってるのか面白いものは何かと常に情報収集して、ってやってるけど、結構暇だぞ。
 忙しい人生なんて絶対嫌だ。暇の方がいい。暇のときすることなくて、頭にぽかっと不安なことが湧いてくるのが嫌なだけでしょ。
 それか、独りぼっちの時間が多くて遊び相手がいないってことが周りに筒抜けになるのが嫌なだけでしょ。
 そんなに目にするわけじゃないが、忙しいアピールしたり、「こういう手間隙を惜しまず俺は頑張ってる」っていうのを見るにつけ、アホくさって思うわ。惨めだなぁって。
 単に業務が溜まってそうなのは、ひたすらドンマイだけど。
 あんたの選んだ道やし、それは別にええやろ。黙ってやれや。好きなら幾らでもやれるだろ。

 --------良心回路停止--------
 創作に生活の何もかも費やさなければならない、というのは間違い。
 というのは間違い。
 それが創作のスタートライン、それ以外は無い。絶対無い
 そういう時期を持たずにいい年来てしまった人間は、一生センスが無い
 環境のせいじゃない。単に覚悟が足りず、周りにそれを強制させるカリスマも愛嬌も無かっただけ。ただの甘え
 天才でもないくせに、人並み以下の投資で上手いことやろうって神経が愚図。死ね
 優れたものには金と時間がかかっていて、それに見合った代価を払って初めて吸収できる。
 センスっていうのはとにかく量がものを言う。質も大事だが、量でカバーできる。賢ければ法則を見出すのも早いから量は少なくて済む。
 だからしこたま吸収して、自我を失って、また再構築して、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もそれを繰り返して、気が狂うほど救われたり、死んだほうがマシだと思うほど傷つけられたりして、それでも手放すことの出来ないほど美しく輝く魂の尻尾をようやく掠れる。
 そこまでしてようやく、天才じゃない奴にも魂が宿ったものが吐き出せる。
 テメエはただボケっと眺めて、すげーすげーって口開けて、あとで「凄いもん見たよ、凄いでしょ」って周りに言いふらしたかっただけだろ。
 テメエは凄くねえんだよ。死ね。
 命も人生も時間も心も身体も人間関係も全て費やして、それからコキやがれ。
 テメエは音楽に大金や命を払ったのかよ? 払ってねえだろ?
 だからその程度なんだよ。早く死ね。邪魔だ。
 生きてること自体が罪だ。
 --------良心回路起動----------

 怠け者方面に頑張り屋さんなんだ、俺は。全力でふざけて生きていくわ。ちゃらんぽらんたん。
24
2017

ヴァーチャル

CATEGORYたわ言
 ネット上のバズや炎上、喧嘩や恋愛なんかを見てると、いつも思うことがある。
 みんなネット上の人格がリアルのそいつ自身だと勘違いできる、とんだオメデテー脳みその持ち主なんだなって。
 発言してるのはそいつ自身なんだから、それがメディアだろうと手紙だろうとSNSだろうと同じと思うかもしれないが、残念ながら違う。
 そんなものを鵜呑みにできるのは、ただの世間知らずだと思う。それかドラマか何かの見すぎだ。
 発信者にも受け手にも色んなバイアスがかかるし、媒体の違いはそのまま印象の違いにも繋がる。
 たかがワンセンテンス発するだけで、結局のところ発信者の意図とは何重にも歪んだ言葉が届くわけ。
 誰もが正確な言葉を選択できるわけではないし、ましてや前後の文脈は概して省略されるし。
 もはや言葉に意思疎通の能力を期待するほうがバカらしい。

 例えば不倫の報道とか、死ぬ程どうでもいいだろ? 少なくとも俺はそう。十数年もテレビの無い生活をしていれば当たり前だ。
 よくそんな、現実に会うわけでもない人間をみんな、好きになったり嫌いになったり、好き放題評価したり出来るよな。
 暇なんだろうな。
 現実で云ったことすら、果たしてそいつの本意なのかなんて分からないのに、メディアやネットを介しての情報なんて信じようがねえだろ。
 俺はそういったもので人を好きになったり嫌いになったりできない。
 「こいつ語彙力無いなぁ」とか、「着目するとこセンスないなぁ」とか、
 「当たり前のことを自分なりの言葉にしようとして滑ってるなぁ」とか、
 「服ダサいなぁ」とか、「動物好きな私可愛いアピールかぁ」とか、
 これではそいつが頭悪い以上のことは分からない。
 つまり、そいつが俺にとって良い奴か悪い奴か、そういう証拠にはならない。
 大体、いちいちネット上の行動で他人のこと好きになったり嫌いになったり出来んのがすげーよ。余裕なさすぎだろ。
 一万のメール、一億の文字なんかより、終電に飛び乗って「遊びに行こう!」の一言の方が、ちょちょ億倍も重い。
 命に関わることってのは、そういうことよ。
 だから嫌いなんだよな、メール。業務連絡以外の何の役にも立たない。

 現実至上主義ってわけじゃないけど、結局顔を合わせて話するのが、一番理解が早い。
 表情、声のトーン、仕草、目のやりどころ、言葉尻の語気、その他色々、得られる情報量が多いから。
 それ以外の時間でもんもんと一人で考えたり、変に相手のSNSをストーキングしてみたり、そんなことしたって絶対間違った方に解釈の歪みが悪化していくだけだよ。
 人間関係はどこまでいっても誤解だけど、自分勝手な思い込みが入るといよいよ手に負えなくなる。
 それこそmixiの時代から、どんどん皆付き合い下手になっていってるな、と感じる。相互監視社会っていうかさ。
 ネットはただの道具で、道具に振り回されるのはバカらしいってこと。目的と手段が逆転してる。
 やっぱり、それもこれも、暇だからだろうな。

 このクソみたいなブログをマメに読んでると俺のことを好きになるだろうけど、それにしたって勘違いも甚だしいよ。
 俺が考えたことは俺自身の人格とは違うし、こうして文章に起こしても多分俺の言いたいことは伝わってない。
 だってお前は俺じゃないし。俺ですら俺のことはよく分からないし。なんならお前の方が知ってるんじゃないか? ん?
 そういうのはね、求めてないわけ。だって、云って聞くほどお前は素直じゃないだろ?
 真面目でもないし、ウブでもないし、利口でもないし、想像力もないし、ホントもうなんなんだよ

 創作の場合はそういった余計な手間が省けるからいいよな。
 歌詞にしたって自分なりの言い回し、本当に言いたいことを日本語のルールを壊すレベルで追求すれば大した問題は起きない。
 要するに受け手がバカのくせに理解した気になるから、諍いってのは起きるんだよ。
 他人なんて一生理解できっこねーよ。人間はバカなんだから。