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鳩 正義

Author:鳩 正義
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声を聴く

05 29, 2017 | たわ言

 自分の声を聴く。
 人の言葉で動いた自分は、その言葉を恐らく見失う。
 そしてまた間違うだろう。
 自分の声を聴く。
 何が正しいかは自分だけが知っている。
 そしてそれは常に語りかけている。
 湧き上がる言葉を聴く。
 誰かにとっての正解ではない。
 誰かのためになることがしたい。
 届けるべき相手に声を届けたい。
 余計なことはしない。
 誰かから渡された言葉を渡したいわけじゃない。
 私は自分の声を貴方に渡したいのだ。
 私は私を私たいのだ……。
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バンドという集団

05 17, 2017 | たわ言

 BUDDHA BRANDのブッダの休日を聴きながら。
 

 バンドとは会社、バンドとは仲間、バンドとは家族、バンドとは一つの共同体。
 大体そういう表現が多い。ライフハック的なものや、音楽活動の啓蒙という文脈では。
 基本的には「そういうもの」だが、猫も杓子もそんな無理に一枚岩になることもないのでは? と思っている。
 というか、そんな一面的な言葉では括って欲しくない。本気で嫌いでかつ、心底好きでどうしようもなく必要。結局そういうもんじゃないのか。
 長い時間、狭い空間で顔を突き合わせて過ごす。喧嘩したり笑ったり気まずくなったり見直したり突き放したり、仲が良いことばかりが良いわけではない。
 単純な結論になるが、要は個々が「こいつとは面白いことがやれる」「いいもんが作れる」という認識を持っていることが重要なのだと思う。
 個人的な話になるが、演奏やライブに対しての姿勢はGhettoのレディース(族)二人は俺とは比較にならないほどストイックだし、ライブに対しての姿勢が凄まじい。
 いや怠け者の俺からすれば殆どの人はみんな努力家なんだけど、今まで接した範囲でも二人はずば抜けてる。いつも刺激を貰っている。

 誰ということは全くないんだが、多方面の活動に手を出してトチってる人間が多いなと思う。特にアングラ(暗黒歌謡的な?)寄りの音楽性。
 勘違いしてほしくないんだが、俺はむしろ多方面の掛け持ち活動には比較的肯定的な方。詰め込むのもいいだろうし、スパンの違う別個の活動を両立するのも全然アリだと思う。
 俺は浮かんだアイディアは全部一箇所に盛り込みたがるから掛け持ちは今興味ないけど、他の人がする分には勝手にすれば、って思う。
 
 どうしてトチる人が多いかっていえば、何事も集団の内の個ではなく、個があって集団があるってことを全員が認知してないとね。当然だけど。
 自分なりの個性を確立するか、確立するために集団に属さないと、全部なあなあで終わっちゃうんだよな。おまけにバンドってのは大体少人数の集まりだから、一人駄目だと全部駄目になりがち。
 バンド見てて「コイツって要るの?」「コイツじゃないと駄目なの?」って思うこと、結構あるだろ? 俺は頻繁にあるんだけど。
 何の為にかは何でもいいけど、目的意識の無い演奏は趣味の範疇だからね。趣味が悪いとは言わないが。

 パートの性格上、俺は演奏力よりボイシングに力を割いている。ウワモノが(ベース、ドラム以外の楽器)が俺しかいないからな。
 理論的に作ってるわけじゃないけど、というか、そのせいで9割近く分数コードとクリシェとハイポジのテンション、オープンコードで再構成してるから、ああ見えてジャズやボサノヴァの進行が多いんだよ。
 変則チューニングにもカポにも頼らないで、よくやってるわ。ホントに。
 ■用語説明■
 ※ボイシング:和音の響き。同じ構成音でも並びが変わると印象が変わる。例えばドミソ、ドミソド、ドミソミでは三つともCの和音だが、微妙に音の豊かさや印象が異なる。
 ※分数コード:C/Bのように、和音に含まない音を根音(ルート音)に指定したコード。
 対位法が使えるので、ややクラシカルな響きになる。下降ルートや上昇ルートで進行に全体的な統一感を付与することも出来る。
 ※クリシェ:根音は変わらず、和音の上の音が変化する進行。A→AM7→A7→AM7など。
 ※オープンコード:開放弦を取り入れた和音。開放弦は倍音(音の豊かさ)を多く含むので、分数コードも相まって個性的なハーモニーを産む。他の楽器には無い、ギターだけが持つ魅力の一つ。
 ※変則チューニング:6~1弦(EADGBE)の並びを一部、又は全部変更したチューニング。法則が乱れるので狂ったコードが作りやすい。簡単に言うとSONIC YOUTH。
 ※カポ(カポタスト):弦押さえるとこにカポッと挟むアレ。キー(調)を上げる際、チューニングせずとも秒で移調できる優れもの。
 怠けながら(楽に)オープンコードや分数コードを弾きたい人の味方でもある。
 大サビで転調してリフレイン(繰り返し)するときにシレッと使うととてもダサい

 簡単に言うと、ギター二本分(バッキングとリード)を一本で無理矢理やってるわけね。創意工夫ってのは、不便や不足から産まれるんだねぇー……。
 でもそういうのがむしろ、唯一無二の響きになったりするから、面白い。なまじ竿もの(ギターやベースのこと。ナガモノとも)二本あると研究しないんだよな、そういうの。
 ギターというのは、なんと弦が六本もあるから、大ざっぱに言うとバイオリンやヴィオラ、チェロ等六本分を同時にオーケストレーションできるわけだ。
 というか、それぐらいしないとハーモニーへの貢献度が低すぎる。パンクやレゲエみたいなスカスカの音像が狙いならともかく、それ以外の音楽性だと単に耳が悪い。
 早弾きだけがギターのスキルじゃない。早弾きは練習すれば誰でも出来るし。

 俺がギターがめっちゃ好きだから、同じようにベースにこだわるやつ、ドラムに打ち込むやつと一緒にやれて超ラッキーだよ。
 歌は……そうだな……。
 海でも見に行こうかな……。(逃避)

おそるべき子供たち

05 11, 2017 | たわ言

 ジャン・コクトーは好きな文筆家だけど、それでもなく、ヌーヴェルヴァーグの話でもなく、MGSの話でもない。
 単に子供の話。

 全ての芸術が行き着く先は子供だと思っている。僕が一貫して根底に抱えているテーマは子供だし、向けている対象も常に子供だ。大人は一切無視している。
 本当はこのブログも、もっと全年齢向けに書ければなぁって思ってるんだけど、性格的にそれは無理だ。努力の節はたまに垣間見えるでしょ? これが限界。
 僕の「子供観」とも言うべきものは、この国の世間一般とは大分異なる。
 子供というものは大人が考えるより遥かに利口で、攻撃的で、異質で、悲嘆にくれている。
 そんなことはヘッセでもサリンジャーでもケルアックでもアゴダ・クリストフでも、適当に有名な海外小説読めば書いてあることなんだけど、皆は本読まないから知らないのはしょうがないね。
 知らないってのは資本社会ではどうやら罪で、そしてこれからその罪は加速度的に重くなっていくんだけど、こんな狂ったシステム、僕にはどうしようもない。
 ”海外は”なんて言い方嫌いなんだけど、インナー・チャイルドについての研究や理解について、この国が極端に遅れていることはれっきとした事実なんだ。
 スピリチュアルな話でも詐欺でもなんでもない、ただの学理的な話なんだけどな。どうして毛嫌いするのだろう。
 きっと自分の中のインナー・チャイルドを傷つけられるのが怖いんだね。だからそうやって閉じ込めて、どんどん息をさせなくする。
 
 歌手で上手いこと昇華してるのはCoccoとCharaぐらい。
 それでも彼女たちが「インナー・チャイルドが云々」って言い出したら、きっと多くの人はバカにしたり、からかったりするよね。
 僕はそれをいっぱい見てしまった。
 からかってる人の中のインナー・チャイルドは、締め上げられて悲鳴をあげるんだけど、きっと聞こえないのだろう。
 僕はその人のことが心底嫌いだけど、そのときばかりはその人のインナー・チャイルドが哀れだと思う。 

 言わずもがなだけど、子供は皆芸術の天才だ。
 歌の下手な子供や、絵の下手な子供、楽器の下手な子供、踊りの下手な子供というのは存在しない。
 お世辞とか幼稚な動きが新鮮とか、そういう小手先の話じゃなくて、彼らにとってそれらは生まれて初めての新しい体験で、だから見ている人にとっても新しいんだよ。
 だから本当は、世の中には今でも新しいものが沢山産まれているんだけど、
 いつしか「知っているから」という理由でワンパターンだとかパクリだとかジャンルだとか、
 クソの役にも立たないレッテルを貼って安心するようになった。「知っている」せいでね。
 ネットの集合知で比較は容易になったけど、結局判断するのは個人の裁量次第。
 だから「知らない」ってことは、本当に凄いことなんだよ。

 実のところ、別にあなたが有名な海外小説を読もうが読むまいが、どっちだっていい。
 知ろうとする気持ちが大事なのであって、知ってるか知らないかは大したことじゃないんだ。
 僕が気の合う奴は、原本まで辞書片手に読んでみて「意味が分からない」って頭を捻る、インテリなのかアホなのか分からないタイプだけど、そんなこともどうでもいいんだ。
 世の中ではどうしても「知ってる」ことが偉いふうにまかり通ってるけど、知った結果することが、たかだか知らない奴に偉そうにするってことなら、そんなの知らない方がマシだよ。
 僕も沢山やってしまった間違いだ。「え、○○知らないの?」なんてね。今ならもっと違う言い方が出来るのに。
 「憶えてる」ってことは、本当に醜いことだよね。嫌になる。

 ここで改めて記しておくが、僕は子供が嫌いだ。心底嫌い。例外は無い。
 なんで嫌いかって、色々理由は思いつくけど、要約すると「肉体的に弱いから」。
 子供が傷つくのを見るのが、本当に嫌なんだ。
 僕がスーパーマンで地球上の子供を全員守れるなら安心するけど、残念ながらそうじゃない。ただのバンドマンだ。どうせ今後も子供が傷つく姿を見るハメになる。
 だから子供は嫌い。出来れば僕の目の前にいないでほしい。僕自身が子供を傷つける可能性も大いにある。
 生命力としてはむしろ大人より強いし、案外精神的に打たれ強いことも分かっている。
 それでも、子供が子供として100点じゃない姿を見ると、本当に哀しい気持ちになる。本当は全員花丸なのにね。
 困ったことに、なんでか分からないが、実際の子供や中身が子供の大人によく懐かれる。
 身長があるから、多分僕のことを遊具か建築物だとでも思ってるんだろう。というか、そうであってほしい。僕は鉄で出来た遊具だ。
 それか、僕が滅多に叱ったりしないのを看過してるからだろうな。子供はそういうところ、嗅覚鋭いから。生存本能の一つだろうね。

 なんかこんなこと書いたら、自分のこと良いように言ってるとか思われそうだな。そんなことないよ。
 マジで腹立つガキも多い。っていうか殆どそう。
 電車乗ってるガキは全員蹴り飛ばしたい。塾帰りっぽいガキも軒並み癪に障る。スーパーでカート振り回してるガキやファミレスで五月蝿えガキなんかフクロにしてやりたい。
 これは全部親が悪いんだけど。

 なんか急にお酒が飲みたくなったので、ここらで辞めにする。
 ライブハウスは夜の子供たちの遊び場だ。大人になったフリも悪くはないが、子供は子供のままでいることだね。
 グッドナイト。愛を込めて。

スキルアップ

05 11, 2017 | たわ言

 会場について書いてて思ったのだが、いまいちフックアップが弱い世界だよな。
 殆どの原因が演者側のプライドの低さ、研鑽の低さ、知識の低さ、欲求の低さに尽きんだけど。
 ライブハウスが怖くなくなった頃とほぼ同時期に、そういう人種がドバーッとあらゆる表現の場に流れ込んできたわけだ。
 よく言えば間口が広がったし、悪く言えば人前で何かをやるクオリティでもなければ、そこを目指すという気負いもない不純物が増えた。
 俺個人の考えはともかく、ライブハウスはそういった人間も快く受け入れる。
 「来るもの拒まず、ただし自己責任で」。それがライブハウスの本質だから。
 駆け出しの頃はそれが嫌で仕方なかった。
 周りがやる気も向上心もないカスばっかりなのが本当に鬱陶しかったが、段々「それでもライブハウスは断らない」ことの意義も崇高さも理解できるようになった。
 先達たちの、あらゆる「やりたくても出来ない」という無念や苦渋の思いが今のライブハウスの入り口を作ったんだということが、ようやく分かってきた。
 ぶっちゃければ、ライブハウスがそういう人間を断るような場所なら、俺もまた演者として育ててもらうことは有り得なかったかもしれない。
 だからこそ幾つかのライブハウスは懐が厳しくなると分かっていても、そういう人間を受け入れ続けているのに対して、ステージ上でふざけたことをするのが、本当に赦せない。
 そういう思いもますます強くなった。

 自己責任で、とは言うものの、もう少し演者側の意識を喚起することは出来るんじゃないかって思うんだよね。
 演者とお客さんの垣根は破壊されたが、それによって、あまりにだらしなくなった現状は極めて不健康だ。
 「あまり厳しいことを言うと辞めてしまう」「他にも楽しいことがある時代」「それも含めての音楽だから」
 そうかもね。結局気付く奴は勝手に気付くし、気付かない奴は一生気付かないで同じことをやる。
 そうかもね。事実俺は先輩の姿勢から学ぶことはまだまだ沢山ある。
 「え!まだ格好いいとこ見せちゃうの!」って、何回惚れ直してるか分かりません。3日前もいっぱい見せられちゃったな。
 ただ俺は、確かにハコ側の人間から見当違いなご指摘を貰うことも度々あったが、別にそれが嫌だとは思わなかった。
 むしろ右も左も分からない頃は、「そういう視点もあるのか」っていうのが本当に有り難かった。今でも嬉しい。
 多分今の世代全般が思ってることじゃねえかな。結局どういった形でも構ってほしい、見て欲しい、そういう願望は多少なりともあっただろうよ。音楽を始める動機には。
 まぁ嫌な思いするとすぐアレルギー起こして排除しようとする傾向は、確かにある。俺も自覚がある。

 ぐずぐずと進歩がないことに関しては、要するにそれを言葉か態度で教えてくれる、先輩に位置する人間がいないことが原因だろう。
 あるいはついていく人間を間違えたか。(これはそいつ自身の責任だな)
 でも先輩も暇じゃないから全員は見れないし、見込みのなさそうな奴は放置されるし。
 すると年下が構ってくれないどっかのロートルがそいつを捕まえて、気持ち悪い縦社会が形成されるという。
 そうなるともう、目も当てられないな。関係ないところでやってくれりゃ何も思わんけど、とにかくもうそいつらの景気の悪さは異常。
 貧乏神みたいなもんだから、出来れば無人島へ行ってほしい。
 大体、しくった年寄りの言う事聞いても「良くてお前のレベルに行くだけなんだろ……??」って思ったら、聞く気になんねえよ。
 誰が万年平社員のアドバイスなんか聞きたがるか、面倒がられてる自覚持てよ。

 最近なんとも喉に引っかかる話を二つほど聞いてしまった。
 一つはこういう会話。
 先輩「○○(有名バンド)結構好き?」
 俺「そうですね、結構好きです」(憧れるくらいには)
 先輩「○○と対バン出来るなら幾ら出す?」
 俺「いや出さないっす(即答)、それで対バンできないなら対バンできないでいいです」(こっちからその高さまで上るだけだし)
 (しばらく間)
 俺「誰か大御所呼ぶんですか?」
 先輩「いや、後輩が今と同じ質問ハコからされて、『五万で!』って言ったら『じゃあノルマ五万で』ってなったんだと。実際に対バンできるからいいけど、バカだよなぁ」
 俺「そ、それは交渉が下手すぎますね……」

 ギャランティーを払って大御所と対バンする、というのはままある話。
 目的はジャイアントキリングだったり箔付けだったり集客だったりするけど、今回の場合はその「後輩」が自分の音楽を値下げしてしまったなぁ、という印象を受ける。
 俺はその「後輩」を全く知らないし、速攻で名前も忘れてしまったが、おそらく汗水垂らして取り返しのつかない時間や投資をしたものが五万ってことは無いと思う。思いたい。
 勿論何を考えてるのか分からないから否定はしない。
 五万払ってでも憧れのバンドと対バンっていうネームバリューが得たい、憧れのバンドが好きなお客さんに見てもらって判断してほしい、そして勝つ自信がある、それならいい。
 やり方の一つだと思う。そこまで考えてたらむしろ賢い。正直まどろこっしいし、初めから分かってもらえてたらハコは最初からノルマはかけない気がするが。
 あ、ちなみにノルマ五万は相場からしたらかなり高ぇよ。ブッキングではまず有り得ない金額。

 もう一個は、えーと、かなりぼかして書くけど。
 イベンターの企画で弾き語りの人が2人出てたんだけど、1人はそこそこ呼んで、もう一人は集客ゼロだったんだって。
 でもギャラは均等に発生してて、ハコ側からすると集客ゼロでギャラ必要な人は、さすがに出演してほしいとは言えない、という。
 これは二人とも俺の知ってる人で、かつ近い(というかほぼ同じ)シーンだから集客被ってたかも。
 だけど、そもそも少ないパイを奪い合ってる状態が、やはりすでに景気が悪い。
 大体毎回同じメンバーと再会、友達ならそりゃ楽しいだろうが、ライブでそれじゃあ、なんでライブやってんだよってなるじゃん。
 個人的には、俺だったらそのギャラは受け取れないな、って思う。なんか甘えちゃいそう。頑張る気失くす。
 まぁいいんだけどさ。そのイベンター、いかにも「イベンター」って人種で、物分り悪くて俺嫌いなんだけど、やっぱり分かってないんだな。

 はぁ。
 バンドマンっていうのは、人種でもなければ、職業でもなく、バンドをやってるというわけでもない。
 ロックンロールと一緒で、音楽のジャンルとか名称とかじゃなくて、そういう「生き方」なんだよね。バンドマンという生き方。
 世界一乱暴で美しく、群れることを嫌い、一切の秩序を否定し、自らのルールにのみ従い、病める魂に豪快に笑い返す。
 たおやかでしとやかな獣。絶滅危惧種ピエロ。
 俺はバンドマンです。そう胸を張って生きていきたい。誰に褒められることもけなされることも厭わない。
 孤独でか細い、今にも消えそうな、すがるような思いで音楽を貪る、そういう人たちの為に全てを捧げたい。

 俺はバンドマンです。
 それ以上でもそれ以下でもない。

演者と会場

05 08, 2017 | たわ言

 以前も書いたテーマの気がするが、少しずつ考え方が変わってきたので、ここで整理しておく。

 当たり前だが、演者は会場が無いと演奏できない。
 アンプラグドならその辺の路上でも可能だが、法的にあまり可能ではない。小癪な世の中だからな。
 自前で用意するとなると、設備も貧弱になりがちだ。アイディア一つでそれも面白くなるけど。
 会場は演者に空間を提供し、演者はパフォーマンスを提供することで相互に補完しあっている。どっちかだけでは成り立たない。

 箱(会場)で働いたことがないので内情は詳しくないが、各地のスタッフや店長から聞きかじった部分だけ。
 ライブハウスの経営は実のところ、どこも結構綱渡りだ。自転車操業と言ってもいい。
 確定の利益なんて無いし、色んな種類の演者を迎える以上、売り上げはどうしてもバラつきが出る。
 バラつきがある中で照明や音響、空調で使われる莫大な電気代、物件の家賃、従業員の給金、有名奏者のギャラ、機材のメンテナンス、ドリンクやフードの仕入れ、場所によっては所謂ショバ代(現代でも意外とある)、その他維持費を賄っていく。大変な苦労だ。
 収益で意外とバカにできないのがドリンク。大体10~20%を占めているそうだ。
 ライブハウスは法的には飲食店なので、飲み物を提供する設備は必ずある。味はピンキリ。
 なんとも微妙な気持ちになる話だが、200人キャパの箱があったとして、「満員で一人ずつドリンク飲む」より「80人くらいのお客さんがガバガバ飲む」方が店側としては有り難いそうだ。
 かといって後者ばかりだと、ライブハウスの「多くの人間に音楽を提供する場」としての機能が薄まる。
 飲んで酔っ払って粗相をするお客さんや演者もいるから、ドリンクが売れることばかりがいいわけではない。トイレ破壊したり。
 こぼれたドリンクがPA卓(ステージの反対側にある、音響を管理する設備)にかかって壊れたりしたら、それだけで箱が潰れることも大いに有り得る。機材自体も目が飛び出るほど高価だが、その交換や修理で経営できない期間、収入がゼロになるからだ。
 PAは箱によって、幾多の機材が連携してシステム化されてるから、PA卓が壊れてハイ交換、って風にはいかないんだね。
 そういう機材を用いて手入れして、俺らの音を出してもらってんだよな……PAさん(音響さん)には頭が上がらない。
 ブッキング(ライブハウスの出演スケジュールを管理する人)は自分の好みや推したい演者と、お客さんにとって楽しいイベントと、経営のためのブッキングを常に秤にかけながら箱の運営のためにバランスを取って日程を組んでいる。
 酔っ払いの世話もする。いわばライブハウスの番人だ。やはり頭が上がらない。
 パズルのように色んな制限が多い中、採算を取りつつ、多くの人が幸せになれる形を常に模索しているんだ。夢を見せるのは大変だ。おバカなことも進んでやらないといけないし。
 勿論ドリンカー(ドリンク作って売る人)や受付(チケットもぎり)も不可欠な仕事だ。ここが手際悪いと売り上げは大ダメージだし、入退場が滞りまくって、とんでもないことになる。本当にとんでもないことになる。血を見る。
 人数少なくてこれらを兼任してる姿なぞを見たりすると、「うおお」って思う。エモい。もはや一番エモいのは演者でも曲でもねえ。スタッフさんたちだ。
 
 PAさん照明さんなんかは概して「裏方」と言われるけど、俺からすれば彼らこそ箱の主役、顔、むしろ表方だ、と思うことはよくある。キャラ濃い人多いし。
 昨日聞いた話では、昔のアン○ノックには「焼肉食べたい」って理由で、ショバ代集めたヤクザを襲って金を奪い取る人がいたそうだ。世紀末すぎる。ライブハウスが「怖い場所」だった頃の話か。
 社員でもない限り給料は大体地域の最低時給(やや古い知識だから今は分からない。高くないことは確か。有能だったら別かな)、労働環境はブラックそのものだし、スタッフさん自体演者であることも多いので、更に金はぶっ飛んでいく。大体バイトを掛け持ちしてる。
 概ね二日酔いか寝不足で顔色が悪い中、へんてこで無愛想な演者(俺とか)にも分け隔てなく親切に接してくれる。まぁ人間臭い業界だから、多少の贔屓があったり俺以上に無愛想だったり、ぶっきらぼうな人がいたりもするけど。
 なんというか、演者にとっての看護師や介護師みたいな存在かもしれないな……。

 そんな人たちが肝臓を死なせながら演者をバックアップしているわけだが、そんな箱のために演者が出来ることとは。
 まず、いいライブをすること。徹頭徹尾、コレに尽きる。
 何をもっていいライブとするかだが、正直、この基準はお客さんと箱、そして演者の間で大きく隔たれている。
 箱側からすれば、集客が優秀か激しいライブでドリンクがいっぱい出れば、まぁ、有り難い。さっきも書いたけど。
 でも実際見てるのは単純にアツい気持ちだったり、思い切りの良い演奏だったり、しっかりした礼儀や挨拶だったりする。
 それがあればいいライブ、というわけではないが、いいライブにはそれらが揃ってる。
 音楽的な目新しさや流行も箱の方針によっては重要視されるけど、何にせよ熱量や有無を言わさぬ説得力は求められる。
 演者は誰に向けてライブするのかと言えば、これはもう「その場にいる全員」に他ならない。バンドだったらメンバーも入るし。
 お客さんがフロアに一人でも、もはやゼロ人でもスタッフさんは見てるので、いいライブすることになんら遜色はない。覚悟が試されるな……。(苦い思い出)
 よく見かけるのが、自分が連れてきたお客さんに完全に矛先が向いてるやつ。特にMCでダラダラ会話しだしたら、かなり空気が冷める。本当に多い。
 ないがしろにしろとは言わないが、何のためにここに来たんだよってなるな。特にステージの上に持ち込んだら絶対駄目。他の人も同じ金額払って見てんだから。

 東京に来て戸惑ったのが、目的の演者だけ見てサッと帰る人の多さ。
 そ、そんなに忙しいのか。好きにすりゃいいけどさ。ライブハウスをはしごする猛者もいるし。(Ghettoのお客さんにも何人かいる)
 でも30分の演奏に2000円(都内での大体のチケット定価)はさすがに高すぎるというか。ドリンク込みで2500か2600よ?
 ちょっといい感じのバンドが集まって前売り2500だったら、当日3000円よ? 3000円あったらそこそこ飲み食いできるよ。
 俺はやっぱりチケット代はその日一日通しての値段だと思う。
 勿論自分達だけでもペイできるものを提供する気でいるし、目標は値段以上の、かけがえの無いものを持って帰ってもらうことだ。
 あれ? なんか話がずれてきてるな。辞めよう。25時間起きてるせいだ。

 箱の為に出来ること、もう一つが、これ本当に自分愚かだったというか、目から鱗だったんだけど、ドリンクを飲むこと。
 内情は秘密だが、普段破格の条件でやらせてもらうことが多くて、それはつまり「代わりにいいライブして、いつか還元してくださいね」っていう恐ろしい義務が付随してるんだけど。タダほど高いものはない……いやさすがにタダではないが。
 いいライブは確かに死に物狂いで目指すんだけど、これだけしてもらって、他にこっちから返せるものは無いのかな……ってずっと思ってたわけよ。
 そしたらMUSHAxKUSHAの池さんから「HIROSHI ASAKUSHA(梅さん)のイベンド、集客はそんなにだけど、ドリンクめっちゃ出るよ!本人がすげー飲むから」という話を聞いて。
 そ、その手があったのか……!
 というわけで、折角人よりチビッとアルコォル耐性ある(つけた)んだから、極力体調と懐の許す限りドリンクは頂くことにしている。
 美味しいお酒に気持ちよくなって、店側も売り上げ出て、これホンマ全員幸せやなっていう。
 そういうところが先輩達はいちいち格好いい。なんていうか、義理と人情、仁義の世界だ。
 そしたらいつの間にか「飲む人」みたいな扱いになってるが、最初は無理して煙草吸ってたけど、そのうち辞められなくなったパターンだよコレ。
 Ghettoのお客さんたちの飲みっぷりには到底敵わないが……どうなってんだアイツらの肝臓は……。

 また話脱線するけど、そうしてドリンクを頂くうちに「結構箱によって味違うんだなぁ」という、ごく当たり前のことにも漸く気付いた。
 普段客としてライブハウスにあまり行かないから、それまで全然気付かなかった。
 入場するときにドリンク代、一杯分払うだろ。その一杯が美味しいかどうかって、凄い重要だなって。ソフトドリンクでも一緒だ。
 人が入れたものだからそんなゲロマズとは思ったことないんだけど(というか舌がバカだから酒は何でも美味い)、何よりドリンカーの人のさり気無い一言とか表情とかでも味変わるなって感じた。
 両国のくまちゃんさんとかね。みなが口を揃えて言うわけだ、恐ろしい女だと。敏腕ってことよ。
 あー、これは……お客さんにも、こういう面でいい思いさせたい……と思ってる。お客さんに実際聞いたりもする。どこの箱がお酒美味しいですか? って。そうするとやっぱり出てくるんだな。
 難しいのはカフェか。そもそもクソうるさく叫び散らすだけの弾き語りがカフェでやるってのがユニークなんだけど。
 飯が不味くなるような歌ばっかだし。いつも「大丈夫か……?」と気が気じゃない。大丈夫ではないな。
 フードは偏食だから冒険すぎるし、そもそもライブ前は精神統一で食べられないし、ドリンクもこう……ああ、でもこの間のT's palは、むっくんお酒も飲まんのによう選んだな。店の人と相談したんかな。
 っていうか、最近人の手料理を殆ど食べてないな。GWお酒とつまみと珈琲とコンビニ飯だけだ。添加物まみれでそのうち死ぬな。まぁいいか。

 昨日のライブで久々にPUNiKさんと対バンだった。時々イベントでも御世話になってる。
 ライブハウスが昔「怖い場所」だった頃の香りがする、体中お絵かきだらけでおっかないけど超暖かい人たちだ。
 酒癖も女癖も口も悪いし手も早いし、どうしてか本能で「悪い人じゃない」って分かる。ライブハウスあるあるで、見た目怖い人ほど優しいっていう法則もあるし。
 多分嘘が無いからだろうな。全部正直に喋っちゃうし、すぐ探したがるし。怖い人の「探すから」は本当に怖い。逃げ場なし。○ンチノックの話も誠さんから聞いた。
 ゆらゆらしてて酒こぼしまくるから、すぐ次のドリンク頼んで最後には財布空にしてる。
 大分怖いことを言ったあとに「本心じゃないんだけど、どうしてかこういう物言いしか出来ねえんだよ」と言う。
 色んな箱を出禁になってるから、やっぱ正直ってムズいんだな、まぁ迷惑かけるしなって思うんだけど、結局こういう人たちが昔から本気でやってて、内情はともかくパッパラ景気よく金使ってイベント打ちまくって日々の箱に還元してきたんかなぁ。
 それともやっぱ粉砕してたんかな。
 「どうせ生きててもいいことなんてあんまねーんだから、全部ぶっ壊そうぜ!Fuck Yeah!!」
 とボーカルのタグさんが叫んで曲が始まって、何言ってるかよく分かんねーボーカルにハウりまくるギターとクソはえーリズム。お客さんも誰見に来たとか関係なく、その熱量にはしゃぎまわって。
 夏でも革ジャンなの意味わかんねーわ。最高か。もはや理屈じゃねえんだな。
 綺麗だったなー、本当に綺麗だった。思い出したら泣けてきた。音楽の理想郷かと思ったわ。パンク全然好きじゃないのに。
 例えばこういう人たちが培ってきた、ライブハウスという場所のステージに立って、これから俺はライブをするんだ、といつもセッティング中に思う。
 とてもじゃないが想像しきれない、色んな色んなすごいやばいすごい人が立ってきた場所なんだなぁって。どこのステージでも思う。
 しかしすぐ台湾ツアー行こう!イギリスツアー行こう!と誘われるのは参る……メチャクチャ嬉しいんだけどな。
 まずパスポートの発行からやで……。

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