Categoryたわ言 1/15

対話というもの

 あまりに一般的で通俗的でありながら、瞬発力と準備、機転と予備知識、反復と先天性、時間と訓練、声質とその反響、声量の制御が問われるクソッタレなゲーム「会話」。 「コミュ力」とかいうババシャツみてえなゴミセンスの言葉が跋扈して久しいけど、こんなものを攻略する必要は無い。ゼロ。全くの無。振り回されてるバカどもは「この壁に道具を○○個持った状態で王様の椅子の三マス右の壁に15回ぶつかる」みたいなバグを探し...

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タイムテーブル公開の是非

 来る12月14日、漸く両国SUNRIZEでも企画が打てるということで、店長の池さんとも相談して、というか殆ど助力してもらってそれらしい形になってきた。 俺という人間は頭でっかちで、始めたら早いけど何をやるにも腰が重い。あれこれと色んなパターンを考えて「あ、駄目か……」と煙草に火をつける悪癖がある。 結果的に殆ど俺の我が侭を通す形になっていて、申し訳ないと思うところかもしれないが敢えて感謝の意ばかりを表し...

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声を聴く

 自分の声を聴く。 人の言葉で動いた自分は、その言葉を恐らく見失う。 そしてまた間違うだろう。 自分の声を聴く。 何が正しいかは自分だけが知っている。 そしてそれは常に語りかけている。 湧き上がる言葉を聴く。 誰かにとっての正解ではない。 誰かのためになることがしたい。 届けるべき相手に声を届けたい。 余計なことはしない。 誰かから渡された言葉を渡したいわけじゃない。 私は自分の声を貴方に渡したい...

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バンドという集団

 BUDDHA BRANDのブッダの休日を聴きながら。  バンドとは会社、バンドとは仲間、バンドとは家族、バンドとは一つの共同体。 大体そういう表現が多い。ライフハック的なものや、音楽活動の啓蒙という文脈では。 基本的には「そういうもの」だが、猫も杓子もそんな無理に一枚岩になることもないのでは? と思っている。 というか、そんな一面的な言葉では括って欲しくない。本気で嫌いでかつ、心底好きでどうしようもなく必要...

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おそるべき子供たち

 ジャン・コクトーは好きな文筆家だけど、それでもなく、ヌーヴェルヴァーグの話でもなく、MGSの話でもない。 単に子供の話。 全ての芸術が行き着く先は子供だと思っている。僕が一貫して根底に抱えているテーマは子供だし、向けている対象も常に子供だ。大人は一切無視している。 本当はこのブログも、もっと全年齢向けに書ければなぁって思ってるんだけど、性格的にそれは無理だ。努力の節はたまに垣間見えるでしょ? これ...

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