活動

鳩 正義

Author:鳩 正義
Ghetto HP
Ghetto

出演-------------------
9/5@池袋adm

9/8@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

10/22@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

11/1@両国SUNRIZE

12月未明@両国SUNRIZE


チケット予約は下記メールまで。
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なんだこのバンド

02 27, 2014 | 日常

 トリプルファイヤー「カモン」
 最高やんけ。
 マジふざけてる相対性理論とかマジ終わってる進行方向別通行区分的なね。
 クソダサいステッカー(何この鳥)、クソダサい元公式サイト(テレホマン時代かよ)、クソダサいバンド名(いやカッコイイ)、クソダサいジャケット(センスが融解してる)、クソダサいアー写(かわいい)、クソ重い現公式サイト……。

 プロフィールも面白い。

 2006年結成、2010年に現在の編成となる。2012年5月「エキサイティングフラッシュ」を発表する。
「高田馬場のJOY DIVISION」「だらしない54-71」などと呼ぶ人もいる。
 ソリッドなビートに等身大の歌詞をのせていてかっこいい。人気がある。メンバーはみな性格が良く、友達が多い。

 なんだろうな、三行目。別に否定する気はないんだけど、なんなんだろうなこの、じわじわ来る感じ。句読点の生み出すリズムが最高すぎる。
 あと「だらしない54-71」に笑った。いや、結構トリプルファイヤーさんもストイックな感じするって。ははははは。
 秀逸に間抜けな音を厳選した人力エレクトロだな。進行方向別通行区分×Group_inou-覇気って感じ。

 俺こういうの大好きだわ。
 ふともも自殺もこんくらいやって欲しいな。勝手に比べるなよってか。まァね。
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GOTH

02 26, 2014 | 日常

 あまり紹介したくないのだが……。
 ゴスとパンクのイメージは非常に近しいところにあると俺は思っていて、このイメージが合致したとき非常にかっこいいのだな。
 人として仲良くなれる気はまったくしないが。
 で、Psysalia psysalis psyche(サイサリア・サイサリス・サイケ)という、「やっちゃったなぁ」って名前のバンドが好きだった。一昨年だかに解散してしまった。
 パンクもそうだが、オルタナやシューゲイザー的解釈が結構面白かった。ガレージ、ポストパンクリバイバルの日本的な文脈だなと思う。
 Psysalia Psysalis Psyche - Subway Killer
 Psysalia psysalis psyche - midunburi
 Psysalia psysalis psyche_Butch&The Sundance Kid
 この辺はいつ聴いても文句なしにカッコイイ。
 リンクは張らないが、Lemon Popという曲も好きだ。かなりNIRVANA。PVは汚れた血のアレックスの疾走のパロディやな。そのまんま。
 ただ日本でこの手のバンドが発生すると間違いなく顔ファンが多くつくことと、演奏技術が追いつかなくて音源バンドになってしまうことが多い。やってられんな。
 結構ダダすべり系のユーモアも持ち合わせていて、ホントいいバンドだった。

 最近はよりポストパンク風味とニューウェーブの味が濃いLilies and Remainsがまぁまぁ好き。
 バンド名はBauhausの曲名からだな。でもあんまりバウハウズっぽくはない。
 このバンドはボーカル以外の顔平均値がやたら高く、案の定顔ファンが多いみたいだ。ドラムが抜ける前は「ガキっぽすぎるなァ」と思ってたが、最近はよりエロスが増して好きになった。
 Lillies and Remains - This City
 新曲。音質が良すぎるのが逆にもったいないなと思うが、曲自体は好きだね。
 Lillies and Remains - Wreckage
 一瞬「Bloc Partyか?」と思わせるイントロ。この場合はたまたまだな。この曲も好きだね。
 ただこのバンド、メロディがつまんないんだよな。
 他にも、リズムもツボが分かるとかなりワンパターンというか……この辺は今後に期待している。
 ニールズチルドレンに近いよね。あのバンドのゴス加減は最高だ。うさんくさくて。

 他にもニューウェーブ×ゴスで日本にはPlasticzoomsという素敵なバンドが……まぁこのバンドはあんまり聴いたこと無いから感想は控えよう。


 ぶっちゃけるとこの辺なんかは「作られたワル」って、それでおしまいじゃん? なんだけど、俺はそういうイメージ商売ってのが結構嫌いじゃない。音楽だとね。
 所謂コンテンツじゃなくて、コンテキストで商品価値を生み出すという発想に近い。商品の「どこがいい」から、「誰がこのいいものを」作ったか、までを価値とするということだ。
 商品とか商売というと言い方は悪いが、付加イメージも含めて音楽を楽しむというのは別に何もおかしなことはない。世界観の構築つったら分かる? オリジナリティを追求すれば誰だって自然にやることさ、ホントはね。
 ゴスに限らず、ネットの普及でそーゆーアプローチのバンドが極端に減った印象。雑誌のみで出てた濃縮な情報が、ネットで希釈されて垂れ流し、みたいな。神聖さやカリスマ性がねーの。つまんねー。正直V系やゴスの人たちが一番頑張ってるよ、そーゆーの。律儀だしさ。
 ちょっと変わったとこだとWhite Ashか。アレも似たようなもんだ。ゴスの代わりにボーカルが「のび太」だもんな。のび太はいいよ。ただ、他のメンバーに才能が無いねあのバンド。ベースとギターが致命的。
 はぁつまんねー。22日に「新潟つまんないな」ってすげー思ったんだよ。新潟の音楽はつまんねー。面白い奴もいるけどさ。俺とか。……ま、俺とかね。(笑)

 はい。好きになるからには脇目も振らず惚れてみな、まずは。って話でした。

ミュージックサンドバック vol.2

02 23, 2014 | ライブ

Goldenpigs presents
「ミュージックサンドバック vol.2」

ザ・タキオンズ / Rayline / laugh sketche
endless trip / POLish / Sarry Vez Vitchers
ラウンジアコースティック:正義 / Mondeo

OPEN 17:00 / START 17:30  ADV¥1,000- / DOOR¥1,200-

 昨日これで弾き語りやってました。

 ……。

 ギター壊した。
 手が切り傷だらけ。
 対バン全然見てない。
 なんでか知らんが左足首捻挫してるし。
 もう数え役満にしましょう。(提案)
 弾き語りのくせに他のバンドよりぶっちぎりでロックしてしまった。俺が一番サンドバックしたことは疑う余地がない。いやぁ悪いね!てへぺろ!ぺろぺろぺろりんちょ!

 ……。 

 まぁギターは演奏の果てに自然にやっただけだから別にいい(よくはないな)、手が痛いのもしょっちゅだから別にいい、対バンもほとんどケツ拭いた紙以下だったから別にいい。あいつらに明日を生きる資格はない。俺もない。
 Sarry Vez Vitchersを見逃したことが哀しくって……。
 その頃俺は人知れず爆発してたわけだ。大サビだった。ちなみにその後、この日の締めもMondeoくんからギター借りて俺がやった。俺が真のトリだ。裏ボス的な。何言ってんだよバカ!! ホントごめがとう。(謝罪と感謝)
 ビックリした人は悪いな!ライブだからさ!あと俺説明下手だし。特に悪意の塊だったとか、木っ端微塵にしてやろうとか思ったわけじゃないよ。それはいつも思ってるから。誤解しないでくれたまえ。


 あと全然話し変わるけど、先週?だかに映画館のリバイバル放映でゴッドファーザーPart1を見た。俺は感動に打ち震えた。DVDボックスが欲しい。この感動はPart3を見終えたときにしたためようと思っているので、書いていない。(何故か上映はPart2までなんだけどネ……)
 俺の好きなアーティスト(荒木とかミッシェルとか)が好きな映画にあげてたもんだから元から気にはなっていたんだけど、友人に「あれは20代のときに見たほうがいい」と薦められてたので決意を新たにしていたのだ。そしたら映画館でやるというTOCのタレコミ。俺は運命に感謝した。こういうのは俺ついてるなぁ、と思う。リリィホリックだった頃も映画館でリバイバル上映見れたし。スクリーンで見たリリィ・シュシュのすべては綺麗だった。あとはハードラックな人生だけど。
 映画の感動についてはこのTOCの記事に書いてあるので読めばいい。興奮だけで話全然伝わってこないけど。


 次のライブは3月12日(水)、Goldenpigs Blackstageにて。バンドと対決するようですよ。詳細は未定。
 そんな感じ。最高に灰って奴。ヨロシク。

パリ、テキサス / ライフ・イズ・ビューティフル / ミッドナイト・ラン

02 23, 2014 | カルチャー

 パリ、テキサス
 このパリっつーのは、アメリカのテキサス州にもパリっつー地名のところがあって(綴りや発音は一緒)、そこにまつわる話。
 記憶も言葉も表情も全部置いて四年間蒸発していた主人公トラヴィスが、四年間ほったらかしにしていた息子と再会し、離婚した妻に二人で会いに行くというロードムービー。
 時間がゆったり流れるタイプの映画で、BGMもボトルネックでジョワァ~ンって感じのギター。(西部劇みたいな感じよ)
 寝た。
 いやつまらないわけじゃなかったんだけど。久々に再会した親子の交流や、どこまでも平坦な荒野にほっこりしてたら寝てた。
 ロードムービーとは、突き詰めると俺の中で「世界の車窓から」は最高級のロードムービーってな具合で、要するに景色や道を眺めるのが趣旨だと思っている。ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア、ザ・ストレイト・ストーリー、モーターサイクルダイアリーズとかね。テルマ&ルイーズ、後述のミッドナイト・ラン。バタフライ・キス。プリシラ、世界最速のインディアン、あとリトル・ミス・サンシャインも。
 昔から映画でよく使われる題材、それは犯罪(マフィア、牢獄)、旅、ホラー。俺を含めた一般庶民にとって、これほど分かりやすい非日常はそう無い。
 ロードムービーは特に、「俺たちは○○へ行かなきゃならない」か、「ここにはいたくない、いる場合じゃない」っていう動機なので、話も極力シンプルだし、無駄が無い。ほんとに登場人物に自己を投影して、「すげー光景だ」ってそれだけでもう完結している。
 大体がこう、まぁ目の前に問題があって、それはほとんどの場合解決はしない。でも辿りついたことで、振り返ると今まで見てきた景色は前と変わっていて……という形が多い。俺はここが好きだ。俺が好きな本もこういうオチのつけ方が多い。問題が明快に解決することなんて実際は滅多に無いし、実は解決を望んでるわけでもない。人間は。本質的に、困るのが好きなんだ。
 で、眠くなるこの映画の一つ非常に優れた点を紹介しよう。ちょっとネタバレだが、妻はいかがわしい店で働いてたわけだ。のぞき部屋というちょっと珍しい形態の風俗店。(wiki
 トラヴィスは電話越しに、自らの正体を明かさずに話をする。マジックミラーで妻のジェーンからはトラヴィスは見えない。部屋の照明を消すと、今度はトラヴィスからジェーンは見えない。お互いが見詰め合えることはもう無いのだ。そんな状況で今までの心中を交互に吐露するシーンの美しさ。溜め息がでる。場所がアレだけに。どっか普通の喫茶店なりで落ち合って平和に話すことはできなかったのか。出来ないんだろうなァ。
 トラヴィス役のハリー・ディーン・スタントンがかなりアクの強い顔(男前というわけではない)で、ジェーン役のナスターシャ・キンスキーが「えー……」と引くぐらい美人なのもあって、このシーンの説得力はグッと増す。
 あとこの映画からムンムン感じる西部劇感というか、開拓地区の感じ。大変よろしい。ロードムービーという、景色を映す映画の中で一役買ってる。五役ぐらいは買ってる。
 主人公もいいね。テンガロンハットにジレ、ウェスタンブーツという本格スタイル。トラヴィス。UKのバンド、トラヴィスはこの主人公から名前を取っている。「タクシードライバー」でデニーロ演じる主人公もトラヴィス。キラー7というゲームで主人公に皮肉交じりにアドバイスを贈るクソッタレもトラヴィス。トラヴィスは好きだ。俺も自分のZIPPOにそう名付けている。(素直じゃないところが俺にソックリ)

 ライフ・イズ・ビューティフル
 ロベルト・ベニーニの愛。
 ベニーニといえば俺はジム・ジャームッシュのナイト・オン・ザ・プラネット(世界各地のタクシードライバーと客を題材にしたオムニバス映画。ウィノナ・ライダーが可愛い)のすげーよく喋る運転手が印象的なのだが、そんな面白い彼が主演、監督、脚本の作品と聴いて。
 冒頭から恋人と結ばれるまでの鮮やかさにはやられたね。台詞の一つ一つにもこだわりや哲学が垣間見えてよい。奥が深いというより、よく練られているなと感じる。
 で、そんな人生賛歌的な映画かと思ってたんだが、ホロコーストによる強制収容所に閉じ込められてからは空気が一転。ベニーニは息子を励ますために「これはゲームなんだ」と言って、あらゆる悲劇を弁舌のみで笑いに変えて息子を楽しませる。その健気さといったら……おおおお!!!騙された!!俺はまた騙されたぞ!!感動的なハッピー映画だと思ってたんだ!!!ロベルト・ベニーニは鬼畜だった!!!!!
 この映画に満ちた愛を見よ!!いかに世に満ちた愛とかいう言葉が別物で劣等で俗物で異物であることか。愛を知らない無様なケダモノともには分かるまい。ケダモノではなくケモノでありなさい。
 人生は美しい。いい言葉だな。ロシアの革命家トロツキーが暗殺者に怯えながらも残した言葉だそうだ。そんな状況でもそう言えたら大したタマだよ。人生はいつ何時も美しいが、俺たちは愚かだからつい、しょっちゅう忘れる。そこに理由はないんだろう。俺も笑って死にたいね。でも人生は美しいとか言わないかな。俺には気障すぎる。

 ミッドナイト・ラン
 ロバート・デ・ニーロ主演のアクションコメディ。
 普段、アクション主体の映画はあまり見ない。ピストル何発か撃っただけで車やヘリがボカーン!みたいなものに、そこまで魅力を感じないからだ。リアリティがないとか、そーゆー間抜けなツッコミがしたいわけじゃなくてな。カーチェイスは好きだし。(ブルース・ブラザーズのカーチェイス最高)
 まぁこの映画はそういったボカーン!もナンセンスギャグとして取り扱ってる感じなので、俺みたいな偏屈でも素直に楽しめました。
 主人公ジャックは賞金稼ぎで、ターゲットのデュークは華麗に確保するんだけど、そっからギャングなり警察なりに追い回されるからさー大変。デュークと一緒に逃亡劇に転じるが、デュークはよく喋るし図々しいところがあるしで性格が正反対。この凸凹コンビがいい。コンビは凸凹でないと。のっぽとちび、堅物とおしゃべり、老人と若造、ガリとデブ。常識人と変人。コンビは凸凹なもんだ。
 娯楽映画としてよく出来てる、それ以外に超優れてるところがあるわけでもないか。軽妙な映画を見たいときやBGVに丁度良い。どこを切り取っても大体シチュエーションや前後が分かるくらい単純明快な構成をしている。
 ただ合言葉がいいですね。「See you in the next life!」(来世で会おう!)
 今世ではもう会いたくない。だから来世にしとこう。な。

その男、凶暴につき / HANA-BI

02 17, 2014 | カルチャー

 北野監督処女作、「その男、凶暴につき」。秘めたる暴力性と光と影のコントラスト、絵画的美しさはすでにこのときから完成されていた。
 意外と話はコテコテの刑事もの。主人公の性格が後に継がれる「主演:北野武」の雛形ではある。が、それを除くと前半特筆するようなこともない。麻薬売人の死体が港で発見され、容疑者を片っ端から強引な手段でねじ伏せ、謎を暴いていく。
 北野エッセンスは後半につれて強まっていき、クライマックスは息も継がせない。残虐な美しさ。まさに「凶暴」だ。
 巧妙なシナリオではあるものの、脚本と北野のアイディアによる演出に、多少の乖離は否めないように思う。オチは特に、見た順番もあって「らしくないな」という感じがした。
 俺は刑事ものや時代劇の、やっぱり捕り物系が何故か尋常じゃないくらい嫌いなので、北野演じる我妻がここまで破天荒じゃなかったら、到底楽しめなかっただろう。(多分、大体がお約束で動いてるくせに、やたらシリアスな雰囲気出してんのが嫌いなんだと思う)
 北野映画全般に言えることだが、何がいいって、テンポが秀逸。何もかもが早い。速い、ではない。(座頭市は速い)
 安易な結びつけだが、スピード漫才や掛け合いに似た間が、対人での極端に少ない台詞と相まってカミソリのような切れ味を誇っている。気がする。
 あとテーマソングが珍妙で面白い。
 とにかく終盤の美しさには惚れ惚れする。これだよこれ。


 HANA-BI。日本で40年ぶりの金獅子賞がどうとか、そういうのは別にどーでもいいや。
 当たり前だが、俺は賞で映画を見ない。賞で言ったら、例えば「ショーシャンクの空に」はアカデミー取ってないし。同年のはフォレスト・ガンプが大体取った。どっちも素晴らしい映画だし、どっちが良い悪いでもない。たまたまだ。
 久石譲の音楽がほぼ極致に達しており、物語の随所を盛り上げまくっている。この映画に至っては大分ジブリっぽい。表題曲も勿論だが、オープニングの曲がかっこよくて好きだ。

 Angel

 この映画は既存の北野映画とかなり打って変わっており、まさに花火、写実的、写真的、絵画的表現を多用している。花火が打ちあがり、するすると上がっているシーンを極力廃し、「バッ」とまさに花開く瞬間を描いている。具体的にどこが、というより、全体的にそういう演出になっている。
 話の展開や構成も少し複雑になっており、割かしドラマチックだ。他のに比べればかなり脂肪を落としているが。
 絵画的といえばむしろそのままで、味のある点描画が劇中、何枚も差し込まれる。動物(犬やペンギン、トンボや人間)の顔が様々な華になっていたり、花火を見上げる少年家族だったり、武士が桜に四方八方囲まれていたり、雪を「雪」、光を「光」という漢字で表現して、その中心で真っ赤で大きく「自決」の二文字とか。
 これらの絵は、作中では撃たれて半身不随になった主人公の同僚が、家族にも逃げられて暇なので、趣味で描いたとされている。が、実際は北野自身が描いたものらしい。中々のものだ。
 俺は常々、絵というものは画力などクソの役にも立たず、あるのは執念ばかりと思っている。執念のある人は誰でも、暦のあるなし、技法のあるなしに関わらず良い絵を描く。「もののみかた」というものがあるのだ。
 結局のところ「HANA-BI」が何を指すのかは分からない。ひまわりなどの絵のことなのか、生き方なのか、死に様なのか、文字通り火薬の花火のことなのか。
 エンディングもよく分からない。察しはつくが、あくまで察しだ、もしかしたら違うかもしれない。分かるのはただ「HANA-BI」だということ。
 この映画は全力で「HANA-BI」だ。どこを切り取っても。それだけでいい。

 HANA-BI

レナードの朝

02 16, 2014 | カルチャー

 残酷な映画。
 レビューをさーっと見ると、感動的、奇跡、とかの字が目に留まる。
 あっはっは……。

 とんでもない。
 ちゃんと最後まで話見たのかよ? 最初の一時間しか見てねーんじゃねえかァ?
 久々に映画見て俺はこんなに傷ついた。大分ざっくり云うとアルジャーノンに花束を、だ。この話は。違うのは実話であることと、SFではなく医療ドラマといったところ。
 とりあえずあらすじ。
 主に実験ばかりで、臨床はてんで素人のセイヤー医師(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してきた病院は、嗜眠性脳炎と呼ばれる原因不明の難病に冒された患者たちが多くいた。
 彼らはほとんどまともな反応を示さず、廃人のような状態で何十年もそうしている。少年期に発症し、20歳から完全に固まってしまったレナード(ロバート・デ・ニーロ)もその一人。
 誰もが治療の匙を投げ、作業のように彼らの世話をしていたが、セイヤーは各患者が、個々人のきっかけでささやかな反応を示すことに気付き、彼らに新薬を投与する……といったところ。
 主演二人の演技が凄まじいことは言うまでもないので省略。前半は確かに、廃人同然だった彼らが目覚しい回復を遂げる。(因みに原題はAwakening:覚醒)
 中盤から薬の副作用によるけいれん、吃音などが表れ始める。また、何十年も眠っていた浦島太郎状態の彼らは、自らの老化を含めた多大な環境の変化に、大きなストレスを強いられる。内容は割愛するが、後半は更に悲惨だ。

 映画はあくまでセイヤー医師(原作の著者として、実際の患者20人を診察した本を出版している)の目線を重視している。
 彼自身あまり器用なタイプではなく、誰に対しても愛を持って接するが、他人からの愛には鈍感で、持論を展開する際もどうもぎこちない。(マイペースな部分はかなりある)
 そんな彼と、レナードを含めた患者たちとの交流は胸が詰まる。
 目覚めたレナードが生きる事の素晴らしさを彼に伝えたことは、彼の中で非常に大きな力となって映画を締めくくる。
 レナード側の視点で物語を見ると、無残どころの話ではない。俺の心はこれでズタズタ。
 レナードは、入院している病院に父の見舞いに来た、ポーラという女性に一目惚れ。徐々に親しくなるものの、副作用に苦しむ彼は彼女に別れを告げる。その際、彼女はひきつりとけいれんを起こす彼の手をとり、二人で穏やかなダンスを踊る。今思い出しただけで涙がこぼれそう。もう駄目だ。この映画は鬼畜が作ったんだ。感動映画の皮を被った絶望鬱映画だ。騙されたよ。



 それにしてもロバート・デ・ニーロの役作りは本当にプロい。見てる間はさっぱり食い入ってしまって、見た後に「あれこれ演技だっけ」と我に返ることすら難しい。動きや表情のいちいちが繊細で丁寧、かつ自然で的確と言うほかない。他の映画、タクシー・ドライバーとか、ディア・ハンターとかミーン・ストリートとか。もう映画見てる気分にならないんだよ。馴染みすぎて。リアリティが襲ってくる。
 ロビン・ウィリアムスは容貌がすでに役者。笑ったり困ったりしてるだけで顔にドラマが描かれる。もういい。あんたの笑顔が俺は切ない。
 こんな役者、日本からは絶対出ないな。邦画の演技はほとんど子供だましで見るに耐えない。
 思うに、日本人とかいう知恵遅れどもは、同じ日本人に分かりやすく伝えるということを過剰なまでに重視しすぎていて、そのためなら本質を捻じ曲げることも厭わない節がある。いや本質曲げたら伝えるもんねーだろ。
 俺が邦画を見ててすごく癪に障るのが、「驚く演技」の演技をする奴らの多さ。「ええっ!?」とか大勢で声を揃えて言ったりするだろ。わざとらしく目をかっ開いてさ。そんな驚き方する奴らどこにいるんだよ。頭沸いてんのか。没個性的だし。絶対現実で見たら痛い奴らだし。大体、台詞やアクションが揃ってる時点で、キャラだぶってる奴がいることの証明に他ならない。意味ねーし。他にも「悲しむ演技」の演技とかさァ。マジうんざりだよね。くたばる演技でくたばってくんねーかな。
 これはもはや日本に限らんけど、馬鹿の数が多いし、馬鹿は財布の紐が緩いから、全国の馬鹿どもから少しずつお金を集める商売がずっと流行してるしな。マジ寒い。最近はアニメや音楽やなんやまで全部馬鹿向けのコンテンツになってる。馬鹿は喋るな。馬鹿が。馬鹿は馬鹿なことしかどーせ言えないんだからよ。黙って死ね馬鹿。

 また邦画アレルギーが炸裂してしまった。優れた役者や演出を見るとどうしても連想してしまう。予算や市場規模を度外視しても邦画はテイレベルすぎる。全体の次元が低い。
 結構好きな作品あるんだがね。。。おかしなものだね。。。北野映画は詩だよ。あれは素晴らしい。

 レナードの朝。俺は二度と見たくないが、一度は見ておくべき類の映画だ。挫折を味わいたい人なんかはいいんじゃないか。結構折れた。お酒飲みながら見る映画じゃない。落涙。

エリ・エリ・レマ・サバクタニ

02 14, 2014 |

 愛しのエリ、御伽噺の中だけ
 愛しのエリ、23時59分から1分だけ
 愛しのエリ、君に会える
 愛しのエリ、その一分のために
 沢山のずるい奴らを殺さなきゃならない
 悪い奴らを皆殺しにしなきゃならない

 変わっていく僕を笑っているのだろう
 変わらない君を笑うことはできないし
 そのままそこで渇いていくしかないのは
 純然たる理由で君のせいだよ

 哀しのエリ、この世の果て
 哀しのエリ、虹の始まる場所
 哀しのエリ、君は何を見ただろう
 哀しのエリ、僕は何を忘れただろう
 そして何を亡くしただろう
 傷つけあうためだけに生まれたそいつを
 抱きしめる腕を僕は持たない
 僕もそいつも何も変わらないから

 殺しのエリ、エリ。
 エリ。エリ、エリ、エリ。
 君は孤独になれないよ。
 僕と違って、その選択肢を持たないんだ。
 腕を持っているからね。可哀想だね。哀れだね。
 幸せだね。

五時

02 08, 2014 | 日常

 ええ、ここに認めます。この一個下の映画ソナチネについた記事で、一箇所でかでかと誤植がありましたことを。
 恥ずかしげもなく馬鹿でかい字でミスっていたことを。
 あまりの恥辱に慌てて修正してしまいました。
 でももう、ちょっとばかりの人に読まれてしまったようです。
 それに今気付いて、大変赤面しております。おかめです。









 いっ……いやん。


 ※タイトルで五時ったことは一度もないです。きっと。

ソナチネ

02 08, 2014 | カルチャー

 北野映画にはかなり好きなものが多い。本数の割りに外れも少ない。
 キタノブルーと呼ばれる独特の色彩感覚、極限まで無駄を削ぎ落とした「日本の夏」感、無慈悲なまでの暴力表現、禁欲的な脚本、久石譲の優れた楽曲(途中で降板しているが)。
 といってもまだ全部見たわけではなく、「座頭市」「菊次郎の夏」「キッズ・リターン」「あの夏、いちばん静かな海」、そして表題の「ソナチネ」。順番がメチャだわ。

 他の作品はいつか紹介するかもとして、ソナチネ。
 寺島進が好きになる。
 なんなんだこの映画の寺島(役名:ケン)は。かわいすぎる。
 元々好きな役者の一人ではあるんだけど。いつも少ししかめっ面で、薄い唇はへの字。永遠の若頭だ。
 あと眼鏡かけてない大杉漣を初めて見れて、なんかお得感ありました。

 脚本は「北野だなァ」という感じ。
 血の気が多すぎて、仲間内の組から煙たがられる組長の村川が、厄介払いで沖縄に数人の部下と飛ばされる。それが罠だと気付いた頃には仲間は次々と減っていくのだが、乱暴ごとに疲れていた村川は沖縄での自然や仲間との無邪気な遊びで、少しずつ刹那的な笑いや人情味を取り戻していく。という。
 ユーモラスで可愛げな部分の多い仁侠映画。
 特筆すべきは無論バイオレンス。キッカケや火蓋はほんの些細なもので、唐突に訪れる銃声、罵声や悲鳴はほとんどなく、ギラついた眼光を散らしながら撃つ者と撃たれる者だけがいる。そして倒れる音。痺れる。撃ち合いはこうでないと。
 唐突とはいうが、ちゃんと見てればあー、そういうシーンに近づいていくなー、とか、あ、敵だ、とか分かるもんで。ビックリ映画ってわけじゃないよ。効果音でかいけど。
 あと北野映画全般に言えることだが、基本的に役者の演技がイモい。北野本人も。そのイモさがどこまで計算か天然かは分からないのだけど、そのイモさも極めて重要な要素だ。
 あと邦画お約束の、台詞の聞き取りづらさ。これはもう仕方ないね。北野映画は特に滑舌や発声もボソボソしているから、基本的に。で、ボリューム上げると暴力シーンの爆音で「ッッィーンッ」。数少ない俺の好きな邦画は大体これなんだよな。やれやれだ。

 あと久石譲の音楽は本当にいい。どんなクソ映画でも凡作かそれ以上になっちゃうんじゃないかって思わせる。さすがにクソはクソのままか。
 よくジブリの楽曲や菊次郎の夏のSummerが取り沙汰されるが、この映画のタイトル曲も最高だ。
 「ソナチネ」   Sonatine Ⅰ~act of violence~
 で、音楽があんまり評価されるもんだから、という理由で降板させる北野武。両方ありきであの完成度なのはあなたもご存知じゃないのぉ~?と問いかけたくなる。多分分かってるんだろう、ならばあえて頼りたくなかったのか、単純に嫉妬というか、そうじゃねえよ!と怒ったのかは知らんけど。

 いやもうよかったよ。すごく良かった。ソナチネはいい。非常にスタイリッシュで幼い映画だ。それ故に乱暴で美しい。破滅の美学、いや、刹那の美学というやつだ。

静寂が燃える

02 08, 2014 | ライブ

2014/02/07(金)
「静寂が燃える」
イマイユウヤ / タカノトモノリ / 正義 / ヤマザキユウト
open19:00 / start 19:30 adv.¥1,000- /door¥1,200-

 昨日のライブ。相変わらず俺だけ浮いていたような気がする。あとめっちゃスキットルいじられる。そんなにアレなアイテムだったかな。誰かしらそれで話を振ってくる。それはいいんだけど。
 聞きやすすぎて聞きどころがないというか……俺は一番手だったんだけど、その後の人目的で来た人が俺のライブを楽しめるのか? 逆に、俺のライブを楽しめる人が後半も楽しめるのか?
 ブッキングに不満があるとか対バンが嫌だとかの気持ちは全くなく、そういうことが気になるな。楽しいならなにより。折角なら丸一日楽しめるライブの方がいいに決まってるだろ? お客さんがそうであるといいな、と俺は思う。
 俺はもうライブやってて、それで楽しいよ、勿論。どーせなら相互作用にした方がエネルギーが循環してパワーアップするんじゃない、ってそれだけ。まあ、あれだよな、事情はともかく、そうしたいならイベント組んで好きな出演者呼べよ、って話になってくる。そりゃそうね。

 俺は弾き語りなどというものは、橋の下で生活してるような奴がやるもので、それを見物人が「おもしれーことやってるな。今後もやってくれ」つって投げ銭、そんなものが丁度いいというか、始まりはそんなものだったんじゃないかと思う。
 だから音楽性を曲げるとか、こっちからなんか、なんだ、愛想振るとか、そんなことは俺には全く出来ない。やる気もない。おかしな話だからな。

 この日の出演はみなお客さんに語りかけるとか、伝えるとか、そんなことを熱心に考えているらしい。熱心なことだ。(他意はない)
 俺は自らの身の丈をぶつけるとか、体験談とかありふれたお話作って共感してどうこうっていうものに、ほとほと感心がない。その段階から共感できない。
 まあ思いのたけを正直にさらけ出すとかは別にいーけど。それもなんらかの形に昇華してこそのアートだろうし。
 俺が疑問なのは、学生生活とか恋愛とか歌ってればそんなに共感できるんだ、っていう。疑問ていうか、違和感か。
 大体あれだろ、高校生みたいな出来事とか思いをすごく賛美して歌うだろ?
 俺高校も行ってなければ日本にもいなかったしなァ。
 甘酸っぱい恋愛も全くしてないしなァ。
 お前に対しては何も言うことがない、別にいなくていい、という意味だろうか? それは困ったな。死ねと言われているようだ。実は殺意が沸く。
 日本のアニメでも音楽でも、コンテンツでの「学生生活」の多さにはいい加減ウンザリだよ。全然理解できないから超つまんないし。マジで学生生活終わったら蛇足で生きてんだなと思う。
 共感、んー、悪いとは思わねーよ。ただ、それはすごーーーーーく高次元での話しな。作品における共感っていうのは、例えば情景を歌って「そんな青春素敵」とか、そんなレベルじゃないよ。
 それはつまり、傍らで「ああ、そう」「ふーん」を生むからな。多かれ少なかれ。俺なんか日本の音楽はほとんど「へーーーーーーーーーーーーーーーー」だからな。まいったまいった。
 なんでも純度を高めればポップになりえる、というか勝手に研ぎ澄まされてポップな部分が溢れると思う。ポップの是非は置いとく。小手先のコード感やメロディ、言葉でなぞったって、それはキャッチーであってポップではない。だからカップラーメンなんだよ。腹が減ってりゃそんなのでも美味いけどさ。
 天下のジョン・レノン様の歌詞で解説してやるか。真の共感とかなんとかを。

Love (John Lennon/The Lettermen)

Love is real, real is love,
Love is feeling, feeling love,
Love is wanting to be loved.

 愛は現実。現実は愛。一行目からかっ飛ばしてますね。まあそりゃ現実ですよ。言葉にあるからな。
 実体を伴ってない、とかいうのは知能が低い奴が言うことで、「愛」という言葉が生まれた瞬間に人の頭の中に「愛」が存在するのだよ。概念として。「愛」と言う言葉を知ったときに人は「愛」という感情も同時に知覚するのだ。
 愛は感じること、愛を感じる。クッサ。すごいよ、一行目の濃さからのこの流れ。濃厚すぎ。さじ加減て言葉を知らんのか。
 愛は愛されたいと思うこと。ワンセクション全部愛で突っ切ったよ。アッパレだ。頭おかしい。キモい。どんだけ浮かれてんだ。現実離れしている。
 そしてここに、誰かを排除する要素があるだろうか? 俺はちょっと見当たらない。愛を知らない人間は残念ながら人間ではない。聴いてる音楽の言葉なんか割とどうでもいい、と思ってる奴はそれでいい。愛されたことのない人間でも愛は知っている。誤解しているかもしれないが。
 ただ、極論、愛とかいう痴れ事を歌いたいなら、これくらいやらないと意味がない。

 こういったもんを意識してるわけじゃないけど、というか、ごく当たり前に俺は曲で愛を歌ったことは一度もない。
 たまたま歌詞の中で愛し合ってる男女が出てくることは稀によくあるけど。稀によくある。今後歌詞の中で愛してるとかアイラブユーとか言っても同じことだ。尾崎豊やジョン・レノンみたいな伝え方を除くと、「愛してる」で「愛」は歌えないと思うよ、俺は。

 そもそも愛なんて別に、一生で一曲テーマにすればそれで十分じゃねーのか……? なんて思う。シチュエーションだけ変えて心情は一緒なんて、そんな曲はこの世に要らん。曲が可哀想だ。
 大体……いや、もういいや。飽きた。
 俺は俺のやり方でいくぜ。正しいやり方とか間違ったやり方とか、そんなものにこだわったり不安になったりする奴に音楽は鳴らせねーよ。それはただの雑音。
 音楽は現象なんだから、とにかく実行あるのみだよ。
 「あの頃は良かったなァ」って奴は今すぐ死ね。もしかして死ねばあの頃にタイムスリップできるんじゃね? やってみたら?

 なんか対バンの人、全否定になったな……別に嫌いじゃないよ。全然嫌いじゃないよ。いやこれはホント。話達者だから面白いじゃん?
 俺は新人だからね、ちょっと分からないことが多くて生意気なんすよ、でへへ。すいませんねホント。(ゲス顔)

潜水服は蝶の夢を見る

02 06, 2014 | カルチャー

 女性ファッション誌ELLEの編集長として、輝かしい生活を送っていた主人公が、ある日閉じ込め症候群(Locked-in syndrome)という難病にかかってからの生活を描いた映画。
 先に言っとくと、左目と触覚、あといくらかの感覚を残して全て麻痺してしまった、という主人公の追体験以外では、特に起伏もない退屈な話だ。
 筆者は主人公にして実在の人物で、およそ20万回の瞬きでこの話の原作を書き上げたらしい。映画の内容も主人公ジャン・ドゥ自体の記憶と人生観を織り交ぜ、少しずつ文章を組み立て本を書いていく。
 さほど難解な比喩ではないのでタイトルの説明をしてしまうと、「潜水服」とは多くの感覚を失った自らの体をそう表現し、「蝶」とはその檻のような体から、記憶と想像力を頼りに解き放たれることを意味する。また作中で自らの鼓動の音を蝶の羽音、などとなぞらえてもいる。

 アート性を高めた「最強の二人」に近いかもな。これも金持ちの重度身体障害者と、貧民の素人介護師の二人の交流を描いた作品だ。
 どちらもフランス映画。フランスはこういったテーマに敏感、あるいは寛容なのだろうか? これまた実話なのも凄まじい。日本とはえらい違いだ。
 アート性を高めた、とは言うものの、レンズ表現(ドアップ、ピンボケ)がしょっちゅう使われるため、かなり見づらい。症状が症状だけにそこまでポンポン移動するわけでもない。登場人物は多くないし(おまけに顔が似ている)、会話も多いほうではない。話す内容も真面目だ。ユーモア欠乏ぎみ。
 だから退屈。なんだかなァと思うところに、「こんな状況でも人との交流はあるし、人生とは素晴らしいものだよ」、というメッセージやそれを伝えたいシーンが少し多すぎたように思う。鬱陶しい。
 潜水服っぽさや蝶っぽさが大してないわけ。健常者の目線だなーっていう。あるいはテーマの重厚さをあえてライトな伝え方にしたかったのか。絵画的表現が多かったので、それは、そうだと思う。
 たまにジャン・ドゥの妄想というか、イメージも映像化されていたが、アレが尺の80%くらいでも構わない。というか、それでないと意味ないんじゃないの。
 比べられるものではないんだけど、「潜水服は蝶の夢を見る」は退屈、「最強のふたり」は面白い。この区分けは大きい。

 まァ俺は退屈な映画でも休憩を挟みながら、なんだかんだと見る人なので、そもそも映画にとって「退屈」とは悪口でもなんでもないことを留意していただきたい。
 退屈なら退屈なりの見方もあるし、本気で人生を描こうとしたら退屈に決まってる。誰もがダイ・ハードみたいな人生なんぞ送ってたら、誰も映画を見ない。そんな暇もないだろうし。

 余談だが、エンディングの表現で「?」と思うところがあって調べてみたら、なんと筆者は作品が出版された二日後に急逝しているそうだ。
 なるほど。映画なのは作品ではなく筆者だったか。
 気温は涼しいが、晴れ間がやけに気だるい休日の午後などにぼけっと見るのに丁度いい映画だ。

説明書

02 06, 2014 | たわ言

 世の中には説明書を持って生まれてきた器用な人間と、持たずに生まれてきたうっかり人間の二種類がいる。
 なんとも胡散臭い書き出しだ。というか、最近俺の記事、なんか全体的に胡散臭さがすごいな。
 説明書ってのは文字通りHow to、生き方が書いてある。才能とはちょっと違う。頭がいいってわけでもない。
 もっと噛み砕いていうと、キチガイの隠し方が書いてある。
 持ってない奴を例にあげると、

 ・複数人の会話だと全く喋らない。
 ・二人きりだとよく喋る。
 ・「適当」ってものがよく分からない。
 ・三人で横並びに歩いていると、いつの間にか二人のちょっと後ろを歩いている。
 ・アドリブがきかない。
 ・どちらかというと器が小さい。
 ・コンプレックスをネタにできない。
 ・熱しやすく冷めやすい。
 ・悪い意味で子供っぽい、痛い言動が多い。
 ・ほどほどのオシャレというものがよく分からない、見た目がモサい。
 ・おっちょこちょい。

 もっと一杯あるが、大体この辺。もう感じ分かるだろ。
 全部当てはまるってわけじゃないし、当てはまる奴がそう、ってわけでもないが。(俺も何個かある)
 ちょっと辛らつな書き方をしているが、俺はこういう奴は嫌いじゃない。ユニークで人間くさいから、面白い奴が多い。
 ただ、現代の日本というものは、説明書も持たずに裸でいる人間にどんどん冷たくなっている。
 昔のことはよく知らないが、大雑把に言うと、もう少しキチガイに優しい世の中だった気がする。みんな自分の中のキチガイを隠すことに必死だ。
 日本人は残念ながら90%近くがキチガイ(論理的な思考回路を持たない)なので、説明書を持ってない奴はかわいそうな目に合いやすい。
 「え、なんでみんな分かってるの」「え、なんでみんな失敗してないの」っていう場面によく遭遇するんじゃないかな。ええ? そこの君!

 ちなみに俺は、説明書を持ってるくせに読んでない人です。めんどくさくて。バカか。
 だからどっちの気持ちも分かる。厳密に言うとどっちの気持ちも分からない。
 持ってる奴は持ってる奴で大変なわけよ。なまじ上手く隠せるもんだから、いざ本心を出すときにヘタクソだし誤解を招く。冒険もできない。自制心が強すぎるわけ。
 それは持ってない奴が、よく分かんなくて失敗するのと同じくらいの苦労に見える。俺には。
 じゃあ説明書、捨てるまでいかなくても、とりあえず放り投げればいいじゃん、って思うだろ?
 できないんだよなぁ、これが。
 まぁ持ってない人からすると嫉妬するポイントだと思うけど、別に器用故の嫌味ってわけでもないよ、これは。
 反対に、説明書を持ってない人は一から自分で説明書を書く。
 結局のところ、これしかないんだよな。万人に適した説明書なんか無いし。仮に万人に適してても、それはつまり、それに従ってたら万人の内の一人にしかなれないってことでもある。人生つまらんやろな。

 そうだなァ、別に不器用な奴は不器用でいいよ。素直なうちや、分かりやすいうちは可愛いもんだよ。
 不器用なのに器用なふりしてるのも結構。段々本当に器用になることだって出来る。出来ない奴は努力と忍耐が足りない。
 初めから器用な奴は、今更不器用にはなれんけど、自分が器用なのは超たまたまだし、所詮俺には勝てないから図に乗るなよ。
 どっちもいいもんだと思うよ。

 持ってるくせに読んでないってのは……ホント、なんで読んでないんだろうね? よく説明書をどっかやるんだけど、なんかの拍子に出てきて読んでみると「へー、そうなんだ」「あ、あれってそういう意味なのか」とか分かるよ。
 そんで「知ってた?」って聞くと、器用な奴は勿論知ってるし、下手すると不器用な奴もとっくにメモってて知ってたりする。俺が一番トロい。
 でも知らなくても結構みんな教えてくれるしな。
 だって俺ってホラ、愛されキャラじゃん?
 ……ごめん、いくらなんでもこれは違うわ。愛されキャラではないわ。むしろ憎まれキャラでいたい。
 みんなオラに憎しみを分けてくれー!!
 元気なんかいるか!!そんなもん排水溝に捨ててこい!!!

 どちらかというと、そういうとき不器用な人や、昔不器用だった人の方が優しくないね。なんか、「俺だって頑張って恥かいて学んだんだから、お前もそうしろや」的なものを感じる。
 いやー、そりゃご苦労様だけど、別に俺分かろうと思えば分かるしなァ、っていう。一回やれば分かるよ。
 なんつーか、余裕ないんだよね。そりゃないか。不器用なんだもんな。
 器用な奴はさらっと教えてくれる(その教え方も器用)から有り難いんだけど、あっさりしすぎてて全然面白くないんだよね。やっぱりそれも別に俺分かろうと思えば分かるしなァ、っていう。
 段々読んでて「なんなんだこいつは」とか思ってきただろ? 「何様だよ」とか。仏陀様だよ。俺様って言うと思っただろ。仏陀様だよ。
 俺も思ってんだよなー。ホントなんなんだろう俺。こればっかりはよく分からんね。
 
 そういえば、仏教調べるのは大分前に飽きた。どこまで行っても「俺って仏陀だったんだ」って結論にしかならない。どこまでおめでてーんだよ俺の頭は。脳みそとろけてます。
 更にそういえば、この記事で200記事目です。うち180くらいは仏陀のありがたくないお話ってわけだ。クソ食らえ。

 明後日はライブです。

2014/02/07(金)
「静寂が燃える」

タカノトモノリ / 正義 / ヤマザキユウト / ほか

open19:00 / start 19:30 adv.¥1,000- /door¥1,200-
PG:GOLDEN PIGS

 出演は三組か四組の予定だとさ。ヨロシク。

音楽は道具じゃない

02 05, 2014 |

 歌うことが大好きって奴なんか大嫌いだ。
 頼むから死んでくれ。
 音楽がないと生きていけないって奴なんか大嫌いだ。
 死んでくれ。
 頼まれれば殺してやるのに。
 本当は死ぬのが怖いんだよね。愚かだね。
 お前の声は癪に障る。
 お前の生き様が癪に障る。
 お前が生きているとあの子が幸せになれない。
 お前がいる場所はお前のための場所じゃない。
 あの子の笑顔の前に、お前はクソにたかる蝿ほどにも価値がない。
 あの子が亡くした笑顔のために、お前は今すぐ死ぬべきだ。
 歌しかないとか言って、音楽しかないとか言って、愛しかないとか言っちゃって、くだらんな。
 頼むから死んでくれよ、お願いだよ、声をなくしたカナリア、かわいそうに。
 歌えなければ死んだ方がマシな生き物よ。君の音がする。

 音楽で人は幸せになんかなれない。
 音楽で人は腹なんか膨れない。
 音楽で人は生き返らない。
 音楽で人は前を向けない。
 音楽で人は強くならない。
 音楽で人は楽しくならない。
 音楽で人は今までのミスを帳消しにできたりしない。
 音楽で人は綺麗になんかなれない。
 音楽で人は生きていけない。
 音楽は人に絶対必要ってわけじゃない。
 お前と同じだ。
 音楽は絶叫だ。音楽は虹。音楽はヒステリーだ。音楽は破滅だ。音楽は祈り。音楽は死だ。音楽は青い空。音楽は性だ。音楽は自殺だ。音楽は苦しみだ。絶滅だ。
 お前は音楽をやっていれば、自分が何か、特別なもんになると思ってるだろう。
 お前は音楽を言い訳に使ってるだろう。
 お前は音楽をその辺のゲームかなんかだと思ってるだろう。
 お前は音楽を受け入れることを恐れているだろう。
 だから死ぬ。
 お前に言葉はなく、お前に光はなく、お前に夢はなく、お前に才覚はなく、お前に未来はなく、お前に理想はなく、罪だけがある。
 そこだけ俺も一緒だから、せめてお前が死ぬときは俺も死んでやろう。
 地獄への暗い道でも俺がいじめてやろう。たくさんたくさんいじめてやろう。
 お前に救いは一生絶対ない。それだけが救いだとなぜ気付かない。クズめ。

恋愛

02 02, 2014 | たわ言

 2月になってしまったなぁ。
 たまにこの、自分のブログを読み返してみたりして夜が明けたりする。段々洒落にならん文章量になってきた。よくもまぁこんなに吐いたもんだ。凄い量のゲロとクソの掃き溜め。
 そろそろこのゴミブログも立ち上げてから一年経つなァ。おかげさまで4300ヒットですよ。引くわー。多いのか少ないのか分からない感じが引くわー。
 結構最初の頃に書いてた頃と言ってることが逆転してたりしてウケる。皆さん、俺の言うことを鵜呑みにしてはいけませんよ。嘘つきですから俺は。体も中身もペラッペラだから。
 若いなぁ、とか、言葉がキツイなぁ、とかは序の口だよ。そのうちすごいなぁ、こいつすごい分かるわー、こいつすごい俺の考え読んでるわー、まじ理解者だわーとか思う。当たり前だろ……。

 あと文章がなんか、汚くなったな。序盤はまだ人に読まれることを意識してたっぽいんだけど、最近の記事は文章が砕けすぎて読みにくい。よく人に見せてるなこれ。全然恥ずかしくない。

 珍しく恋愛についてでも語ってみるか。
 やっぱり世の男性、大多数はモテたいんじゃねーかな、と思う。俺は思わないよ。神充だから。
 どういう人がモテるかというと超明快。好かれる人がモテます。
 好かれるとはどういうことか。自信があるということです。
 自信があるから余裕がある、余裕があるから気配りができる、気配りが出来るからモテる。この三段論法。
 この気配りというのは、他人に対しては勿論、自分に対しても気配りが出来るということだ。例えば身だしなみに気を使うとか、自分を高めるとか、むやみに自分を卑下しないとか。自分も他人も平等に尊重するということ。
 他人を尊重するだけなら八方美人にも出来るんだよ。でも自分を尊重できる奴は中々いない。だからみんな自信がない。モテない。
 ちなみにここで言ってる自信とは、自分大好き!自分最高!っていう自惚れ、ナルシシズムではないので、そこは誤解しないように。あくまで自分を他人と同様あくまで一個人と認める力のことだ。
 つまり、苦しみも喜びも、空しさも絶望も大切にするということだ。だからたまには溝に捨ててみたり。拾ってみたり。可愛がってみたり。

 自分に自信が持てない理由は色々。
 小学生の頃は簡単に言うと、足が早い奴がモテる。
 中高生の頃は簡単に言うと、顔がいい奴がモテる。
 大学生以降になると、なんでも平均的にできる奴がモテる。
 どれにも該当しなかった奴は、どこかしらでコンプレックスを抱えてたり、見た目や不器用さを原因に自分をないがしろにしたり、過度な自虐ネタを発したりして、いよいよ自分の自信を損なう。
 おかげで気色悪い不気味なオーラを発してる。モテるわけがない。
 一念発起して色々頑張ってみたりするけど、慣れないことを急にやるから、空回りして失敗談を増やしてすぐ元のねぐらに戻ってくる。

 一つ例外があって、子供の頃目立つタイプってわけでもなく、特別顔がいいわけでもない奴なのに、不思議とモテるようになる奴がいる。
 まぁ結果的にそういう奴はヒモになるんだけど。
 このヒモもちょっとだけ説明しようか。前述の通り、別に見た目がいいわけでも、自信が満ち溢れてるわけでもない。口は上手い。頭の回転も早いが、ぼーっとしたところもある。
 大概この手の奴は、子供の頃はそれなりに男の子してて、「誰が女と遊ぶかよ!」みたいに、女の子にツンケンしたり(実は照れくさいだけなんだけど)、手を繋ぐのも嫌がってたりするもんなんだわ。
 それがあるとき、大体同級生が女がー、女がー、とか言い出すちょっと前ぐらいに急にクサい台詞とか平気で言えるようになっちゃうわけ。「君の手ってすごく綺麗だね」とか「君の笑顔は最高だね」とかさ。
 ここでちょっとはにかんでたりすると、女ってバカだな、結構コロッと落ちたりとか……あ、俺の話じゃないよ。俺の話じゃないよ。
 女性の口説き方なんて知らねーけど、ルックスとかべた褒めするのは基本的にNGだ。親しくなってから可愛いね、とか言うのはいいけど、いきなり「君可愛いね」なんて言ったらストーカーだ。「君はおっぱいが大きいね」とか言ったら、そのままカツ丼コースだ。(実際は取り調べでカツ丼は出ないんだけど)
 美人に言うのはなおのこと逆効果。言われ慣れてるせいか「結局こいつも顔か」みたいに思うらしい。そりゃ結局女は顔だよ。大体は。男の場合は顔か金だよ。大体は。
 それよりも、他の人があまり指摘しない部分が効果的だ。特に手は、女性だと気を使ってる人が多いし、本人にとって体のどの部分よりも目につきやすいから、褒められるとまんざらじゃないわけ。笑顔も同様に、笑顔を褒められて嫌がる人は少ない。
 まぁ俺は女性の口説き方なんて知らねーんでこれは全部嘘です。嘘嘘。俺の話じゃないよ。

 褒めるときのコツだけど、目を見て堂々と言うことだな。
 ちょっとでも照れたり恥ずかしがったりすると、台詞がクサければクサいほどキモい。諸刃の剣。
 あと自分が話すときは、適度に相手の目を見ること。適度にとは、3~4秒間は見つめあい、そしたら一度離して、また見る。間隔は厳密ではなく、大体でいい。しょっちゅう目を離すと落ち着きがない挙動不審な奴になるので、会話の呼吸と合わせて行うことが重要。5秒間以上じっと見られると、ストレスになって相手が不快に感じる。自分もしんどい。
 聞くときは目を離すとか考えずにぼーっと向き合ってればいいが、見るときは目をまじまじ見るのではなく、鼻や眉間辺りをぼんやり見る。これだけで相手は見られている、また話を聴いてもらっている意識になる。
 モテる人は自然にこの辺ができている。だから俺の話じゃない。俺は人の目なんか見ない。
 別に相手の性別に限らず、コミュニケーションの基本なので、知ってて損はないな。というか、恋愛も、相手がちょっと違う生き物だから混乱するけど、当然ながら同じ人間なので同性意識で基本的に問題ない。

 ライブの前なんかは、これ以上ないほど俺は緊張してるんだけど、「え、緊張してるの?」と結構な頻度で言われる。俺だって緊張ぐらいするよ。表面的には何も変わってないのは分かるけどね。24時間ぐうたらしてるからな。ぐうたらしながら緊張してんの。器用だろ。
 自信もそうだけど、モテるからなんだって話。年取ったら男も女も美男美女もみんな皺くちゃのジジイババアなんだから、そんなことはなんのステータスにもならん。
 人間中身が大事、などと中身の無いことを言う気も無い。自分の体なんだから、外身も中身と同じくらい大事だ。
 自分を大切にしよう。同じくらい他人も大切にしよう。そしたら同じだけ大切にしてくれる人が現れる。そしたら二人分自分と相手を大切にできるね。
 それが異性だろうと同性だろうと関係ないぜ。どうせモテるなら女性じゃなくて人間にモテよう。
 なんでこんな胡散くせーこと書いたんだろう。神充だからか? まあいいや。いのちだいじに。