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鳩 正義

Author:鳩 正義
Ghetto HP
Ghetto

出演-------------------
9/5@池袋adm

9/8@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

10/22@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

11/1@両国SUNRIZE

12月未明@両国SUNRIZE


チケット予約は下記メールまで。
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悪童の乖

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美しく生きたいって誓う

07 27, 2016 |

 砂をいじって作り上げた、この箱庭の世界に風が吹く。
 沢山の発見の上に降り積もる埃が、僕を嘲笑って霞んでいく。
 行き交う人の隙間、ローファーの踵が鳴る。
 過ぎ去る人の背中に通り雨が落ちる、雲の速さと同じ歩幅。
 日差しが強かった、セミの声は五月蝿かった、少年の睫毛は長かった。
 なんとなく遠くに行きたくなった、海の向こうへ、水族館の水槽の底へ。
 君が僕を犬のように可愛がる気持ち、目の逸らし方とか、笑い声の間隔で察したりする。
 君が犬のように可愛がられ、あるいは躾けられたがっていることも。

 落書きがはかどる高架下の壁、焦燥感は張り詰めたピアノ線のよう、少ない音で二の腕に縄が食い込むよう。
 眠りは浅く、胎児の様に丸くなる背中。
 この箱庭の枠の外に、行けると思っていた。それは僅かばかりの愚かな思い込みだった。
 シーツにこぼれた絵の具が沁みていくように、溶け出していくのは誰かの祈り。
 人生のある時期、ある季節、ある湿度においてのみ凶悪な切れ味の台詞。
 笑えばいい。何もかもを失って笑えばいい。
 地下室の鼠と蜘蛛は親友だった、膝の抱え方がよく似ていた、沈黙も膝をついて賞状を賜る。

 バナナフィッシュは希望だと言った。
 夢の際で僕も思う、それは確かな真実だと。
 そしてバナナフィッシュ、鮮やかな匂い、茎の産毛の感触が今も指に残る花。
 排気ガスが充満する部屋にステンドグラスの明かりが差す、ふと気付くと誰もいない中。
 振り返るとドアが開いてる、真っ白の中にやせ細った君の足首が見える。
 バナナフィッシュ、手榴弾が弾ける前に、ガスマスクをつける前に、核弾頭が落ちる前に。
 シーツが赤く染まる前に、花弁がめしべを放つ前に、機械が言葉を放つ前に。
 バナナフィッシュ、精一杯笑って見せた犬歯、バナナフィッシュ、全て灰になる前に。
 やることやって助けて、やることが見つからずやるべきことも出来ない僕を助けるべきなんだ。
 バナナフィッシュ、僕の肉を望むなら僕も受け入れよう。
 生きていることは病気のようなものだと思う、その薬や解決法や答えがバナナフィッシュになるという。
 過ちは過ちのままだと思う、甘えることは簡単だと思う、前向きになるには余りに生きた屍が多い世の中だと思う。
 だから時には、過ちを繰り返し甘えてもいいと思う。
 どちらにしても、自分の悲鳴で目が覚めることが特に減ったりはしない。

 海辺の白いテーブルと椅子、水玉のパラソル、細かい砂を足の指の間に貼り付けて、箱庭を踏み躙る。
 僕の体温を奪って子どものように眠るといい、振り子時計の足元に縋ってみてもいい。
 自転車で砂浜を派手に転んで、ひっくり返ったサンダルが波にさらわれる、麦藁帽の影にヤドカリが逃げ込む。
 時間は何かを解決するかもしれないが、僕を救ってくれることはない。

 箱庭を壊してしまいたい。それでもバナナフィッシュが訪れるまで、壊れることはない。
 何時如何なるときも離れることはない。何時如何なるときも優しくはない。
 誰も救われることはなく、得るものは無く、この道のりで君は沢山のものを失う。
 そして僕は、せめて君と同じものを、同じ瞬間に失いたい。


 誰も救われることはなく、得るものは無く、この道のりで君は沢山のものを
 失う。
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恒例美貌録

07 20, 2016 | ライブ

 2016/07/13
 【UNDERGROUND PARTY ON 5th FLOOR】
 開場/開演 17:00/17:30
 前売/当日 2000/2500(+1drink)

 Ghetto Chapter27
 「鉄塔 武蔵野線」
 1.ペレストロイカ
 2.RUST
 3.MOON
 4.DAWN
 5.ORPHAN
 6.OIL

 初、新松戸FIREBIRD。初(ではないが)遠征ですね、まぁ。
 対バンで印象に残ったのはモンジさんとももづか怪鳥かな。
 ももづか怪鳥は、弾き語りというか、小劇場?
 ソロとバンドがあるようだけど、断然ソロの方が良い予感バシバシ。よく笑った。

 モンジさんはチバ大三さんのサヴァン道などで叩いてる凄腕ドラマーだけど、ソロどんなもんかと思って腰を据えていた。
 その実態はドラムソロとかではなくて、25分間ドラムをぼこぼこに叩く(ビートとかじゃなくてホントに休みなく叩き続ける)
 という、禅問答のようなライブだった。
 まぁーこれが凄い。ドラムの根源的な部分を見せられたようだ。なんだかんだそれを人前で延々とやり通せるのは凄い。
 本人の言を拾った分では、要するに「向こう側」が10秒ぐらい出る瞬間があるんだけど、
 「向こう側」で1ステージを満たしたいらしい。
 ライブ中のどこの点が「向こう側」だったのかは正直まるで分からなかったが、その目的はなんだかドえらく崇高な気がしましたね。

 Ghettoは僕がてんでしくじってばかりで、見事に環境が変わったら本領発揮できないというベタなジンクスを発動させてしまった。
 そもそも僕は初めての場所に立ったとき、色々と洗礼を受けすぎる。
 甘ちゃんなんだろう。枕が変わったら寝れないタイプだ。

 ・歌いだしでマイクスタンドがガタッと膝ぐらいまで下がる。
 ・エフェクターのパッチケーブル(配線)が抜けて途中ギターの音が消える。
 ・ギター本体のボリュームノブに手が当たってて音量が激落ち、などなど。

 どれがどう致命的ってこともないんだけど、あんだけ被ると見てる側が「慌ててんなー」という印象は拭えまい。
 反省というより「クソ運命ッッッ、このクソがッッッ!!!!」って感じですね。反省もするけど。

 2016/07/17
 【爆音サミット!! 〜PUNiKレコ発第二弾!!〜】
 開場/開演 18:00/18:30
 当日 1500(+1drink)

 Ghetto Chapter28
 「ずるい奴らを皆殺し」
 1.ペレストロイカ
 2.RUST
 3.MOON
 4.ORPHAN
 5.OIL
 6.DAWN

 ハードコアパンクな日。
 ハードコアって僕よく意味が未だに分かってないんですけど。
 要するにかつてパンクと呼ばれたものにパンクじゃないものが混ざってきて、それと本来のパンクを明文化するために語気を強くしたのがハードコアだよね。
 何が言いたいかというと、本当のパンクとかいうものは僕には分からないし、僕らがパンクと言われる理由とPUNiKがパンクであることはほぼ同義。
 っていうか僕、実はパンクってあんまり好きじゃないんだけど、パンクって言われるのはなんでなんだろう?
 パンクとかロックとか、そもそもジャンルの定義とかさ、体現するにつれて言葉に出来なくなっていくよね、きっと。

 まぁ言葉の選択肢が多い人にはオルタナとかグランジとか言ってもらえるんだけど、そのどれもが正確で的外れという、誰もがきっとそうだよね、根っこの部分では。
 分かんない。俺はグランジだ! っていうポリシーやスタンスもあるのか。それはそれでイケてるんじゃないか。
 PUNiKのベースのナイジェルさんが僕らのライブを「ビューティフル」って言ってたらしいんだけども、そっくりその言葉をお返ししたいと思う。
 人を人たらしめるものがあまりに欠落してる世の中で、彼らの築いているものってあまりに眩しすぎて。
 そりゃー僕からしたって手放しで褒められたもんじゃない部分もあるんだけど、それも含めて綺麗っていうか。
 だって大体の物事が「ファッキュー!」で済むって凄くない?笑 ファッキューとサンキューの区別がつかない。
 盛り上がっていこうとかよく分からないんだけど、この世界はもっと広々として荒涼として、地平線が相応しいと思う。
 狭苦しくて息苦しくてとにかく、うんざりするんだ。どこにいても。苛々するんだ。
 決別できないもんかな。少なくとも僕らのライブを見ている間、見ている人には決別させたいと願う。
 強く願う。

オゾンホール

07 11, 2016 | ライブ

2016/7/3(日) 鷺ノ宮MUSA
アンデパンダン・パーティーvol.34
セットリスト
1.セミナー
2.ファム/ファタール/ブリジット
3.ダンチノコ
4.OIL

 結構練習したのよ。メンツも良かったから。かましてくるだろうと思って、かまし返す意気込みをね。
 弾き語りへの情熱が、全く無いことを痛感してしまった。
 面白いんよ、そりゃ他の人がやってるの面白いし、自分でもやってて間とか空間に手を入れる感じは面白い。
 ただ、突き動かされるような欲情が全く無いという……。
 金色のガッシュでいったら全然魔法撃てないね!全ッ然撃てない! そんな感じだ。

 俺の音にしたいものやなんとか、表現する俺の実力不足というのもあるが、てんで分かりにくいみたいだし。ウンザリ。
 分かってくれる人も、そりゃあ少しはいるんだけどさ。それはその人たちが初めから凄いって話で、目はもう開いてるっていう。
 土台アコースティックで鳴らしたいわけじゃない。
 バンドが一番手っ取り早いし手掛けてるしで、もうそれに力入れる以外に無いだろ、という。
 
 おまけに付け足して、この日や次のライブで痛感した。
 俺は「いわゆる弾き語り」という人種と「いわゆる弾き語りを望んで聞く人」が反吐が出るほど嫌いで軽蔑してるということを。
 初めから分かっていたが、もう決定的だったね。
 俺はね、練習したんだわ。
 お前らと違って。

 だから幸いというか類友というか、「いわゆる弾き語り」などというお友達(ごっこ)は俺にはいないな。ラッキー!
 個人的な話になるが、このイベントが終わった後対バンだったむっくん(村男)と、前々から話題に上ってた池袋のラーメン大ってとこに連れてってもらった。
 いやね! むっくんが言わんとしてたことが、まー分かったね! あれは麻薬だな!
 空いてるといいなあって場所が空いてて、作って欲しいなぁって思ってた人が作ってくれたわけですよ。ナイスすぎるタイミング。
 アホみたいに汗かきながら食べまして(下の水溜りできた)、そのあと西口公園でなんかの演奏眺めたりしながら、終電手前までタラタラ過ごした。
 えらい充実した時間を過ごしてしまった……もう先週か!
 このときのバイブスのおかげで何日か穏やかに過ごせたような気がする。

2016/7/6(水) 両国SUNRIZE
セットリスト
1.セミナー
2.ダンチノコ
3.ファム/ファタール/ブリジット
4.ロボトミー
5.パレード

 ね。

2016/7/9(土) 両国SUNRIZE
Chapter26:コンクリート
1.ペレストロイカ
2.RUST
3.MOON
4.OIL
5.ORPHAN
6.DAWN

 社会人バンドの日だけど、人は入る、と池さんに言われつつ参加した。
 よく分からんが、やったらライブが充足してて「え? なんなの?」って自分でも思った。弾き語りの鬱憤でも出たんか?笑
 あとこの日は、いわゆる弾き語りが嫌いと書いたが、バンドマンもどきも反吐が出るほど嫌いで軽蔑してることが分かった。
 いや、知ってた。
 バンドをやってればバンドマン、ではない。
 今の世の中バンドマンのフリをした、ただ楽器持ってるだけの奴って異様に多いよね。

 んー、こんだけ偉そうな態度をずーっと続けてる俺も、バンドマンになったのはごく最近じゃねーのと思ったりすんだわ。
 いや、むしろ手が掛かったぐらいなもので、まだバンドマンでも、もしかしたら一生バンドマンではないかも……。
 どちらにしても「いわゆるバンドマン」ではないわけだし。

 当たり前だけど、音楽以外への欲求を制御できない人間は、音楽に関わる何者でもないんだ。
 例えば、あけすけに言って俺はライブが並みのセックスよりずっと気持ちいいし(&痛いし苦しいし哀しいし笑)。
 かといって過度に禁欲的になる気もない。むしろ幅広く楽しみつくした、ありとあらゆるもの全てを音楽に還元したい。
 そうして結実したこの思いを誰かと分かち合いたい。
 生きてて良かった、苦しんでよかった、死にかけてよかった、君に会えてよかった、だからこそ痛み苦しみ哀しむことになった結果さえ愛せたら、最高だね。
 でもクライマックスはまぁだだよ。

Once,twice,again!

07 08, 2016 | たわ言

 その話前も聞いたよ、という体験が非常に多い。
 まぁその理由は明確なんだな。
 単に僕が人と会わないので、誰に○○の話したのか、誰から○○の話をしたのかよく覚えてるという。
 記憶力というより数の問題だ。実際同じ話をしてくるのは、僕よりも他人と触れ合う機会が多い人だから、多分。

 困るのは、そういうときどんなリアクションをすればいいのか分からない、ということだ。
 普通に考えれば「その話聞いたってば! ○○だろ?」と言ってしまえばいい。
 僕がおちゃらけて対面する人格のときならば、こう対処しても特に角は立たない。知ってる。すぐに済む話だ。
 しかし前も聞いた、ということを指摘することは相手のプライドを傷つけやしないだろうか? ということが気にかかる。
 繊細な人間ならそう言われれば「しまった」と思うのが普通だし、別に此方としては非を責めたいわけではない。

 かといって、前回と全く同じリアクションをとるのも憚られる。というか、下手すればそれは嫌味になる。
 まぁ実際問題「からかっちゃおうかな」と悪戯心が出て、この反応が僕は一番多いんだけど。
 同じ話の流れに持っていくうちに、相手の「あれ? このくだり前もあったような……」といぶかしむ表情に変化していくのが愉快なのだ。
 まったく、自分でも性格が悪いというか、素直じゃないというか。

 初めて聞いたようなフリをして、過去に話した時の結論や印象的なワードをそれとなく混ぜるのもよくやる。
 そのときもやっぱり、相手の「……あれ?」ってリアクションが面白い。
 「あれ?」って顔しながらも話を続けるんだ。それがもう本当にフシシシ、って感じでして。

 理想としては、
 「……この話、もしかして前にもした?」
 「うん」
 「言えよ!!」
 「あははは!!」
 っていうやりとりに発展するのを期待してるので、みんなそうしてください。
 
 逆に、勿論僕も同じ話をしてしまうことがある。素面でもあるし、酔ってるときは多分、特段に多い。
 話の流れが逸れていった場合も改めて最初から振りなおすので、結構シャレにならない。面倒な性格だ。
 そういうときは思う存分からかってください。
 こういう誤作動って面白いじゃん? 存分に引き出していこーや。


 頭の良し悪し、回転のスピードについて。
 頭の良し悪しには幾つかパターンがあるよね。
 勉強は出来るが物事が分からないパターン、勉強は出来ないが器用なパターンとか。
 これはおよそ、脳のインプット回路の違いだね。
 IQを元に紐解いてみようと思う。
 (※そもそもIQは絶対的な数値でもなければ、一生を通してその能力を保証するものでもないが、便宜上PCの「スペック」とほぼ同義として用いる)

 遺伝的に処理能力の高い脳みそ、というのは存在する。計算が速い、暗記が早い、記憶力が良い、多重思考が出来る、など。所謂「勉強が出来る」はこの部分を指す。
 この能力の高さをIQとするが、これ、社会生活においての頭の良さとは全く関係がない。
 対人(コミュニケーション)を除いた問題解決能力、と言えばいいだろうか。
 実態は「無作為の情報から法則性を見出すのが得意」≒「一度に多量の情報を脳内に保存できる」、ということなのだ。
 人間の脳とは不思議なもので、色んな情報を食べれば食べるほど、それらを一緒くたに消化して一つにまとめる能力を持ってる。
 しかし、その容量には個体ごとに限界がある。当たり前だが、一度に含有できる情報が多ければ多いほど高度な法則、理論、作品が構築できる。

 要するに、IQが高いに越した事はないが、それは成果を持って認知できるものであって、日頃体感できるものではない。
 とろくさくて暢気で天然な人間が実はIQが高く、極めて論理的かつ合理的なシステムを構築することがあっても、全く不自然なことではない。

 では日頃「この人は頭がいいな」と思わされる部分は何かと言うと、そう思わせるのが得意なペテン師のことを言う。(悪口ではない)
 人に頭がいいと思わせる能力と、実際に頭がいいことは全く別の話、ということだ。
 言うまでも無く、ペテン師もある程度頭がよくないといけない。が、それは先ほど述べたIQが高い人間が持つような特殊能力まで持つ必要はない。
 ペテン師たちは総じて話術や身振りの演技に長けており、知識の吸収に余念がない。むしろ貪欲と言ってよい。
 彼らの目的は「人間関係において優位に立つこと」、その一点に尽きるように思う。
 というより、それが彼らの娯楽なのだ。悪気はないし、なんなら相手を楽しませること自体に快感を見出すタイプも散見される。

 IQが高い人間とペテン師の違いは何かと言うと、頭の回転の速さだ。
 IQの高い人間の思考を「深度」と捉えるなら、ペテン師は海面の「波」のようなものだ。
 どちらが偉いとか凄いとかは、特に存在しない。だって全く別のものだから。強いて言えばどっちも凄い。

 厄介なのは両方の能力を兼ね備えた人間で、こういうタイプは誤解されやすく精神的に孤独だ。
 一番有用な能力を持っているのに、それを活かす場や理解者に困窮する。
 なぜなら、ペテン師の悪い部分とIQの高い人間の悪いところが結合して表面化しやすいのだ。
 世の中同じところをグルグル回ってるのは、IQの高い人間やこういうタイプを理解出来る人種がずーっと少ないことに起因する。マジで。
 まぁだからMENSAみたいな集まりが出来るんだろうが……。

 深度の話をもう少し掘り下げたい。
 周りの人間が驚くような作品、理論、法則を発見する人間は得てして「トロい」人間が多い様に思う。
 一度に取り入れる情報量があまりに多いので、処理に時間がかかるのだ。
 これはどちらかというと、今まで語ったことを読めば分かると思うが、どちらかというと頭のいい人間の特徴だ。
 勿論中には単に頭が空っぽな奴もいるが、それは今はどうでもいい。
 僕はせっかちだから、屋外ではトロい人間があまり得意ではない。でも一緒にいたいな、と思うのはトロい人間だ。
 彼らの言葉は思索を経た上で慎重に選ばれるので、一言に重みがあるし相手の心情を慮ったものが多い。
 それは素晴らしいことだと思う。
 どうも何かが邪魔をして、深度の深い人間が集まっても、発言力や優位性を持つのは、その中でペテン師の能力が比較的高い人間であることが多い。
 僕はそれが、凄く嫌だ。ペテン師が本当の深度に到達することはないと思うから。

 消費されるスピードばかりが早まって、大したものがてんで生まれないシステムだ。
 根幹を破壊しない限り、この虚しい平和はどんどんペテン師ばかりを増長させるだろう。
 深度の無いものに、人間は救われたり、本当の満足感を得ることは永久にない。
 絶対にないので、救われたとかそう思うのは勘違いだ。

 コミュニケーション、クソみたいな概念だと思う。そんなものは此の世に存在しない。
 深度を越えて生み出されたもの同士、交わる点でのみ他者の存在をなんとなく「知る」だけで、相手を理解できることは永久に有りはしない。
 哀しみを持つんだ。この人も哀しみを持っている、僕だけじゃない、理解しあうことはできないが、それだけでいいんだ、本来は。
 依存とは違う。依存しても理解はできない。むしろ遠ざかるだけだ。依存は肉体的な欲求だ。
 肉体的な欲求は知能で破壊できる。少なくともホルモンバランスが落ち着いてくる20代からは破壊できる。やる気があれば。
 
 ペテン師の語る夢を、天才が実現するんだ。そうすればきっと素晴らしい世界になる。手を取り合えたらいいね。

BOY MEETS GIRL / ダラス・バイヤーズ・クラブ / SNATCH / この世の全部を敵に回して

07 07, 2016 | カルチャー

BOY MEETS GIRL
 レオス・カラックスのアレックス三部作、その一作目。ようやく見れた。
 数多の引用やオマージュがあるそうだが、個人的にはあらゆる面で汚れた血のパイロットフィルム、ひいてはカラックス自身の原風景となる映像美だったのではないかと思う。
 はっきりいって話の展開は分かりにくい。よく出来た話が見たいなら汚れた血を見たほうがいい。(15%ぐらいは分かりやすい)
 おまけに意図したものか、単なるノイズなのか分からないコマ落ちが多い。それが狙いかもしれないが。

 ただこの際言っておきたいのが、「分かりやすければいいというものではない」という話だね。
 というか、人が丹精込めて作ったものは、本来は極めて分かりにくいはずなのよ。
 その人の視点(対・世界観)が色濃く反映されればされるほど、それは似たような境遇や思想を経なければ理解しがたい。
 アートにおける技術は、それをいかに「分かりやすくする」というものなのだ。別に上手いとかよく出来てるとか、そういうのは技術じゃない。
 幾万の先駆者たちが試した可能性の中で、「どうも一番多くの人間に伝わりやすい方法があるようだ」という発見が技術と言われるのだ。
 極端な話、林檎は丸にヘタを足して赤く塗れば、まぁ大体、林檎と認識してもらえる。この行程を技術と言う。
 赤の塗料に何を使うか、ムラはどうするか、丸の輪郭の角度はどうするか、輪郭は線で書くのか、濃淡で浮かべるのか。その選択肢を世界観と言う。

 ついでに付け足すと、最近「世界観」という言葉が誤用されすぎている。
 「世界観」とは「その人固有のモチーフ、色彩、デザイン感覚」などを包括して指す言葉ではない。本来は。
 その人にとって「この世界はどういうものか」、ということを端的に表すのが「世界観」という言葉です。
 まぁ時代と共に言葉は変わるので、そんなことはどうでもいいんだけど。

 その人固有のなんちゃらなんて、無いんですよ。そんなものは。
 ある!と思ってる人は若い。愚かとも言う。若いってのはいいね。あるのはイデア界からの思し召しだけッス。
 真摯に考えていけば、そのうち「世界観」という言葉が、後者(本来の意味)でしか成り立たないのは自明の理なのよ。
 さらっとイデア界とか言っちゃいましたけど、これもそのうち分かります。現時点でちょっと分かる人は。
 ちっとも分からない人は若い。愚かとも言う。若いってのはいいね。時と場合を選べば。

 そう、結論に戻ると、天才はやはり最初から天才だった。
 そんな感じですね。ドニ・ラヴァンの繊細さと野性味よ永遠なれ、、、

ダラス・バイヤーズ・クラブ
 もっと笑えて感動風味な話かと思ってたんですが、全然違いましたね。
 HIV感染によって余命30日と宣告されたカウボーイが、同じくHIVのオカマ(MTF)と、既存の毒性の高い治療法を拒否して、未承認薬を輸入する会社を作る話。
 元が実話で、難病やセクシャルマイノリティを扱うと、どうしても過度な感動演出がつきまとうが、これは全く無かった。意図的に削減している。
 一緒に見てた乖離。がオカマ役のジャレッド・レトを指して「こっちでもヤク漬けかい!」と突っ込んでたのに笑った。レクイエム・フォー・ドリームの主役なのね。
 主人公は最初、オカマに対する性差別が凄かったんだけど、相棒と縁を続けるうちに大切な友人として扱っていくようになることが泣ける。ここで感動的なストリングスは一切流れない。渋い。
 あと主人公は一貫して金の亡者のような言動を崩さないけど、それはあくまで「収入が欲しい、それは生きていくため、そして効果のある治療法を公に認めさせるために」という風にしか見れず、涙ぐましい努力だ。
 治療法を改善するための裁判に負けてトボトボ帰ってきた主人公を、クラブのみんなが結果も聞かずに拍手とハグで迎えるシーンがすっごく素敵。
 あとジャレッド・レトが凄く可愛かったです……。
 面白みは全く無いが、ヒューマンドラマという点ではめちゃくちゃ上質ですね。いや、本当に面白くないです。
 ただめっちゃくちゃ上質ですね。(勧めてるのか勧めてないのか)

SNATCH
 まぁこの三つね、借りたいのが無くて仕方なく借りたんよ。これも監督の前作、トゥースモーキングなんたらがそれなりに面白かったから。
 もう説明がめんどくさいから適当に書くけど、伊坂幸太郎の小説を映像化したようなもん。
 伊坂幸太郎のあの、ぬるま湯な感じとタランティーノ的群像劇とユーモアセンス。
 娯楽映画だ! 見やすい! 笑える! そこそこ驚きもある! テンポも悪くない! なんとなく画面やファッションがオシャレ!
 以上だ!

この世の全部を敵に回して
 これは本。白石一文の。ちょっとレジに出すのが恥ずかしいタイトルだった。
 生来気にしない性分だけど、最近ちょっと分かってきました、こういうの。
 まぁそんなことはぶっ飛ぶほどの名文ですね、これは。小説と言うより、一人の男の思索をとうとうと語っている。
 これこそまさに「世界観」と呼ぶに相応しいものが凝縮されている。
 そしてこの世界観、僕が長らく愛用しているものと逐一合致するの。
 僕は僕をこの本から学べる、と言ってもよい。特に終盤の言葉の慈しみと情感には、涙がこぼれそう。
 もっともっと、多くの人に読んでもらいたい。救済を描いた本です。

 全然関係ないんだが、本を読んでて「スピード感」って、あるじゃないですか。
 あれ不思議だよね。読むのはその人なんだから、スピードもクソもないじゃん、っていう。でも実際あるんだよね。
 でも強いて言えば、そのスピード感は紙の媒体でしか味わえないノイズの部分にあるんじゃないかな。
 電子書籍の便利さは良いと思う。
 でも僕は本の無い世界は、格好悪いと思う。スマホで本を読んでも、格好良くない。
 いや格好は大事だよ。現に世の中の暮らしはスマートとか何とか言って、どんどん格好悪くなっているじゃない。
 無様でもいいんだ、本物なら。紛い物よりマシだと思う。
 でもそう思えるのは、気高い人間だけなんだよね。
 気高くなりたくない人の気持ちが、僕には分からないよ。全然分からない。
 みじめなままでいいなんて、その心が一番みじめだと思う。
 不思議だな。この世は不思議なことが一杯だ。

プールサイド

07 04, 2016 |

 塩素の匂い。
 今日はこれから暑くなる、という予感のする朝。
 ビニールに水着を入れた小学生。
 近くの工場から鉄が軋む音、君はうっすらと涙を浮かべながらオルガンを弾いている。
 特に言葉は要らないように思った。というより、むしろ、かける言葉が見つからない。
 窓に並べた真っ赤な風車が回っている、枠にかけた水玉の傘から雫が落ちている、大粒の雨が降っていたらしい。
 そういえば、寝ぼけ眼に稲妻の光を見たかもしれない。

 思い出がどんどん崩れていくのが分かる、思い出がどんどん壊れていくのが分かる。

 思い出だろうか、自分だろうか、思い出は重いで済むだろうか、思い出は遠い目になるだろうか。

 些か情緒に欠けているように感じる。
 僕がナイーヴに過ぎるのかもしれない。
 いっそ、梔子の似合うような風貌なら良かったかもしれぬと独りごちたりもする。
 ソバージュの効いた栗色の髪と、ソバカスと、ツンと上向いた鼻、のような。
 
 大切なものから、失っていくんだよ。
 大切なものを、大切にすることは、どうしてこんなにも難しいのだろう。
 大切なものは、目に見えないと言う。
 本当かな。
 目を閉じれば見えるものを、目に見えないと言っていいのかな。
 そういう言い方なら伝わる君の感性ってやつを、時折完璧に破壊したくなるときもある。
 目を閉じよう……低気圧が分かるよ。

 ユンボが泣いてるよ、電線を噛み切るんだ、僕も項垂れよう、祈っているのかもしれない。
 ユンボが泣いてるよ、鯨の鳴き声のようだ、この周波数は君に伝わるだろうか。
 ユンボが泣いてるよ、破壊し尽くされた跡の荒野とガラクタって妙にそそるんだ、故郷のようだ。
 ユンボが泣いてるよ、何が哀しくて泣いているかも分からない、だって動くたびに鳴るんだ。
 動くたびに軋むこの音が、君に伝わるだろうか……。
 塩素は僕も消毒してくれるだろうか……。