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鳩 正義

Author:鳩 正義
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Ghetto

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9/5@池袋adm

9/8@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

10/22@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

11/1@両国SUNRIZE

12月未明@両国SUNRIZE


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悪童の乖

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冬の一日、鳩の休日

12 20, 2016 | 日常

 黒い手が追ってくる。
 心地いい感じだ。入れる一服。
 暖かくて、いい匂いのする部屋。
 体温の残ったシーツ。
 まだ湯気が出ているシチュー。
 陽だまりの中にいるような感じ。
 洗濯したばかりのシャツがよく渇く。
 妙にイルな俺に優しく響くピアノと通奏低音。

 暖かくて、いい匂いのする部屋。
 もう戻ることのない。
 もう帰ることのない。

 早い、早い、早い、早い、早い、早い。
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48時間

12 17, 2016 | 日常

 敬意や誠意という概念が理解できず、また未来永劫そういったものは持ち得ない、畜生のような存在だということはよく分かった。
 それは別に要らないから、ただ金を払ってほしい。
 ただただ、金を払ってほしい。
 お金を集めろと、それ以外言わなくなるような。

不純物

12 14, 2016 | たわ言

 最近、頭髪から爪先まで脱力するような、「なんじゃそりゃ、くっだらねぇ……」という出来事に遭遇したので、久々に悪意を持って筆を取る。

 先日とあるサイコビリーのバンドと対バンした。サイコビリーと言っても、演奏力不足をパンク成分で誤魔化したロカビリーと表現した方が適切だ。
 音楽的快感に基づく閃きも、グッドメロディも、空間を切り裂くようなスリルも、一切存在しなかった。だらしない喧しさだけが響いていた。
 悪い人ではないんだろうけど、なんてつまらないんだ、ここまで来ると退屈の暴力だな、それが僕の感想だ。
 このバンドが最後の曲を披露する前に(この段階で僕は「まだやるのか、もう勘弁してくれ」と思っていた)、大切な人が亡くなったのでその人に宛てて、と言って演奏した。
 とは言いつつも、先ほど申したこのバンドの特徴を踏襲したものだった。
 底知れぬ深い哀しみを表現するメロディも無い。
 言葉に出来ぬ思いを掬い取った、秀逸な言い回しも無い。(そもそも全編ヘタクソが唸ってるだけで何を言ってるか分からない)
 ジャンルを超越するような驚異的な発見や曲の構成も無い。
 ましてや言い分を是が非でも納得させる、有無を言わさぬ演奏力も無い。
 要するにゴミみたいな曲だった。
 もし僕が死んだそいつ自身だったら浮かばれない。
 いやむしろ憎たらしすぎて悪霊化する
 僕の命をダシに使って、まぁよくもそんな駄作を作ったもんだ、僕の命ってそんなに安いんだ、この程度は思うだろう。

 そもそもが、死んだ人に宛てた曲で名曲というものをてんで聞いたことが無い。
 もしかしたら今まで聞いた名曲の中で、そういう由来のものはあったかもしれない。というか多分ある。
 命とか心みたいな綺麗事を用いずに哀しみを描いた曲にはやはり名曲が多い。
 それらには全て、「有無を言わさぬ説得力」があるからだ。
 乱暴なまでに聞く側を巻き込むような、第三者でいることを一切許さぬような、ともすれば立ち直れぬような、とても強い力が。

 そのバンドは結成の由来から、その亡くなった人への哀しみが根幹にあり、全ての曲はその人に宛てたものだそうだ。
 そして悲しむばかりではなく、楽しい曲で皆に愛を届けたいらしい。
 とっても素敵な動機とモチベーションだと思う。人柄はいいんだね、やっぱり。
 でもセンス無いね。

 誰もがそこを有耶無耶にするけど、センス無いっていうのは、罪なんですよ。お金が発生する場所では。
 センスも演奏力も、練習や聞き込み、広く言うと投資をすれば獲得し研鑽することは幾らでも可能なものなんだよ。
 それをしないっていうのは、やっぱり罪なんですよ。お金払う人を舐めてるってことなんですよ。
 そして動機が亡くなった人への手向けと言うなら、亡くなった人に対しての冒涜そのものなんですよ。
 おまけにそんな口上を人前で述べて、さほど研究もしてないものを有償の場で披露するって、詐欺以外の何なんですか?

 ここでこき下ろしまくってるバンドについて補足するが、別に本人たちは同情してもらおうって意図は全然ないと思う。
 重ね重ね言うが、美しい動機で音楽やライブに望んでると思う。実力不足なだけで。
 周りがその美しい動機とやらにほだされて、新興宗教みたいに愚図で不気味な感動の仕方をしてるんだ。
 醜いったらないよ。
 そんなものは感動じゃない。

 道徳の授業でしか命の生死を習っていない、貧相な人生を送っている人間には分からないと思うが、
 世の中には死ぬより辛いことや不幸がれっきとしてあるんだな。
 死ぬとか壊れるとか、そんなものはただの結果に過ぎない。
 そして貧相な人間ほど日頃他人の魂や命、心や尊厳を乱雑に扱う。
 滑稽なことに、そうして死んだ人間に対して「辛かったね、可哀想、悲しいね、同情しちゃう」となる。
 頭に妖精でも飼ってんのか?
 お前が殺したんだろうが。
 こういうのは加害者ほど自覚が無い。反吐が出る。

 人の命や不幸をダシに使うのは全然構わないというか、どんどんアピっていけばいいと思うけど、
 それに見合った名曲書けよな、ただそれに尽きる。
 この記事みたいにクオリティ低けりゃボロクソに言われるリスクもあるけど、
 それならむしろ責任重大で慎重さが要求されることをやってる、っていう自覚を持つべきだよね。
 ま、そういう商売、結構前からの流行りだから、僕からするとナンセンス極まりないけど。
 その手の不純物に僕はもう、ほとほと呆れ果てて、言葉も出ないんだ。すっかり。

 僕は想像力が豊かで知識も経験も豊富だ。
 口に出したり自慢したりするのが格好悪いと思ってるから一切しないし、
 無言ゆえに僕を無知だと思い込んで見下すクソバカが死ぬ程いるが、僕はこの道を貫く。
 それが僕なりに何かを大切にするという事だ。
 まぁこれは僕が想像力が豊かで知識も経験も豊富で、おまけにセンスもあってかつ努力家でスタイルがよく性格もユーモラスで快活、友達思いで自分に確固たる自信があるから出来ることなんだけど。
 (自信ない奴ってこういうの冗談って分かんねえんだろうなー……めんどくさいし気持ち悪いよね、軽蔑しちゃう)

 僕は音楽が大切だ。
 そんな僕だから、言葉なんか無くたって音楽一つで感動も出来るし、苦しみもする。理解できる。
 誰だって出来る。
 いい曲が僕を育ててくれた。いい曲だけが、君にそれを可能にさせてくれる。
 逆に音楽への愛が足りないものは一切理解できない。例のバンドのようにね。
 せめて死んだその子への愛情の、十分の一でも音楽にぶつけているなら多少は優れた曲が生まれるだろうに。
 ま、それはつまり結局オママゴトなんだろうね。
 哀しみを安く陳腐なものにして、周りに押し付けて同情を買ってることに早く気付いてください。
 そんな醜い光景に、僕は憎しみが溜まる一方です。
 お前らは音楽を侮辱している。
 お前らは命を侮辱している。

Engage (with) me

12 12, 2016 |

 「もう持たない」

世界で最も価値の無い人間

12 07, 2016 |

 私は世界で最も価値の無い人間です。
 人間的に価値が有るとは、果たしてどういうことでしょうか?
 それは私には分かりませんが、自らには価値が無いというその一点に於いて、あまりに確信的です。
 その理由も確かではありません。さして重要ではない気すらします。

 私には手足があり、五感があり、言葉や文字や図形が分かり、それなりの法則や社会性、整合性も理解できるつもりです。
 私自身の主義主張に多少の偏りはあっても、およそ大半の人間の中での正解、集合知のようなものも、漠然と判別がつきます。
 つまり肉体的に健全でまた、精神的にも人並みに不自由しない、一通りのインターフェースを備えています。
 また、私のいるこの国の法律や社会的身分は、私をそのように定義しています。
 私以外の客観的なモノの目方が、私を常人と見做しているということです。

 そのことになんら不満はありません。むしろ有意義にすら感じています。対象は人によって違えど、私は感謝すべきでしょう。
 ですがその一つとして、絶対的に私の価値を保証するものではないのです。
 むしろ私の、「私には価値が無い」という一種の空虚感に、より一層の切迫感をもたらします。

 冒頭で世界で最も価値が無い人間、と書きました。
 なぜ世界が引き合いになるのでしょう。
 他者と比べて自分が健全であることに、優越感を覚えることはありません。
 むしろ、例え社会的にどんなに身分の低い者、貧しい者を見ても、「私」に無いものを所有している裕福な存在であると痛感します。
 付け加えるのであれば、私に価値が無いことは、人間という枠組みではなく、此の世に存在する物質全ての中で、という意味になるでしょう。

 先ほど述べた私の持つ能力や機能は、私の身体が生まれつき備えているものです。
 それはこの世界の一部で構成されたもので、厳密に言えば私の身体ではなく、たまたま私の管理下にある物質です。
 つまり私の身体には価値が有る、と言ってもいいでしょう。
 ですが私の管理下にあることで、その価値は損なわれてしまいます。
 それは、価値が無いのはこの「私」という「私」です。
 このことは私をあらゆる点で深く傷つけます。
 私の身体になんら罪はなく、偶然「私」を搭載してしまったばかりに、価値が無い存在の隷属と化していることに深い悲しみすら覚えます。
 仮に私が私の価値の無さに耐え切れずあらゆる暴挙に出た際、損失を受けるのは実際のところ「私」ではなく私の身体です。

 いつ、価値が無いと自覚したか。
 古い記憶になります。
 私は恋をしました。
 無様なことに、私はその瞬間に、この恋は叶わないと自覚しました。
 そしてこの恋を酷く醜いものとして、自分の中で閉じ込めることにしました。
 この行為は私を歪めました。
 しかし歪んだこと自体と、私の価値に相関はありません。
 私が持って生まれた特性のようなものを、その瞬間に理解してしまいました。
 「私は欠落している」という感覚です。恋はただの切っ掛けです。
 欠落した感覚を持っている、というのもおかしな話ですが、そう表現せざるを得ません。
 空虚が有る、水が裂ける、空が落ちる、そういった類です。

 この感覚を喩えることは、あえてしません。
 私以外にもこの感覚を持っている人は何人か知っています。
 その人たちには言わずとも分かり、そして、分からない人にはいかなる手段を用いても分からないことだからです。
 分からない彼らは、欠落した感覚を持たないが故に、本来ならそこに収まるべきものを持っているのでしょう。
 私には彼らが、あまり人間的に見えません。
 ですが、人間という枠組みでは彼らの方が圧倒的に多数で、体力があり、そして社会的に力を有していることが多いように思います。
 ニーチェで言う「あまりに人間的な」要素は、もしかすると私のような欠落した人間を指すのかもしれません。
 しかしそれもまた、何の慰めにもなりません。
 私は「あまりに人間的」であるが故に人間という種に敗北し、自分を無価値だと断じているからです。

 同種の人間についても同様です。
 最初は共通の感覚を持った者同士、この欠落を埋める方法があるのではないかと干渉しました。
 会話をしました。議論をしました。創作をしました。貸与しました。贈与しました。喧嘩をしました。利用しました。裏切りました。
 結論を述べると、それは全て徒労に終わりました。
 何故か、されたことに関しては記憶に薄いです。
 此の世でその方法を発見した人間は、誰もいないのではないかと諦観しています。
 残ったものは常に、裏切られたという感覚のみです。
 これは容易に説明がつきます。単に私が排他的だからでしょう。
 この、排他的である、という私の性質は、私の価値の無益さを大いに増進していると感じます。

 私は私以外に価値を見出すことが、極めて不得意なのです。
 独善的でも博愛的でもない私は、「私」が大切ではなく、また他者が大切にしているあらゆるものも、「大切にしている」という行為は理解できても、その動機や執着心がまるで理解できないのです。
 私には何も大切なものがありません。
 私には何も大切にすることができません。
 私は誰も大切ではありません。
 そして、誰にとって「私」が大切だろうと、そうでなかろうと、私には一切興味が持てません。

 それが生来持ち合わせた欠落感から来るものか、あるいは、ただ単に反社会的なのかは分かりません。
 恋(とその喪失)から数えて二十一年、同様の感覚を持つ人間、持たない人間との接触を経て私が理解できたことは一つだけです。

 「私」はきっと、
 未来永劫価値が無いということです。

 今までそうだったから、という経験知ではありません。
 仮に私が今後、何らかの偉業を成し遂げ生を全うし、その死を惜しまれたとしましょう。
 それでも私に価値は無いでしょう。全世界がそうではないと思っていても、私は私の有意性を認めることが出来ないでしょう。

 「生きる意味とはなんだろう?」という問いがあります。
 強いて言えばその問いと私は、全てが真逆です。

 あなたは私にとって、まるで価値の無い人間です。
 ですが、あなたにはあなたを大切にする存在がいます。
 私にもいるかもしれませんが、私はそれがちっとも嬉しくありません。
 何の感慨もありません。
 表情や言葉で感謝を表すことはできますし、そのような自らの感情も自覚できます。
 しかし、心の芯の方ではそれが欺瞞、演技のようなものであることも同時に理解してしまっています。
 私はそれが酷く虚しい、恥ずかしい、苦しい、痛ましい、自己中心的だと感じる、反省したい。
 (という演技をすべきだと身体から指令が出る)

 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です……。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間です。
 私は世界で最も価値の無い人間
 私は世界で最も価値の無い
 私

ペーパームーン / 御法度 / 発狂する唇 / ビジターQ

12 04, 2016 | カルチャー

 ペーパームーン
 可愛らしい映画、とっても。
 故人の家に聖書を売りつけるケチな詐欺師が、ひょんなことから身寄りのない女の子を連れて放浪するロードムービー。
 この女の子が実にいい。被った帽子や風貌が男の子のようで、いつもムスッとしている。でも笑うとコスモスのように可憐。
 そいでもって、煙草を吸う姿にやたら貫禄がある。

 二人の役者は実際に親子のようで、そのせいか演技や距離感が実にゆったりしている。
 多少の生きにくさはあるものの、人生がさほど煩雑でなかった頃の、清々しくなるような一つの思い出、道のり、そんな感じ。

 御法度
 大島渚は戦場のメリークリスマスしか知らんで、それでこれだから、もう、筋金入りのホモなんだなと思う。
 ベニスに死す、みたいな?
 松田龍平のデビュー作だそうだが、これで松田龍平の方向性や雰囲気、その他多くが決まったんだなと思った。

 話は簡単、新撰組に美男が入隊して、隊内にホモ旋風が巻き荒れる、それだけ。
 ホモな映画は幾つか見てるが、基本的にシチュエーションが男性的であること以外は普通の恋愛と、そのこじれに過ぎないと感じる。
 それはまぁ理由は簡単で、男だろうが女だろうが惚れたらさほど変わりはしない、というそれだけだろう。
 強いて言えば男同士の方が、むしろ女々しいなと痛感する。恋に臆病、そして素人なのは常に男の方かもしれないね。

 発狂する唇
 B級映画。ホラー、エログロ、オカルト、カンフー。由緒正しいクソ映画だ。
 全編大人の悪ふざけという感じだけど、後述のビジターQの後に見たので僕にはかなりスベってた。完全に対バンに食われた状態。
 この手の(おそらく恣意的な)素人臭さや作りの荒さは、何人かで見てツッコミ入れまくって楽しむのが一番正しいと思う。映画館とか、飲みながらとか。
 だから、まぁ、僕がB級映画を楽しめることはない……。
 まぁ、邦画にもこういうのが幾つかあると思えばいいのかな。

 ひたすら撮りたいものを撮った! という感じがして、そこは好感が持てますね。
 金は無い、手の込んだことは出来ない、使えるものはなんでも使う、無いものは無いなりになんとかする。
 結局のところ熱意や鋭さ、作風ってのはそういうところに表れるよね。

 ビジターQ
 ニュースキャスターだった父が、とある事件で職を失ったことを皮切りに家庭は崩壊。
 娘は家出、おまけに前述の父親と援交、息子は学校でいじめられ、その鬱憤を母親に暴力としてぶつける。
 その母親は薬とそれを稼ぐ売春にズブズブ。まともな奴が一人もいない。
 そんなサイコファミリーに、ちっとも人助けなんぞしなそうな勝手な男が一人住み込む、家庭はどうなるか、という。

 これはエログロ特化だなぁ。発狂する唇よりアバンギャルドだね。
 ただあんまりグロくはない。むしろ結構笑える。屍姦や近親相姦、搾乳やらSMやらの、出来の悪いそれらが画面で暴れる。
 コントそのもの。
 やや説明不足な感じもいい。
 結局なんなんだ……? というのは終盤になると沢山あるが、何故か終わった後飲み込めてしまった。
 あとエンディング曲が何故か結構いい。
 水のあぶく/REALTIME
 

 ただ好きかと言われると、そこまででも……という感じ。僕やっぱりアカンかも。
 楽しみ方はなんとなく分かるけど、虚しさが凄い。
 まいいか。

 最近僕の脳みそは何も食べていない。

11月美貌録

12 03, 2016 | ライブ

11/7@高円寺MISSION'S
PUNK SHOP 高円寺 PIG'S TAIL presents「豚小屋 vol.16」
Ghetto Chapter38:「車輪の下の豚」
1.RUST
2.ペレストロイカ
3.ORPHAN
4.OIL
5.DAWN

 相性が良くなかった。何についてかは、あえて語るまい。

11/8@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
Ghetto Chapter39:「じゃあ、黙れよ」
1.OIL
2.ORPHAN
3.ペレストロイカ
4.RUST
5.MOON

 相性が良かった。そういうこともある。磨けよ未来を。

11/18@両国SUNRIZE
【SUNRIZE KINGS NIGHT】
-ニホンハツ 20世紀のケダモノ Rock Me Baby RELEASE TOUR-
Ghetto Chapter40:「悪童と呼ばせて」
1.DAWN
2.ORPHAN
3.RUST
4.ペレストロイカ
5.OIL
6.悪童の乖(新曲)

 久々に新曲を披露、ようやく乖離。をメインボーカルに据えた曲が出来た。
 個人的には今まで手癖で使っていたコードに、更に彩りを加えたボイシングが出来た様に思う。
 またこの日は、高知発信のグループ(ニホンハツ、TEN-SIN、とうとうたらり)が3組、そして店長池さんと、非常にガイナなラインナップ。
 打ち上げも大分荒れていて、なんとも温かな空気を感じた。面倒くささと愛着は、似て非なるが、あまりによく似ていると思う。

11/30@両国SUNRIZE
【両国SUNRIZE 7周年 最終日!】
- SUNRIZE 7th Anniversary -

 弾き語り。
 1.ダンチノコ
 2.セミナー
 3.フィロソフィー

 7周年おめでとうございます。
 7年というと、僕が誕生してから小学校に入って、図鑑を見て
 「これが、女か……」
 「二手に分かれているな……」
 などと思っていた頃ですね。ということは、そろそろSUNRIZEも下心が芽生える頃じゃないでしょうか。
 という下らないMCをしたらやけにウケた。
 これからも東東京最強のライブハウスでいてください。
 そして最強にするのは出演者なので、そのように頑張ります。少しずつか、それとも大胆に恩返し出来たらいいな。

 僕らはきっと飼い慣らされてしまうよ。
 あれやこれやと時間を使って、大切な存在になってしまうよ。
 そいつは困る、ああ、困るんだな、キツネくん……。