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鳩 正義

Author:鳩 正義
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「正気か?」

04 29, 2017 | たわ言

 人間が一日で正気の時間って、実は凄く短いと思う。一日の中で。
 一日24時間、活動時間が14時間~18時間だとして、せいぜい30分~2時間ぐらいじゃないか、と思う。体感的に。
 いや、単に俺がまともじゃないだけかもしれないが。
 だったら、まともじゃない人間の寝言だと思ってくれ。

 2017/04/07の「ホルモン」でも書いたが、それは加齢と共に増えていくものかもしれない。
 要は刺激にかき乱されたり、何かに気を取られたりすると、正気ってのは容易く掻き消える、それほど儚いものに感じる。
 これはもう、意志の力とか、集中力とか、そういったものでは覆せない気がする。

 俺は夜型人間で、それは根っから夜が好きだからだけど、夜の時間ほど心はかき乱される。
 人が少なくて、静かで、星と月は太陽より鬱陶しくなくて、うだるような感じがなくて、影は明かりに動揺して、
 そういうところが落ち着くけど、そういうところが此の世の出来合いの”まとも”というものを分からなくさせる。
 君が夜の何に狂うかは分からないが、昼にだって狂おしいものは転がってるが、やはり夜が君を惑わしてるんだ。
 どれだけ夜型人間と詐称しても、夜型人間は軒並み頭が狂ってると思う。
 人間は早朝から昼間に生活してたほうが、長期的に見れば落ち着いてる。誤魔化しても仕方の無い事実だ。
 でも君が朝より夜が好きというなら、気が合うね、と言いたい。

 そもそも正気ってなんだろう。本来のそいつ自身? ”本来”って、どこからどこまでのことなんだ?
 とりあえず「個人が最もパフォーマンスを発揮できる時間帯」として語っている。
 コンディションや練習量、向いてる時間帯で持ち時間は変わってくると思う。
 ■コンディション:
 ・体調はいいに越した事は無い
 ・空腹、多少の寝不足など危機的状況の方が短期的には能力が高い
 ・ある程度のルーティンを組むことで、慣れない環境化や不調でも一定の効果を発揮できる
 (ただしあまり複雑なルーティンを組むと、こなせないとき過度のストレスがかかる、というリスクがある)
 ■練習量:
 ・多いに越した事は無い
 ・きりは無いものの、例外に対する練習も肝要
 ・「練習したことの復習」「練習していないことへの練習」「練習しなくても出来る様になる訓練」の三要素がある
 ・結局のところ、練習は「練習していないことへの対応力」が目的でするもの
 ■向いてる時間帯:
 ・完全に体質、あるいは性格によるところ
 ・もはやアティチュードの世界だから、単なる向き不向き

 狂気はごくありきたりで誰もが持っているものだと思う。むしろ、その中で生きているとすら。
 水面下で、すぐ隣で、首筋で、体の芯で、色んなところで渦巻いてる。
 純度の問題なのだと思う。
 より研ぎ澄まして狂ってしまうことは、むしろ正気の只中に、波紋の一つも無くたたずむことだ。
 正気とは平坦で差し支えの無い砂利道ではなく、嵐のあとの凪、そういう静けさを持つ。

 とりあえず、言うまでもなくライブ中の俺だけが正気で、あとはまともじゃない。
 もうどうしようもない。生死の境でしか人間は我に返ることが出来ないんだよ、きっと。
 混乱してるとライブは、やっぱりいいものにはならないし。
 極めて正気で、心底から熱狂している。

 君は果たして正気だろうか。
 君には俺が正気に見えてるだろうか。
 俺たちはあまりに鬱陶しい、狂った世界の中、残り僅かの正気をすり減らしながら生きている。
 正気の君に会いたい。正気の俺を見て欲しい。
 殺しあうことも、憎みあうことも、奪い合うこともない、淡い水槽の底で。
 それ以外のことは忘れよう。覚えていても、そのことでいがみ合うのは辞めよう。
 狂気は誰のせいでもない。
 だって記憶を失ったら、俺たちはまた愛し合えるはずだよ。
 そのことだけは、どうか忘れないでいてください。
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04 27, 2017 |

 極度の偏食です。
 大雑把に言うと野菜は一切食べられない。
 もう何十回も何百回も話題にしてきたことで、強く否定する人はいないが、私の結論では
 「偏食は食べ物に失礼」
 「偏食は我が儘」
 「偏食はみんなで食事する場に出てくるな」
 こういうことです。
 だってアレルギーじゃない、死ぬわけじゃないんですよ。

 いっそ死ねばよかったのに。

 でも死ぬわけじゃないからこそ、
 ただの大袈裟で迷惑な存在として、
 そこに煙たくのさばっていやがるわけですね。

 食事が一切楽しくないです。
 アルコォルと煙草のおかげで多少緩和されましたが、今でも苦痛です。
 どうやら死ぬまで続くらしいです。
 幼稚園の頃から絶望してます。

 何かを食べた時、一番最初に思うことは「美味しい」「不味い」ではなく、
 「よかった、食べられるものだ」です。

 それ以外は「吐きそう」です。
 人前で吐くのはいけないことだと分かっているので、口に入れたものは急いで飲み込める大きさまで噛み砕いて嚥下します。
 噛み砕いて味が染みでる度に、あまりの不味さとえづきで涙が浮かびます。飲み込むときも。
 飲み込んだあとも、後味が舌と歯と鼻に残ります。
 毒を飲んでる気分になります。正確には、食べ物が自分の口の中で毒になっていく感触がします。
 凄くしょっぱくて味の濃いものが好きです。
 食べたいわけじゃなくて、その後味をかき消せるからです。
 でも本当は、何にも味がしないパンが落ち着きます。
 一番好きなのは水です。

 何人かで食事しているとき、私の食生活を知っているか知らないかに限らず、
 全員が私が食べるのを監視しているような気がします。
 ジロジロ眺めて「うわ、野菜取り除いてる。行儀悪いな」
 「いい歳して何やってんだよ」
 「食べる時全然喋んないな」
 「野菜食べて吐いたりしないだろうな」
 「大丈夫?笑、君なんかに食べられるものがここにある?笑、無くても文句言わないでね?笑」
 「早く食えよ。うわ、残した」
 「こいつがいるせいでアレが頼めなかった。好きなのに。このスープもおかげで具が少ない。味が淡白だ」
 「どうせ食わねえんだから、早くくれねえかな、それ」
 こう言ってます。
 毎回です。流石にもうあまり気にならなくなりました。
 幻聴ではなくて、単語や切れっ端だけなら、実際によく聞きます。
 だから一人で黙って急いで食べるのが一番落ち着きます。
 それ以外は苦痛です。

 「俺が食べてあげる」って台詞に虫酸が走ります。
 頼んでないです。
 してあげる、ってなんですか?
 私、困ってるんですか?
 そうなんでしょうね。
 黙って持っていってください、全部。
 私、何にも食べたいと思ってないんですから。

 面倒臭いらしいです。
 そうだろうなぁ。
 面と向かって言われると、全く嫌な気がしません。特に料理作る人から言われたら。
 そうだろうなぁ、と心底思うからです。
 全く嫌な気がせずただ、「そうです、だから、何もしないでね」と思うのです。
 作る人もよそう人も。

 でも誰も、そうは言わないんですよね。
 「そっか、じゃあ何にしようかな」と来るんです。
 もういい加減、勘弁してほしいんですよね。許して欲しいです。
 誰かが工場で無機質に作った、工業製品のようなパンやお菓子がいいんです。
 でもそうはいかないんですよね。
 真心がこもってると、鬱陶しくて仕方が無いんですよ。
 私は貴方の真心をゲーゲーしながら食う、失礼極まりない汚物なんですよ。ゲロと一緒です。
 貴方の真心を残飯にするんです。
 その「じゃあ何にしようかな」って、僕が生きてる間一生続けられるんですか?
 いつか「少しは食べてみたら?」とか、「自分でなんとかすれば?」に変わりますよね。
 だったら初めから「自分で用意して」でいいじゃないですか。
 もう疲れました。
 初めから私は頼んでないです。

 貧しくて食べたくても食べられない人がいるらしいですね。
 迷わず代わりたいって思います。
 こんな汚物は飢えたガキの代わりに今すぐ死ねばいいんですよ。
 貴方はそう言ったじゃないですか。
 そう言ったも同然でした。何度も言いました。

 人が食べてるものを「不味い」「ありえない」って言う人も嫌いです。
 時々偏食で開き直ってそう言う人がいますが、私もそんな奴死ねばいいと思います。
 私とそいつが死ねば丸く収まる話です。
 ありえないのは食べられない人の方です。
 私にとっては世の中の大半の食べ物が不味い、ありえないです。
 だったら不味いのは私の方でしょう。

 いっそ死ねばよかったのに。

 「いただきます」と言うときに、そう思って食べます。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 いっそ死ねばよかったのに。

 ごちそうさまでした。

無差別攻撃

04 27, 2017 | たわ言

 ツイッターを眺めてて「しゃらくせえなー」とよく思うことがあった。
 エアリプのことだ。
 ツイッターで他者に会話として発言することをリプと言う。
 その宛名を伏せて、要するに誰に言ってるか分からんように濁して書くのをエアリプと言う。大体悪口だ。

 コレな、俺も時々広義では類することやっちゃってると思うんだけど、すげーダサいと思う。
 俺の場合、駄目なものに対して物申したいときは、本人が見る見ないはともかく「〇〇はクソ、くたばれ」ってハッキリ書くようにしている。それか、かなり限定的に書く。
 「全体的になんか駄目」ってときは書かない。全員駄目(自分も含む)だと思ってる。
 別に「文句があるなら本人にビシバシぶつけろ」とかそこまでは言わない。そこまでの熱量使いたくないときも頻繁にあるだろう。
 俺の場合は発言した結果で後ろから刺されてもいいと思っているし、刺された凶器で刺し殺し返す次元で生きてるんだけど、周りがそんな殺伐とした世の中になるのは御免だ。しんどすぎる。
 ネガティブなことを書くな、というのはお門違いもいいとこで、それはもう自分の領分で好き放題ほざけばいい。文句言ってっけど、嫌なら見るなで片付ければいい。
 そして、そのときは攻撃対象をハッキリ分かるようにまとめた方がいいんじゃねえのってこと。

 なんでかというと、何かをあげつらうときの不可抗力というか、ただでさえ誤解されるのにエアリプみたいにぼかしてっと「あれ、これもしかして自分のこと?」って周りの人は思うわけだ。
 俺は日頃「気にするな」「スルーしろ」「大半はただの蠅」というスタンスだけど、やっぱ気になるのは気になるっしょ。
 っていうか、特に創作家とかだったら人よりビンビンの感受性してんだから、一切関係なさそうなことでもスゲエ勘繰ったりするもんだぜ。
 中には「いや、明らかにお前じゃないだろ……」っていうのにまで反応するのもいるけど。そういうのはさすがに相手してらんない。
 僕ちんはわざと勘違いさせるのを狙ってぼかすこともある(というか、ぼかすときはそういう意図しかない)けど、殆どの奴はそうじゃないだろ?
 結局何が気に入らないのか自分でもハッキリできないから、ぼんやり不満をガス抜きしてんでしょ?
 だからエアリプはダサい。
 悪いことを悪い、気に入らんものを(俺は)認めない、と発言するのに、何故大事なところをぼかすのか。
 そこ一番重要だろ。刃物出す段階ですら日和るなら、最初から黙ってた方がマシだわ。
 刃物を構えたのに冷静になって振り下ろすのはやめた、でも怒りが収まらなくて空振りしたら誰かに当たっちゃった。
 笑えねえよ。

 俺はどうしても極論で物を語る方だから、
 「まあまあ、諸事情でそうはいかない場合もあるんだよ」みたいな窘めが入ったりもすんだけど、
 「うるせえそんなことは分かってんだよ、いちいち例外に構ってモノが言えるかヴォケ!」って感じだ。
 あと、そういった例外にはキチンと別の回答を用意してるので、的外れもいーとこです。考え過ぎるほど考えてんだよコッチは。
 勝手に一緒にするな、バカが。俺はすでにズタボロだから喚いてんだ、お前も俺と同じ針地獄まで来い。

 更にモヤッとするのが、心なしか、ディスる対象をぼかす人って、何かを褒めるときもぼかす場合多いなっていう。
 いや、それ一番アカンから……いいものをいいって言えないのは悲しすぎるから……。
 そりゃあよ、最初から分かってんだよ。いいも悪いも、ハッキリ言わない理由。
 要は傷つきたくないわけでしょ。他人のことは傷つけるけど。他人のこと癒したいんでしょ。自分の怪我はおざなりに。
 でもそんなもんじゃ誰も救われない。
 そんなもんじゃ誰も治らない。
 周りの人間が全員ちょっと嫌な気持ちになる、ただそれだけ。
 自分これ好きって表明して、これは嫌いって表明して、
 「そんなのどこがいいの?」
 「滑稽」
 「みっともない」
 「これの良さが分からないなんて」
 「ぼっちが何か言ってら」
 「じゃあどっか行けば?」とかの意見が飛んでくるわけね。
 こっちの感情に追いついてない温度で。分かってねえなぁで済ませりゃいいんだけど、そーでもないんでしょ?
 いちいち凹んじゃうでしょ? 好きなものだけじゃなく、好きな自分や嫌いな自分まで丸ごと否定された気分になるでしょ?
 そういう物言いも多いし。俺もするし。

 俺はきっと、少し浴びすぎた。
 紛い物の血をしているからってだけなのに、どうしようもないところまで散々否定されて、もう、本当に麻痺してしまった。
 俺は鉄で出来ているから何も感じない。
 俺のことを否定する人間は、俺の言い分や俺が何の為に言っているかなんて、絶対に考えない。
 理解者面する奴も、自分にまで飛び火してきたら即座に裏切ってくる。
 俺が自分の感情だけでは、何一つも発言しないことを理解しない。
 自分がそうじゃないから、そういう人間がいることが想像できない。無責任に気に入った意見に乗っかりたいだけ。
 嫌になるほど身に染みている。
 どちらにしても、ただ俺のやることなすことの一切を認めたくないだけ。パクりたいだけ。
 お前に対する不当な誹謗も、中身のない美辞麗句もそう。
 誰もお前自身なんか見てない。お前の持ち物を見てるだけ。

 この記事、特定の誰かに宛てて書いてるように見えるだろ。
 全然違うから。そしたら電話してるから。
 だから簡単なんだよ、お前らは。
 そういう自惚れは嫌いじゃねーよ。

 俺はいいものをいいって言うために、今までもこれからも、酷いものクソなものにゲロをぶちまけていくよ。狙いすまして。
 美しくないものなんか、知ったことか。
 テメェの持ち物なんぞ、何の興味もねえ。

タスク管理

04 24, 2017 | たわ言

 俺は「忙しい」ってほざくタイプが嫌いだ。何回も言ってるけど。
 スケジュール管理が下手糞です、と言いなおせ。
 やりたいことが一杯ある?? そんな訳が無い。優先順位をつけるのを怠けてるだけだ。
 世の中の法則は底の方で色々繋がってるから、そんなに沢山のことをやらなくても物事は多角的に学べる。
 単に集中力が続かなくて余所見してるだけだ。

 自分が忙しいのも嫌いなら、忙しくするしか能が無いやつも嫌いだ。
 すべきこともしなきゃならないことも世の中には一切ない。絶対ない。やりたいことをやるだけだ。
 やりたいことをやるために、やりたくないことをやる。これも間違いだ。
 やりたいことをやるために、やりたくないことを、やらなくて済むようにする。これが正解。
 結果的に俺は、やらないといけないこと、っていうことが凄く少ない。やりたいことをやりたいときに結構出来る。
 理想は他をゼロにしたいんだけど、そこまで行くと俺は飯も食わないし、風呂も入らなくなる。それはヤバいと理性で思う。

 いや、SNS見てるとみんな忙しそうだなって思ってさ。そんなにすることあるか?
 俺映画見て本読んで漫画見て曲作りしてゲームして音楽聴いて歌詞考えてライブして絵描いて遊ぶ予定立てて遊んで散歩してお酒呑んで買い物してお洒落して今何が流行ってるのか面白いものは何かと常に情報収集して、ってやってるけど、結構暇だぞ。
 忙しい人生なんて絶対嫌だ。暇の方がいい。暇のときすることなくて、頭にぽかっと不安なことが湧いてくるのが嫌なだけでしょ。
 それか、独りぼっちの時間が多くて遊び相手がいないってことが周りに筒抜けになるのが嫌なだけでしょ。
 そんなに目にするわけじゃないが、忙しいアピールしたり、「こういう手間隙を惜しまず俺は頑張ってる」っていうのを見るにつけ、アホくさって思うわ。惨めだなぁって。
 単に業務が溜まってそうなのは、ひたすらドンマイだけど。
 あんたの選んだ道やし、それは別にええやろ。黙ってやれや。好きなら幾らでもやれるだろ。

 --------良心回路停止--------
 創作に生活の何もかも費やさなければならない、というのは間違い。
 というのは間違い。
 それが創作のスタートライン、それ以外は無い。絶対無い
 そういう時期を持たずにいい年来てしまった人間は、一生センスが無い
 環境のせいじゃない。単に覚悟が足りず、周りにそれを強制させるカリスマも愛嬌も無かっただけ。ただの甘え
 天才でもないくせに、人並み以下の投資で上手いことやろうって神経が愚図。死ね
 優れたものには金と時間がかかっていて、それに見合った代価を払って初めて吸収できる。
 センスっていうのはとにかく量がものを言う。質も大事だが、量でカバーできる。賢ければ法則を見出すのも早いから量は少なくて済む。
 だからしこたま吸収して、自我を失って、また再構築して、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もそれを繰り返して、気が狂うほど救われたり、死んだほうがマシだと思うほど傷つけられたりして、それでも手放すことの出来ないほど美しく輝く魂の尻尾をようやく掠れる。
 そこまでしてようやく、天才じゃない奴にも魂が宿ったものが吐き出せる。
 テメエはただボケっと眺めて、すげーすげーって口開けて、あとで「凄いもん見たよ、凄いでしょ」って周りに言いふらしたかっただけだろ。
 テメエは凄くねえんだよ。死ね。
 命も人生も時間も心も身体も人間関係も全て費やして、それからコキやがれ。
 テメエは音楽に大金や命を払ったのかよ? 払ってねえだろ?
 だからその程度なんだよ。早く死ね。邪魔だ。
 生きてること自体が罪だ。
 --------良心回路起動----------

 怠け者方面に頑張り屋さんなんだ、俺は。全力でふざけて生きていくわ。ちゃらんぽらんたん。

ヴァーチャル

04 24, 2017 | たわ言

 ネット上のバズや炎上、喧嘩や恋愛なんかを見てると、いつも思うことがある。
 みんなネット上の人格がリアルのそいつ自身だと勘違いできる、とんだオメデテー脳みその持ち主なんだなって。
 発言してるのはそいつ自身なんだから、それがメディアだろうと手紙だろうとSNSだろうと同じと思うかもしれないが、残念ながら違う。
 そんなものを鵜呑みにできるのは、ただの世間知らずだと思う。それかドラマか何かの見すぎだ。
 発信者にも受け手にも色んなバイアスがかかるし、媒体の違いはそのまま印象の違いにも繋がる。
 たかがワンセンテンス発するだけで、結局のところ発信者の意図とは何重にも歪んだ言葉が届くわけ。
 誰もが正確な言葉を選択できるわけではないし、ましてや前後の文脈は概して省略されるし。
 もはや言葉に意思疎通の能力を期待するほうがバカらしい。

 例えば不倫の報道とか、死ぬ程どうでもいいだろ? 少なくとも俺はそう。十数年もテレビの無い生活をしていれば当たり前だ。
 よくそんな、現実に会うわけでもない人間をみんな、好きになったり嫌いになったり、好き放題評価したり出来るよな。
 暇なんだろうな。
 現実で云ったことすら、果たしてそいつの本意なのかなんて分からないのに、メディアやネットを介しての情報なんて信じようがねえだろ。
 俺はそういったもので人を好きになったり嫌いになったりできない。
 「こいつ語彙力無いなぁ」とか、「着目するとこセンスないなぁ」とか、
 「当たり前のことを自分なりの言葉にしようとして滑ってるなぁ」とか、
 「服ダサいなぁ」とか、「動物好きな私可愛いアピールかぁ」とか、
 これではそいつが頭悪い以上のことは分からない。
 つまり、そいつが俺にとって良い奴か悪い奴か、そういう証拠にはならない。
 大体、いちいちネット上の行動で他人のこと好きになったり嫌いになったり出来んのがすげーよ。余裕なさすぎだろ。
 一万のメール、一億の文字なんかより、終電に飛び乗って「遊びに行こう!」の一言の方が、ちょちょ億倍も重い。
 命に関わることってのは、そういうことよ。
 だから嫌いなんだよな、メール。業務連絡以外の何の役にも立たない。

 現実至上主義ってわけじゃないけど、結局顔を合わせて話するのが、一番理解が早い。
 表情、声のトーン、仕草、目のやりどころ、言葉尻の語気、その他色々、得られる情報量が多いから。
 それ以外の時間でもんもんと一人で考えたり、変に相手のSNSをストーキングしてみたり、そんなことしたって絶対間違った方に解釈の歪みが悪化していくだけだよ。
 人間関係はどこまでいっても誤解だけど、自分勝手な思い込みが入るといよいよ手に負えなくなる。
 それこそmixiの時代から、どんどん皆付き合い下手になっていってるな、と感じる。相互監視社会っていうかさ。
 ネットはただの道具で、道具に振り回されるのはバカらしいってこと。目的と手段が逆転してる。
 やっぱり、それもこれも、暇だからだろうな。

 このクソみたいなブログをマメに読んでると俺のことを好きになるだろうけど、それにしたって勘違いも甚だしいよ。
 俺が考えたことは俺自身の人格とは違うし、こうして文章に起こしても多分俺の言いたいことは伝わってない。
 だってお前は俺じゃないし。俺ですら俺のことはよく分からないし。なんならお前の方が知ってるんじゃないか? ん?
 そういうのはね、求めてないわけ。だって、云って聞くほどお前は素直じゃないだろ?
 真面目でもないし、ウブでもないし、利口でもないし、想像力もないし、ホントもうなんなんだよ

 創作の場合はそういった余計な手間が省けるからいいよな。
 歌詞にしたって自分なりの言い回し、本当に言いたいことを日本語のルールを壊すレベルで追求すれば大した問題は起きない。
 要するに受け手がバカのくせに理解した気になるから、諍いってのは起きるんだよ。
 他人なんて一生理解できっこねーよ。人間はバカなんだから。

Blood Type

04 22, 2017 | たわ言

 どうもシニカルな気持ちになっちまうんだけど、今でも血液型の話するのってマジヤバいよな。
 2017年だぜ? 3年後は二度目の東京オリンピックだぜ?
 とは云いつつ、結構俺は血液型はバカにできないなと思ってる。
 バーナム効果(誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、自分だけに当てはまる性格なものだと捉えてしまう心理学の現象-wikipedia)を込みで考えて、こんだけ血液型診断が流布してる国なら、それはもう統計学的に見て当たってるようなものじゃん、っていう。
 そもそも血液に関わらず、人間の身体的特徴が精神や行動傾向に及ぼす影響は計り知れないわけで。当ったり前だけど。
 なんで血液に含まれる物質の差異が、むしろ性格に影響しないと断言できんだよ? と反発心を覚える。
 ちょっと飛躍するけど、心臓移植したり、出産したりしたら食べ物の好みや性格が変わった、なんて例がごまんとあったりするだろ。
 そしたら血が性格影響したって別におかしくねーじゃん。
 まぁそんなのまかり通ったら透析やってる人間が透析するたびに人格入れ替わってることになりかねないけど。
 入れ替わってんじゃね?
 というのは冗談で、血液型はそもそも白血球の蛋白質の特徴が四種類ってことなんだけど。
 蛋白質って云ったらお前、体の大体じゃん。(雑)
 人間なんて水と蛋白質とカルシウムじゃん。(雑)
 まぁ俺は理論的な話がしたいわけじゃねえんだよ。根拠もどうでもいい。視野を広げたいだけ。

 かっ飛んだ話題になるが、血液型ダイエットというのがあって。
 要は血液型に見合った食生活というのがあって、それに相応しいものを摂取すれば健康になって痩せる、という。
 民間療法というかオカルトというか。詳しくは自分で調べろよ。
 こういうのも否定はしないな。
 俺はかなりの偏食で痩せぎすだけど、骨は丈夫だし身体も弱くないし、持病もアレルギーも一切ないし頭がおかしい
 人間の身体はよく出来てるってことだ。
 現代においては、どちらかと言うと大事なのは「○○をよく食べる」よりも「○○は食べない」の方が重要だな、と思う。
 代表的なので云えば、肉ばっかり食べてたら攻撃的になるし(俺がそうです)、炭水化物を摂取しすぎると眠くなる、糖尿病リスクが高い、太る、とか。
 人間食べるのに困らない時代と困った時代で分けると、困ってた時代の方が圧倒的に長いから、食べ物がちびっとでもなんとか出来るように作られてるわけだ。
 食の吸収率を上げるホルモンは何種類もあるけど、血糖値を下げるホルモンは一種類しかないんだろ?
 現に俺は大体のものを食べないが、結果そこそこ量は食べてるのにずーっと痩せぎすだが、大病を患ったことも一度しかない。
 それも髄膜炎だからなぁ。食生活が関わってるとは云いがたい。
 っていうか、頑丈なのは大体親の遺伝子が優れてるお陰ですけど。遠い遺伝子が混ざってるのも関係あるのかな。

 大分話が逸れてきた。
 血液型に話を戻すと、「あーそういうとこあるよね」っていう他人の嫌気みたいなものを前情報抜きで感じ取ると、まぁ大体やっぱ例の血液型なわけで。
 「好き放題しても大目に見てくれるし大好き!」って人は大体例の血液型なわけで。
 一つの判断材料にはなるかなと思うよ、やっぱり。バカには出来ない。
 とはいえ、嫌いな人間が多い血液型にも好きな人、イカす人は勿論何人もいるし。知り合いにもいるし。
 結局のところ、参考にはなるけど絶対ではない、むしろごく当然、人によるっていう。
 ただ参考になる。(バーナム効果の件もあって)
 あーでもB型のBはBAKAのBだからな。ゴリラはクソ投げてドラミングでもしてろよって感じだよな。
 B型の知り合い多いけどマジで・全員・バカだからな。真面目そうな振りしてもアホが漏れてやがる。

 おっと、俺は鳩だからABO型では分けられないんだぜ。
 強いて言えばOらかなBAKAだぜ。はて。

アルコォルとスピリット

04 22, 2017 | たわ言

 引き続きお酒の話だが、今回は切り口を変えて。

 人類は元々狩猟で生活していたわけだけど、個体数が少ないこともあって、病気や怪我を除けば結構悠々自適に生活していたらしい。
 今は労働と云えば一日8時間が基本だけど、大体5~6時間の採集で食料は賄えたらしい。
 その人類が狩猟をやめて、作物を育てる(定住)するようになった理由で二つ、面白い説を聞いたことがある。
 一つ目は宗教が出来たから。
 要するに神を祀る場所、神と交信する場所というのは一箇所にあるから有り難味(信憑性)が生まれるからだという。
 つまり生きる理由(哲学)と帰る場所が同時に出来たから、ってわけだ。
 人類学的にどうかは知らないが、知的生命体の原始的な有り方、あらゆる文化の発祥としては納得のいく意見だ。

 もう一つには、醸造を発明したから、という説。
 酒を作るには作物を育てなければいけない、作物を育てるためには川辺で定住するしかない、ってこと。
 これもまぁ、実際そうかはともかく、そうだったら結構面白い。酒好きが高じて労働に目覚めるとは。
 人類の食料の発展は菌類や発酵無くして有り得ないので、その点では真実味よりもむしろロマンを強く感じる。

 個人的には、さては両方では? と思う。
 そもそも宗教の誕生自体にお酒が深く関わってるんじゃねーの、って思ったりする。
 自分がもしお酒や酔いに無知な状態で酔っ払ったら、極めてスピリチュアルな感覚に陥ることは想像に難くない。
 今は「お酒ってこんなもん」っていう先入観があるから、そんなにぶっ飛んだりはしないけど。
 身の回りが大自然で、野生的、本能的にピュアな状態であるなら、身の回りと一体化することだって出来ると思う。
 極端な話、これが覚醒剤でも麻薬でもカフェインでも煙草でも同じことだと思う。
 要は平常でない状態に一発で持っていける、高揚感がある、それが肝だね。
 神様いるわって思うのも無理ない気がするし、むしろ神そのものと交信することも出来るかもしれない。妄想だとしても。
 っていうか、酔っ払った奴がふかした冗談が宗教の最初だったりしてね。

 そしてその後、お酒の進展を文化的に想像すると、宗教上のご褒美、それ自体が一つの崇拝の対象になったんじゃないか。
 そういう筋書きを妄想している。
 うろ覚えだけど、下戸の因子ってあるとき急に誕生したか渡来したかで混ざったもので、元々は日本人は誰もが分解酵素を持ってたらしいし。
 全員が楽しめるなら、ますますお酒の価値は青天井だ。

 ここから少し本題から逸れる、というか話が拡大するが……。
 そもそも人が気持ちよくなれるものっていうのは、おおよそ作るのが簡単すぎる。
 乱暴に言えば葡萄をぐちゃぐちゃに潰しまくるだけでお酒は作れるし。
 マリファナだって原料の大麻は生命力が強くて育てるだけなら容易な部類だし。
 乾燥させた葉っぱ刻んで燃やすだけよ? 難易度で云ったら線路に置石するのと大差ないだろ。その辺にあるんだし。
 芸術に関しては言わずもがなだろ。音楽なら棒で叩いてビートがあれば、絵なら石や色味のある液体があれば。
 物語やダンスやセックスに至っては何にも要らない。頭と体だけあればいい。相手がいてもいなくてもいい、同性でもいい。
 これらを全面的に禁止したり取り締まったりするのもまた、宗教だったりするよね。特にヨーロッパ系。
 となると、今また北朝鮮が話題になってるらしいけど(世間のことはよく分からない)、ローマ法王なんぞはあの国なんか目じゃないくらい悪の枢軸なんじゃないか、って思ったりする。
 まぁ都市伝説でありそうなネタだな。

 個人的に日本の宗教観は結構好き、というか、合理的だなと感じる。
 今は変なのも混ざっちゃったけど、それこそ八百万の着想は凄く素敵だね。「畏れ」や「敬い」を大事にする感性だ。
 どケチの地主が意地悪したり欲張ったりとかはあったと思うけど、多分お酒にも寛容だったんじゃない?
 民族的にも、風土としても、日本はお酒と相性いいよなって思う。俺はドイツの食生活に憧れるけど。

 度々このブログでも「仏教まじクール。仏陀超ロックンロール」って書いてるけど(そういう意味で書いてました)、
 仏教は超要約すると「極端なのは良くない。なんかいい感じで。今までに何やってても全然アリ。YOU悟っちゃいなよ」ってことだから(違います)、
 お酒や快楽に関しては少し堅い感じがする。頭良すぎというか。
 あ、でもアレだぜ。瞑想なんて頭良い人が自発的にトランスしてるだけで、要は薬物を摂取しないドラッグだからな。
 澄ました顔してよっぽどタチ悪いぜ。

 最後に余談になるが、どんなにクソみたいな酔っ払いでも、眠ったときには皆赤ん坊のような顔をしてるよね。
 苦悶の表情の奴は、多分生まれたときからそういう奴だ
 きっとまぁ、そういうことなんだろ。

 因みにお酒は慣れないと苦いと感じるけど、何度か味わううちに味覚が開発されて苦味も旨味として判別できるようになるよ。
 いっぱい呑んだりベロベロになったりする必要は一切ないけど、長く続く文化には、それ相応の深みや味わいがあるからね。
 それを楽しめないのは損だよなぁ、と思う。下戸の人は下戸なりの楽しみ方が出来たら最高だね。俺は下戸の人と飲むのも好きだよ。
 おしまい。

酩酊

04 20, 2017 | たわ言

 世の中色んなことが前借りとして作用してると思うけど、ここ最近は特にお酒との付き合いが根深い。
 しかし酒の席で食い違う前提として、世の中には「酔うのが好きな人」と「お酒そのものが好きな人」の二つが、あんまり当人も区別できてないことにあると思う。
 俺はもっぱら後者だ。呑まれたいときもあるけど、そういうときは、呑んだところで大して酔えなかったりする。
 昔はよく分かんないで「これを呑めば比較的早く死ねるんだろ?」と思って呑んでたけど、今は酒の味自体が好き。
 でも身体に良かったら多分呑んでない。俺、身体にいいやつ嫌いなんだよね。

 他の人を見てて思うんだけど、みんな酔うのが早い。
 一応新潟の血も半分入ってるから、俺が少しだけ強いのもあるけど、多分酔いたくて呑んでるから早いんだと思う。
 素面、ほろ酔い、酩酊、泥酔と三段階に分けて、自分は素面が長くてほろ酔いが凄く短い。そのあとずっと泥酔。
 これめっちゃ損だなって思う。

 いわゆる酔っ払いの話題って、俺からすると全然面白くない。特に素面(まだ酔ってない)のとき。
 アツいっていうか、それただの正論で中身全然ねーじゃん、とか。
 悪口っていうか、ただの不平不満じゃんそれ、しかもお前にも非があるし、語彙や言い回しが貧相でユーモアもない、とか。
 当意即妙な言い回しとか、偉大な発見とかは全然求めてないんだけど、膨らませる気ないだろっていうのが多すぎ。
 酔った時こそ、そいつにしかない哲学、狂った美学みたいのが聞きたいんだけど、逆に酔うと皆同じこと言う。最悪。
 特に悪口に関しては、俺は人のことを単にけなすのが凄く嫌い。無意味だから。
 「こうすればもっと良くなるのに」っていう意図でしか何かを否定することって、絶対しない。よく誤解されるけど。
 だから周りが一個人をボロクソに言い出したら、けなしつつもそいつを褒めたりするのが好き。
 そういうときに自分の発言から、あ、そういえば、そういうとこあるなって気付いて、本当にちょっと好きになったりする。お花畑か。
 逆に皆が褒めちぎってるものは否定したくなる。単なる天邪鬼だな。
 だって俺は酔っ払うからには、面白い悪口か幸せな話がしたいし。みんなそうだと思うけど。
 でも盛り上がるのとかは、殆ど興味ない。そんなの副産物でしょ。盛り上がるために酔うのってナンセンスだと思う。
 多いよね。

 腹を割った話とか、知的好奇心の話とか、大事な話とか、そういうのは逆にお酒要らないと思う。
 っていうか、それはむしろ素面のときにしろよっていう。
 なんで頭悪い状態になってから理性が必要な話すんだよ、頭の中の妖精まで酔っ払ってんのか。
 これも多いだろ。大嫌いだなー。
 よく皆誤解してるけど、酔った状態って感情のブーストじゃなくて、感情のリミッターだと思う。
 人間の感情って喜怒哀楽の喜と怒と哀と楽の間に無数の感情があるけど、酔うとそれが喜怒哀楽のみになる、気がする。
 ホースの蛇口を狭めると水圧が高まるのと同じで、結果的にブーストしてるように感じるという。
 でもそれって、複雑なことを捉えられなくなってるだけだよね。
 だから難しい話は素面の時にした方がいいと思うわけ。

 呑んだ量≠酔いの深さ、なのも業が深いよね。
 個人的に、酔う早さは体調に関係なく、その人はその人の固定のペースってのが大まかにあると感じる。
 勿論家で呑むリラックス状態と、外で呑む、あまり仲良くない人と呑む、っていう緊張の状態で差異はあるだろうけど。
 俺にとって酒飲みってのは、「自分の酔う早さ、醒める早さを把握して、ずっとほろ酔いをキープできる人」だと思う。
 意外とこれが難しい。ペースは固定のはずなんだけど。でも出来たら最高にかっこいいし、周りにも幸せ御裾分けできるよね。
 結局俺は、酒の味が好きになったところで、「早死にしたい」欲が湧いてきてがぶ飲みしちゃうのが良くないんだろうな。
 酔うのが追いつかないうちにがぶ飲みすると、素面からほろ酔いをスルーして一気に泥酔まで行っちゃうんだよね。
 そして自分は泥酔すると無軌道に暴れまわる傾向があるから、そうなると話もしないで一人で殻に篭るか帰る。
 殻に篭ると破壊衝動が自己否定ベクトルに噴出してくるから、蒸発するか身近な人間をぶっ飛ばしたりする。どうしろと。
 自分が嫌いな酔っ払い(おまけに最悪の部類)そのものになっちゃうんだな。
 要するに、自分に限らずハイピッチな呑み方はいいことが一つも無いって事だ。

 酔った状態はセロトニンの前借り、と聞いたこともある。
 これは、そうだろうな……。
 別に酔ってなくても、「幸せだったなぁ」と思って家帰ると絶望がやばいときあるけど、呑んだ日の翌日も同じことが起こる。
 また悪夢なのが、嫌な呑みになったときも、絶望はやってくるってことだ。なんだこいつ。何しに来たんだ。帰れよ。
 それなら尚のこと楽しく呑むべき、明日の幸せも使ってるってことを考慮すべきなんだけど、
 って、ここまで考えると酔うのってリスキーすぎないか? メリットよりデメリットの方が圧倒的に多いじゃん。
 なんで皆そこまで呑むんだ? 俺は早死にしたいからだけど、お前らどうせ長生きしてーんだろ? バカ?

 というわけで、何が言いたいかというと、家呑み最高! ってことだ。迷惑もかけないし、かけられないし。
 酔うと人格変わったり饒舌になったり笑い上戸になったり、エロくなったりやたらボディタッチが増えたり、普段出てこないようなアイディアが出てきたり。
 なんだかんだ予想がつかなくて面白い。酒は人を駄目にするんじゃなくて、人はもともと駄目だってことを教えてくれる。
 そうさ僕らはチンカスさ!

埋没、懇願、工業的、落涙

04 19, 2017 |

 僕のこと、嫌いなら、どうして殺してくれないんですか。
 僕のこと、好きなら、どうして抱きしめてくれないんですか。
 僕のこと、どうでもいいと思っているなら、どうして無視してくれないんですか。
 あなたのそういう、受動的で、保守的で、事なかれなところが、とことん嫌いです。
 おぞましいです。汚らわしいです。みすぼらしいです。
 一生そうしていればいい。一生そうしていればいい。

 「一生そうしていればいい」。

見栄

04 18, 2017 | たわ言

 もうすぐ一年ぐらい、男社会って奴に属してて、色々と驚いたことがある。
 まず一つが、え、男ってこんなに見栄っ張りなの!? ってことだ。
 俺は自分が筋金入りの見栄っ張りだとばかりてっきり思ってたんだけど、なんてことはない、誰もがそうだった。
 というか、なんなら男というものは、男同士の生活の中で、所謂男って奴になっていくのかもしれないな。
 仕事が出来る、弁が立つ、腕力がある、武勇伝を持ってる、そういうのが偉いっていう世界は、俺にとって凄いカルチャーショックだった。

 それらの正反対がとてつもなく価値があることだと思ってた。
 仕事が出来なくても、口下手でも、非力でも、大した経験なんてなくても。
 人は立派にやっていける。目立たなくても大事なものは持っていられる。
 誇りってのは別に掲げて見せびらかすもんじゃないって。
 でも現実は、掲げて見せびらかして、わぁ凄いね格好いいねって、お互いで言い合っててさ。
 嫌味じゃなくて、いいなぁって。思うよ。俺、そんなの一個も持ってないもん。
 人に見せられる自慢のものなんか、一つも持ってない。
 そんなものを手に入れることは、一生無いと思う。

 よくよく考えたら、学生時代にもそういったものは薄々感じていたな。
 クセが強かったり、笑いを取れたり、スポーツが得意な奴が偉かったり。
 ただなんていうか、そういうのってある一定の時期過ぎたら卒業するもんかと。
 まぁ、それもよく分からなかったほどに盲目で落ちこぼれだったけど。今もそうだ。

 でもその中でも、やっぱり自分やそれより下の子って、凄く平和で大人しくて、ケラケラ笑う素直な子が多いなって思う。
 俺の周りに、たまたまそういうのが集まってるだけかもしれないけど。
 逆にシニカルなところもあって、ちょっと大げさな話が展開されたりするとすぐ「アイツ話盛ってたよね~」みたいに影で言うのはおっかないな、って思ったり。
 そういうところはなんか女の子っぽいなー、って、奇妙なギャップを感じる。
 俺は頭の中で一人でグチャグチャ気持ち悪い事を考えてるだけだから、上手く影でからかっていなしたり、柔らかくストレス解消できるのは凄く羨ましく感じる。
 これもまた、一生出来ないんだろうな。俺なんかには。

 特に凄いなぁって思ったのが、みんな一人一つは、しっかりしたオチのある「すべらない話」持ってるんだなってこと。
 俺そんなの一個も持ってねーや。人に笑ってもらうのが好きなんだけど、
 好きなんだけど…………。

 ………………………。

 勿論腹立つことも沢山有る。
 見栄が特にそうなんだけど、主婦みたいに分かりにくい奴じゃなくて、露骨な態度でのマウンティングがお盛んだね。
 ちょっとした敬語とか物理的な立ち位置とか、そういうのでふと感じたりするね。舐めてるか舐めてないか、みたいなさ。
 どうしてもそれが俺には重要に思えなくて、ペローンと済ましてるんだけど。
 舐められないためならインチキをでっち上げることもいとわない、って風潮が凄くある。
 俺、どうしてもそれが駄目なんだよな。
 円滑に物事進めるための嘘って無理。喋ろうとはするんだけど、途端に口が動かなくなる。
 だから、本心や本当のことを言って嫌われたり見下されたりするなら、もうそれでいいやって思う。
 多分俺はボケーッとして、広く浅ーい知識で、トロくてノロいデクの坊だと思われてる。
 それがもう、全然嫌じゃない。100%その通り。
 俺は人のことをバカにはしても見下しはしないんだけど(そうは見えねーかもしんねーけど)、される分には、そういうのも、もーいいやって思う。
 おまけに男社会のいいところが、そういう出来損ないとかも「そういうやつ、いるよね」ってスパッとしてるとこ。
 勿論仕事上は軽い扱いされるんだろうけど、人付き合いはまぁまぁそれとは分かれてるし。
 逆にごちゃ混ぜになると、急に話が女々しくなってつまらなくなるな。そういうのは、良くないと思う。
 仕事が出来ないことと、人として駄目なことは全く違うからね。
 俺は両方駄目だけど。駄目な方、駄目な方。ハハハ。

 あともう一個嫌なことがある。
 男同士でワイワイしてるのが凄く好きなんだけど、そこに女が一人入ったりすると、なんか、やおらにみんな豹変することね。
 そうするともう、止まらないんだよな。見栄の張り合いが。縄張り争いみたいなさ。
 俺、そういうのから一番先に逃げ出すタイプだ。
 「おーそうかそういう感じか!じゃあ俺は帰るよ、あとは楽しんでくれ!夜の公園で月でも見て野垂れ死んだ方がまだ孤独じゃないぜ、じゃーな!」
 まぁこんな捨て台詞を内心吐いて、猛ダッシュだ。
 大体のことにはビビんない方だと思うけど、アレは怖いなって思う。なんか、皆が人間から知らない生き物になったぞ……っていう。
 いや、もしかしたらあれこそが人間なのかもしんないけど……。

 俺には俺の見栄があるんだけど、それは、格好悪くて、惨めで、無様で、孤独で、愚かでも好きなものを好きって言って、誰に構うこともなく抱きしめられることだ。
 いや、俺にはまだ、出来ないんだけど、いつか出来る様になりたいなって。
 格好悪くて、惨めで、無様で、孤独で、愚かでも好きなものを好きって言えるまでは出来てるから。
 壊してしまうかもしれなくて、壊さないように、でも強く抱きしめたい。代わりに俺が壊れてもいい。
 いつか、いつか、いつか、いつか。

身辺整理

04 18, 2017 | 日常

 俺のストレス解消は大きく分けて「人間関係のリセット」か、「髪を切る(大幅なイメチェン)」の二つだ。
 後者は今のスタイルがこれまでの人生で一番気に入ってるから出来ない。
 というわけで、少しずつ身辺整理している。この記事もそれを兼ねている。
 言っとくが自分用だ。他人が読んでも全然面白くねえぞ。
 笑う犬の小須田部長ってコントが何故かやたら好きだったんだけど、丁度あんな感じだ。
 「これはいる」「これはもう要らない」

 まず、ツイッター飽きた。
 3月自分としてはそこそこ更新してきて、
 利口ぶった馬鹿
 おバカさんしかいない
 ことが、大変よく分かりました。俺はおバカさんの方です。
 時代と逆行するようだけど、「いいね」や「リツイート」されると「見てんじゃねえクソ」って、どうしても思ってしまう。
 じゃあSNSに書くなよって話なんだけどな……。
 されなきゃされないで、「見てるくせにしねえのかクソ」って思うし。
 やっぱ俺バカだと思う。利口ぶった馬鹿で強烈なおバカさんだと思う。
 承認欲求のない構ってちゃん、とかか? 強いて言えば。なんだそれ。そんな奴いるのか。
 あ? ツン……何? デ? その続き言ったらぶちのめすぞ。

 そもそもアレ、ざっくりみんなの基準見てて「分かる」が大半なのが、本当にダルい。
 俺は「いいじゃん!」と思ってしてるんだけど、
 それは「俺には出来ないことだ!」とか「俺より先を行ってる!」とか、「俺の知らない知識を有難う!」とか、「俺が言語化できなかった感覚を的確に!凄い!」とか、「俺が気にも留めてなかったところによく着目して発見したな!」とか、
 多少なり、リスペクトや賞賛の意を込めて言ってるわけ。
 「分かる」ってなぁ。何も生まねえじゃん。
 そのあとなんか発展があったら別だけど、「分かる、そして俺はこう思う」みたいにさ。でもないじゃん、そんなの。
 っていうか、ツイッターって、そういうのじゃないし、そういうの向いてないじゃん。
 じゃあつまんねーわ。
 はーっ。今後は情報収集と言葉のゴミ箱、業務報告だけに使うことにする。飽きた瞬間色んなことに辟易した、マジで。
 本当はログも保管したし自分のアカウント消去したいんだけど、連絡用に残しておかないといけない。しがらみって心底ダルい。
 かつてのネットの、恥のかき捨てっていう長所が、今じゃ真逆になってしまったな。本当にクソみてえな世界だ。

 他のところで言えば、人間関係かな。
 結局のところ類は友を呼ぶ、で言えば人間関係も服と一緒。
 あのときはお気に入りだったけど、飽きた。流行じゃない。サイズが合わなくなった。
 大体は身の丈に合わなくなるときが来る。
 特に俺は歩くのが早い、大急ぎだし大股だし背も高いから、大体の人は置いていく。ついてこれない人は、どうでもいい。

 そういうとき「こいつ、いけるのか? いけないのか?」って、最初か最後に振るいをかけるような真似をする。
 偉そうかもしれないけど、一緒にくだらない存在に堕ちていくよりはマシだ。
 今までの人生で「こいつ、いけるな」と思ったのは、結局のところ乖離。だけだ。
 川サキはよく分からん。
 いけるときは俺の予想以上にメッチャいくんだが、時々以前言ってたこととは違う、メチャなことをしでかすから未だに理解に苦しむ。
 まぁハッキリ言うと、もしかしてこいつ、すっげーアホなのかなァ…って思ってる。
 アホすぎて愛すべきレベルなのか、常に混乱状態の渦中にいて友愛と憎しみがゴッチャになってるのか、とにかく本当によく分かんねえ。
 人にはやらんで欲しいって言ったのに、お前はそれやるのねー……ってことが結構多い。言動がかなりブレてる。
 粗探しは性に合わないから、一人で影でめっちゃブチギレて片付けてるんですけど。(※このブログは俺の”内緒”だから、お前が勝手に見てんだぞ)
 不満っていうよりは、何よりこれが理解不能の一番の要因。
 それが分からんうちはずーっと半メンバーというか、特にそれ以上強制することもない。
 というか、メンバーかどうかって話を、俺からしたことがない。川サキが半メンバーって回りに説明してることすらモヤモヤする。
 俺、半分もアイツのこと身内だと思ったことあったかなぁ……? 存在や長所は十二分に認めてンだけど……。
 (ここに多大な行間)
 ちなみに、人としての過去はぜーんぜん興味ない。そいつが過去に何してきたとか、そういうのって、今のそいつを見るのにちーっとも参考にならないと思う。人ってそんなに恒常性無い。
 大体、サポートとかメンバーとか、言葉がダセェって思う。まず。だから使いたくない。
 どうでもいいじゃん、そんなこと。
 そういうことにこだわらないと、関係って崩れるの? 友達や仲間や恋人や家族って言い方しないと、仲良くなれないの?
 他人はそうかもしんないけど、俺はまったく、一ミリもそんなことない。人生でそう思ったこと一度も無い。下手したらこれビッチの感覚だけど、そうだよ俺はビッチだよ。
 まぁ、いいか。
 やるのかやらないのか、あいつは未だに分からない。そういう点では随分関心はあるわな。あんなに分からん奴も初めてかもしんない。
 乖離。はやるね。アイツだけだね、俺が見た中でやってきて、これからもやるやつは。全ッ然まだまだだけど。本当にマジで殴りたい。時々。やれよ早く。常にやれよ。バカチンが。

 この間の三月下旬、新潟に帰って、
 「ふーん、冗談かも本気かも知らないけど、そういうこと言うんだ。もう要らないや」
 って人がおりまして、もうその2人のことが俺は、今後一生どうでもいいです。さようなら。ポイッ。
 あとアレとアレは本当、何しに来たの? まぁいいけど。クソウザ。

 大宇宙超能力少年団のごんちゃんの話。
 皆さん、俺が彼に対してどういう評価を下してきたか覚えてます?
 空気読めなくて毎回調子っぱずれなこと言ってて自分語りが長くて、かなりヤバいファッションをしてて、強烈に歌とギターが下手で、ロンパリでメンヘラな空気をかもし出して女好きでよくもまぁ既婚の中年?
 そう、その通りだな!
 そして彼は俺の大切な友人の一人です。
 一緒によく遊ぶかというとそれはまた別だけど、俺は彼のことをそれなりの頻度で考える。この間の新潟でも結構考えてた。
 でもお前ら、きっと俺より彼のこと考えてないだろ。クソ野郎だな。
 それどころか、そんな俺の友人のこと、時々酷い扱いしてるだろ。言葉にはしなくても「やれやれ」って思ってたりするだろ。
 俺、実は内心そういうときのお前らのこと軽蔑してるからな。今まで黙ってたけど。
 人としては沢山どうかと思う彼だが、魅力も沢山持ってて、
 やっぱりその魅力を打ち消すぐらい欠点が多いが、
 俺は彼みたいな人間のことを絶対に無下にしない。
 だって俺にも彼みたいな面が沢山あるし、同じような欠点を大体持ってる。本質が結構似てると思う。行動原理とか。
 もっと言うと、俺が彼みたいな風になってても、全然おかしくないなって思う。あらゆる点で。他のやつにはそんなこと思わない。
 彼のような人のことを見捨てるようになったら、俺は音楽を辞める。やる価値無い。
 逆に彼が俺の力になることはほぼ無いが、そもそもそんな期待はしていない。どっちかというと「メンドクサッ」の方が多い。
 いや、殆どだ。
 じゃあなんでって、別に見返りが欲しくてやってるわけじゃねーからな。俺は。
 補足しておくと、間違っても彼の為ではないぞ。断じて違うぞ。
 あくまで彼みたいな人種、ということな。
 あのウスラトンカチは本当に人に迷惑をかける欠点だらけだが、ホント、バカでアホでドジで間抜けだが、彼は生きてていいんです。
 彼は、生きてていいんです。
 まぁこれ、今後何べん言っても本人忘れるだろうから、いちいち言わねーけど。
 ぶっちゃけ俺が一番贔屓してるのは、なんだったら彼ですわ。だから全く甘やかさないな。
 勝手にしやがれ。

Erlkönig

04 17, 2017 |

 遠くに見える空と海はもうブルーベリー色になっていた。夜明けが近い。
「まるで魔王みたいね」
「……魔王? 何の話だ」
 俺はてっきり、またグロリアの与太話が始まったのかと思った。
 バックミラーに目をやると、またパトカーのランプの数が増えている。カーステレオが興奮気味で言うには、俺らの無計画な銀行強盗は、ルフトハンザ強奪事件に並ぶ金額らしい。
 誰もこの銃が空砲だなんて知らないみたいだ。とんだグッドフェローズの仲間入りさ。
「なんだっけ、クラシックのさ、大仰なやつ。あれみたいだなって」
「ああ、シューベルトの。おい、バッドエンドじゃないか」
 割れたフロントガラスに流れるトマト畑。懐かしい匂いだ。幼い頃、結核を患っていた俺は、同じ病室のアレックスを連れ、夜に花火をしたことがあった。こんなような、トマト畑の傍だった。火薬が湿気ていて、ろくに光りはしなかったが、俺は楽しかった。その後看護婦に見つかって、二人して死ぬほど怒られたもんだ。元気にしてるんだろうか、アイツ。
 助手席のグロリアを見やる。けたたましいラジオやサイレンなど知らないような顔で、かすかに見える海をじっと見ているようだ。その唇、瞼、産毛が仄かな朝焼けに照らされて、ぼんやりと輝く曖昧な輪郭が美しい。
「バッドエンドなんかじゃないよ。だって私、ママになるんだもん」
「……んん、えっと」
「あなたがパパ」
 よくやった、おめでとう、元気な子を産めよ、色々言葉が浮かぶが、どれも違う。ああ、俺って奴はもしかして、動揺しているのか?
 危うくハンドルを切り損ねそうだ。
 こういうときなんて言えばいいのだろう。俺が親父か。馬鹿馬鹿しいな。こんな状況でそりゃないだろう。
「結婚、しよう」
「当たり前よ。何のためのこの格好?」
 ブーケを鈴のように揺らしたグロリアは、形のいい唇で弧を描きながら俺の頬にキスをした。駄目だな、こういうとき、女には勝てっこないんだ。
 トマト畑が途切れた。フルスロットルで走り続けた車は、砂場に前輪が突っ込んだところで大きく跳ねて、エンジンの唸りがかき消えた。このオンボロ、よくここまで持ってくれたもんだ。クラクションだってもう鳴らないんだぜ?
「降りろ。バージンロードだ」
「ふふ、ちょっと気障すぎない? それ」
 咄嗟に口をついた冗談だったが、あながち間違っちゃいない。水平線から顔を出した太陽が、砂浜に赤い道を作っていた。
 降りようとして運転席のドアを開けたら、そのまま車体からドアがもげた。それを見たグロリアが甲高い笑い声を上げる。俺も笑った。
 後ろからも複数のブレーキ音が聞こえる。振り返ると、トミーガンを構えた警官たちがぞろぞろと降りてくるのが見えた。遊び心で一発、そいつら目掛けて撃ってみた。神経質なまでに皆がパトカーの陰に引っ込む。まるで、大きな石をどかしたとき、その下にいた蟻のようだ。
「ほら何してんの、早く!」
 水面と同じように目を煌めかせて、グロリアが俺の手を取って走り出した。そういえば、こいつは初めて海を見るんだったな。俺も引っ張られながら一歩、
 バラタタタタ、ダララタタタ。
 タイプライターの打音が鳴り響く。俺は後ろから体当たりでもされたのかと思った。あるいは追い風が吹いたか。それは俺の体を貫いて、水平線まで飛んでいくようだった。太陽はゆっくり昇る。朝が生まれていく。飛び散る自分の血潮までもが暁の速さだった。
 大方、気が逸った若い奴が、俺の一発にキレちまったんだろう。バカなやつだ。エンドロールに花を添えやがって。
 血管に鉛を流し込まれたように体が重くなる。空に向けて俺は、残弾を全てぶっ放してやった。
「アドルフ、ねぇ! アドルフ!」
「次、はは、次ここに来るときは、三人、だ、な……」
 グロリア。泣いているのか。そんな顔で泣かないでくれ。分かりきっていたことだ。お前は屈託のない笑顔が似合うよ。笑顔が似合わない奴なんてどこにもいないよ、そうだろう?
「海、綺麗だろう、お前に、見せたかった」
「うん……うん!」
 膝を突いた俺を、グロリアが抱きとめる。警官の怒声が聞こえる。波の音も。風の唄も。よく聞こえる。
 誰も死なない話が好きだった。そんな風に生きれたらいい。そう思っていた。帰れる場所があって、窓から漏れる明かりにほっとする家があって、おやすみのキスをできる人がいて。
「あい…………しし、て、いる……いるよ、ずっと」
 ただ、俺、上手く笑えないんだ。グロリア、俺、上手く、笑えないんだ……。
「私もよ、アドルフ」

筆を折った少年

04 17, 2017 |

 血がにじむほど爪を噛むのが癖の、癇癪を持った少年は、
 想いを寄せる娘に振り向いて欲しいがためにいつも絵を描いていた。
 ある者はすれ違いざまに「くだらない」と言い、ある者は「綺麗な絵だね」と言った。
 少年はそのどちらもが嬉しくなかった。
 自分の動機が醜いことに、薄々気づいていたからだ。
 人生というものの最高の形が銀行員という有り様の田舎で、
 なまじ勉強が出来たばかりに少年は神学校で特別な手解きを受け、
 周囲の期待に1度は報いたが、その後も絶えず伸し掛る、期待という名の欲望は拡大した。
 褒められることは無かった。
 百年も前に書かれた本では、自分と同様の少年が池で自殺した。
 車輪に轢殺された話を読んで少年は「そうか」と呟いた。
 そうか、自分という類の人間は自死するのか。
 かつて嗜んだ色鉛筆も木陰のベンチの昼寝も池に垂らす釣りの針も、その全てが苦痛に代わった。
 少年の苦痛は時折その絵に現れたが、相も変わらず「いい絵が描きたいなら勉強しなさい」
 「綺麗な絵だね」「気持ち悪い」「大したものじゃない」と誰もが言った。
 少年はあらゆる絵を破いて捨てた。

 そして破られた紙に、誰かがこう言った。
 「破くなら初めから描かなきゃいいじゃん」

 俺は誰かが必死で描いた絵を、その人自身の手で破ることほど悲しいことはないと思った。

囀る神

04 17, 2017 |

 公営住宅のベランダの錆びた柵と
 ゴム人形と枯れた朝顔と年寄りじみた下着と
 うだる湿気と掘られたままの車と曇天と
 油のこびりついた換気扇と黄色い自転車とシャンプーの匂いと
 下校する子供の声とブランコの軋む音とバッタの標本と
 廃線の踏切とライオンの送迎バスと折れたリコーダーと
 隣室の怒鳴り声。

 黄金色の麦畑の中でよくかくれんぼをしていた。
 見つけるのはいつも同じ人だった。
 あの赤い梯子が立て掛けられた家の黄色い目の男は、
 鉱山の毒で気が狂っていて子供を食べると噂されていた。
 君をさらって麦畑の中を逃げていた時、
 僕の目が黄色く濁っていることに気付いた。
 新しいパパと同じ目だ。

 土曜の夜には電話する約束だったのに、
 散々月とおしゃべりして、
 足が棒になるまで当ても無く彷徨って、
 結局朝方始発で帰ってしまう。
 また来るからね、まーちゃん。元気でしててね。
 「二度と来るな!」

 「桜、もう殆ど残ってないね」
 「雨も降ったからね」
 「葉っぱもチラホラ見えるし」
 「うん。あ、あの木よさそうだ」
 「丈夫そうだね」
 「じゃあそっち結んで」
 「うん」
 「せーの」
 「「ぐえっ……」」

 ベランダにダンボールを敷き詰めて、寝転がったら安い蒸留酒でゲロゲロになって星の無い見上げて、
 僕達は沢山語り合ったね。
 未来のこと、
 明日のこと、
 昔のこと、
 フラれたこと、
 家族のこと、
 暖かくなったら遠くへ行こうとか、
 8ミリフィルムでも撮ってみるかとか、
 何一つ叶いそうもない、他愛ない話を。
 別のアイツは、アイリッシュパブで「こいつを全部飲み干してやるよ!」って、
 そういうのは辞めろって言っても聞かないんだけど、
 ふらついた帰り道で「お前がいてよかったよ、落ちこぼれ同士でも上手くいくって手を挙げようぜ」、
 なんて乱暴に肩を組んで、「姉さんどう俺の刺青!?」と絡んだりしてた。
 みんな走るの辞めちゃったよ、レントン。
 イギーポップはまだ踊ってるのに。
 みんな走るの辞めちゃったよ、俺は寂しいよ。
 また滑らかに生まれてよ。

 雨の日カーブミラーの水滴をずっと眺めて、
 そこに映る車の数を数えた。
 潰れた個人の電気屋の看板が橋の下に落ちてる。
 川は少し氾濫して、沿いの草むらは妙に騒がしく。
 廃車の硝子を割ってみた、意外と綺麗に散らない。
 誰かを待たせてる気がする。
 でも僕じゃない誰かがきっと迎えに行く。
 それが、いいんだ。

 凍った湖の上歩いて帰る。
 スケート帰りの頬赤らめた女の子。
 毛糸の帽子とツイードのジャケット。
 咥えた飴玉で頬が膨らんでる。
 家に帰れば意地悪な兄と継母。
 同級生の気にするものはてんでダサくて、
 ちっとも興味なんて持てないから、
 放置されたトレーラーハウスの中、
 万引きしたCDずっと聞いてた。
 ここは宇宙船の中だと思い込んでいた。

 アイツが買った中古のキャデラック
 逆さの地図で海までドライブ
 誰とでも仲良くなれるあいつ
 単車乗りに珈琲奢る
 コンドームぐらいちゃんと捨てろ
 高速200キロくらい、ハンドル足で運転している
 事故って死んだら、ハリウッドみたいにこの車をぶっ飛ばしてやる
 目的地に着きたいわけじゃなかった……

 俺の身体が硝子だったなら、
 この心臓のどす黒さが見えたろう、
 些細な言葉で砕け散り、
 触れるその手もズタズタに、
 水に入れば見つからず、
 何を敷き詰めただろう、
 枯葉だろうか、血だろうか、
 タァルだろうか、酒だろうか、
 泥だろうか、
 俺の身体が硝子だったなら

グッピーの話

04 17, 2017 |

 私はかつて小学校の頃、教室の水槽で泳ぐグッピーのことを考えていました。
 綺麗な尾っぽ、透き通る背骨、何を考えているか分からない目玉。
 水槽の硝子を叩くとパッと、花火が散るように飛び回るのが好きでした。
 あれは魚にはよくないのですよね。

 特に飼育係が餌をあげ忘れる、ということも無く只、毎回グッピーは早死にしました。
 なのに何故、先生はああも何度も買い直したものか。私には到底理解できませんでした。
 水も何も悪くなかったと思います、水道水だけど、ちゃんと一日置いたものと交換していたもの。
 グラウンドには、幾つもグッピーの墓ができました。
 私は泳いでいるグッピーは綺麗だけど、死んだグッピーは酷く汚らしいと感じました。
 きっと、このことは誰にも言っていけない、と薄々感じていたので、黙っていました。
 だって女の子が泣くんですよ。可哀想、可哀想って。死んだ魚の何が可哀想なのか、ちっとも分かりませんでした。
 鮭も鯖もシシャモも、可哀想じゃないのでしょうか。
 僕にとっては、ハラワタの卵ごとむしゃぶられるシシャモの方が、可哀想ではない中では、強いて言えば比較的可哀想に感じました。
 目は、いよいよ何を考えているかも分からなかったです。

 グッピーの、グラデェションのかかった鱗は、油膜のようで嫌いでした。
 油膜も嫌いでした。嘘んこの虹だと思っていたからです。
 今はその、嘘んこの方が良かったと思うようになりました。
 グッピーの死体は、きっともう綺麗なんでしょうね。
 私は大人になりました。
 あのときと違って。

ほぞ

04 17, 2017 |

 芋煮や、
 ゴミ捨てのルールや、
 あいさつ運動や、背の低い花や、
 量販店の服や、
 誰も出歩かない夜の駅前や、
 好きな子の部屋の灯りや、
 しけた畑があるだけの小さな山や、
 テレビしか話題が無いことや、
 切れかけの街灯が、
 心底嫌いだった。
 本当に嫌いだった。
 みんなが不眠症の変態だったらいいのにと望んだ、

 身体中に塗りたくったジャム、あとでシーツがべとつくとか、そんなことは考えなかった。
 指に付いたそれを舐めとる仕草がセクシィじゃなかったら殺すの。
 芯から欲しい唾液は甘い味すらする。
 熱病みたいにクラクラする、怯えて痩せてやつれた少年が少しだけ目の色を変えて、それがまた気持ちが悪い。

  「現場監督の末路って知ってる? 末路。
 僕の知り合いで、下請けがクレーン車倒して隣のマンション2人殺した責任取らされた奴がいるの。
 日本には6000以上も島があるんだけど、その島の一つで、何も無い部屋の一室でね。
 そいつ壁ずっと見てる。
 真っ白の。
 これ見て反省してくださいって。一日八時間」

 折り鶴を折って、最後に腹を膨らますとき、僕のを取ってしれっと息を吹き込んだ。
 骨が上下して皮は隆起してそれが戻って、綺麗な喉笛だなって思った。
 その瞬間、罪悪と後ろめたさに、自分の感情を恨んだ、感情があることを恨んだ。
 机と喋る、引き出しは鉛筆の戦闘機と消しゴムの爆弾、それ以外は特に要らないって。

  慣れない草冠の作り方、指先は草の匂い、爪の間に緑の液、曇った空が妙に綺麗、
 下級生がはしゃぐ声、気が狂いそう、グラウンドに強い風が吹いて砂が脛に当たる、目に入って涙が溢れる。
 知り過ぎた子供、自然は狂気を孕んでいた、小川のせせらぎで骨が腐りそう、腹這いに死んだ蛙。
 でももういいんだ。

 ジェラート、岩礁、白いサーフボード、野球帽、
 シロツメクサ、ストライプのスーツ、太鼓の音、
 ウサギの着ぐるみ、澱んだ白目、小さな車、シャボン玉、
 遊覧船、モヒカン、ゴミ収集車、口笛、鬱陶しいラジオ、
 爪先の尖ったブーツ、濡れた雑誌、冷たい手、誘拐犯、試遊機の行列、迷子放送、
 潮の匂い。

 「大往生した爺さんの献体を開腹したんだけど、正直体の中身より馬並みにデカいペニスにたまげたもんだな。
 女の子なんか「すごーい!」ってまたそれをビヨンビヨン遊ぶワケ。
 医学の発展っていうか、まぁそりゃ仕方ないなってくらいの感じ。でもアレ見て献体はよそうって思ったね」

教会

04 17, 2017 |

 神様、夜毎僕は一言ばかり眠りに落ちる前、
 「どうか目が覚めたら僕が僕じゃありませんように」と祈っているのに、ついぞ叶えてくれることはないのですね。
 大人達が礼拝堂で説教を聞いている間、子供の僕たちは談話室で絵を描いていました。
 僕はパルテノン神殿をクーピーで模写しました。
 それを見て保母さんは「この子は絵の才能がありますよ、素敵です」と親や周りの子に見せた。

 僕はそれが酷く嫌でした。

 「こんなものは見たままになぞって塗っただけで、僕の描きたいものや色が手元に何一つ無いんだ。
 こんなものは絵でもなんでもない!!」
 と、言って破り散らしたい気持ちでいっぱいでした。
 でもそれをどう言葉にすればいいか、そのときは分かりませんでした。
 神様、僕はやっぱり、洗礼されていないから見捨てられてしまったのでしょうか?
 僕に名前は無いのでしょうか?
 お祈りの言葉もキチンと捧げられず、毎年届くクリスマスカードも憎たらしく思っていた僕を、
 そんな僕のままでいなさいと蔑んでいるのでしょうか。
 ささやかな反抗で僕は、家に帰ってからパルテノン神殿の柱に蔦を這わせました。
 埋め尽くして、絞め殺すほどに絡めて塗り潰しました。
 その茨の針が、まだ指に絡み付いて、どれだけ洗っても取れないままでいるような気がします。
 
 教会の駐車場には、割れた隙間から蒲公英が生えていました。
 よく見ようと寝そべるとアスファルトは陽射しでポカポカして、温くてざらついた感触が頬に気持ち良かったのを覚えています。
 割れた隙間はずっと奥まで細く続いていて、僕はニャッキを思い出して自分がニャッキだと想像しながら丸まりました。
 そのとき僕は一生このまま、芋虫のように這いずり回って、永久に空ばかり見上げたまま死ぬような気がしました。
 それも悪くないのかなって、思ったけれど。
 少し、泣きました……。

ホルモン

04 07, 2017 | たわ言

 ホルモン焼き美味しい、ミノとかシロとか、ああいういつまでも噛めるもの好きだ。
 のホルモンではなく。

 10代の頃、今よりずっと生きるのが辛かった。
 若いうちからとか、誰かに言われたような気もするが、若いから異様に辛かったよ。
 目に入るもの全てを記憶に留めて、耳に入るもの全てを聞き逃すまいとして、口にするもの、嗅ぐもの、全部に常に神経を張り巡らせてた。
 誰かが何の気なしに発した言葉を、360度あらゆる角度から分析しようとして、どっこいその真意って奴はちっとも理解できなくて。
 永遠って奴を無理やり口に突っ込まれるような気持ちだった。
 いつも気持ちが悪くて、吐き気がした。
 いつも居場所がないようで、自分は世界を構成する物質全体から爪弾きにされてる気がしてた。
 空は今よりずっと広くて、重かった。
 土は今よりずっと汚くて、やわらかかった。
 鉄は今よりずっと冷たくて、鋭かった。
 花は今よりずっと鮮やかで、いつまでも咲いてた。

 今でもその感覚は残ってるんだけど、あの頃よりはずっと楽だ。
 そもそも何故あんなにピリピリしてたかと言えば、”異様な危機感”に尽きると思う。
 何時殺されるか分からない、どんな理由かも、今にして思えばそんな風に感じていた気がする。
 体験の刺激や魅力、その情報量は繰り返し味わうことで減衰していくものだけど、
 10代の頃なんてどれも初めての体験だし、僕は人一倍臆病だったから世に抗う術っていうのをてんで持ってなかった。
 毎日が絶体絶命だったよ。他人がどうして暢気に生きてるのか心底理解できなかった。それも不気味だった。
 明日死ぬかもしれない、拒絶されるかもしれない、嘲笑されるかもしれない、追い出されるかもしれない、etc
 明日どころか、それはこの後すぐかも、なんて常に考えてた。楽に寝付けたことは殆ど無かった。
 誰かに助けて欲しかったけど、それは誰かにとか、どうやってとか、そういうレベルではなかった。
 友達もそこそこいたし、親は大らかで理解があるし、環境としては恵まれていた方だ。環境では覆せなかった。
 音楽があって、かろうじて命拾いした、そんなところだ。それも環境、のおかげなんだけどね。

 今気楽に過ごせるのは「脳内物質の分泌量が安定するようになった」、という極めてフィジカルで合理的なギミックがあると考えている。
 少なくとも僕が心理的、精神的に向上して外的ストレスを克服したのではないと思う。そんな安っぽい話じゃないし、別に向上はしてない。
 時間が解決する、というのは凄く嫌いな考え方なんだけど、薬効的に考えたら、思春期の根拠の無い不安感は確かに時間が解決すると思う。
 でもそれは「際立った問題が発生しない状態」であって、やっぱり解決してるわけじゃない気がする。
 例えば今まさに悩んで苦しんでる子たちに対して、やっぱり、僕は何もしてあげられない。
 抱きしめてあげたり、頭を撫でてあげたり、そのぐらいだと思うけど、そういうのすら屈辱的で鬱陶しくて、されたくてたまらないのに心底ムカムカするんだものね。
 かといって絶対に何も言われたくないんだ、「分かるよ」とか「大丈夫だよ」とか「若いのに」とか。殺意すら湧いたもんだ。
 そういう自分に対してもね。

 でもアレだけ脳内物質がお盛んで、良かったなって思ってる。
 あの頃人間は化け物以下の汚物に感じていたけど、その分世界はずっと色鮮やかで、香り豊かで、芳醇で濃厚で、音は七色で、風に歌があって。
 感動だった、世界がただ世界であることに、とても感動してたから。

 この考え方に至って、そこらの蛆虫みたいな人間が俺にはようやく少し理解も出来た。
 まともで退屈な脳みそ腐らせてんだなって、それだけの話なんだよ。
 何かに怯えることも、縋ることも、感動することも、味わうことも、気持ちよくなることも、そういうのが全部「まぁまぁ」ってこと。
 そんなのやっぱり人間じゃない。ロボットだ。ロボットはミスをしないから、ポンコツ出来損ないゴミロボットだ。
 同世代を見てよく思ったよ、「どうしてこいつらは自分の感情をそんなに理解できるんだ?」
 「どうしてこいつらはそんなに、世の中に馴染んだような身振りができるんだ?」
 「どうしてこいつらはこんなに、偉そうなんだ?」
 ってな。
 簡単な答えだったよ……。
 大した感情を持ち合わせておらず、だから少ない手間で運用できて、それで上手いことやれてるから傲慢になる、疑問を持たなくなる、それだけの話だった。
 つくづくつまらん存在だ。死ねたら及第点だが、それすら出来ない、その程度の感情のエネルギーを持ち合わせてもいないクズ。
 だから俺は志願者には死ねと言う、今までも言い続けたしこれからも言う。
 死にたきゃ死ね! 死ねて二級なんだテメエは! 一級ならとっくに超派手に死んでる!!
 その死にたい気持ちが本当なら、僕は君が好きだ、死んでそして生き返ってともだちになってくれ。
 さあ死のう、いつか死ぬそのときに。死にたい君だけが本当に愛される理由を持てる世界だから。