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2013

油膜はアイロニーに似ている

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×××のコンバース、オールスターは紺色だがそのときは赤かった。
いや、コンピュータグラフィクスで解像度や光の露出をいじったせいで赤く見えるように、実際は黒かった気もする。
赤く見えた理由はオイルだ、農作業で使っていたツナギを上半身だけ脱いで袖を腹の辺りで結んでいる。ランニングシャツで細長い腕を見せびらかすようだ。
×××の手には軍手がはまっていた。それも赤い色がにじんでいたが、それは実際に赤いようで、でも少し赤黒かった、血に見えた。
ミッシェル・ガン・エレファントのデッドマンズ・ギャラクシー・デイズがかかってた。でも×××が好きだったのはブランキーの赤いタンバリンだ。

敵対心はあまり表に出さない方がいい、尖った服装しててもいつもヘラヘラしてる×××はそう言った。
×××の左足と左手の薬指と小指には火傷のあとがある。昔家が火事になって、そのときにできたそうだ。
小学2年で、公園の石造りの壁を見上げていた俺に話しかけてきた×××、見てろよ、と言ってひょいっと上ってみせた。俺にはヒーローだった。
×××は団地でもはぶられてる家の子供だったが、俺よりは体も大きくて少しシャブくさい顔つきをしている。いつも体のどこかに青あざがあった。
3年上だ。家も近いので同じ地区のはずだったが、小学校で見た覚えはなかった。
×××の家に初めて上がったとき、父親は若いだろうに白髪交じりでハゲかけた頭を掻いて俺を胡散くさそうに見下ろした。俺が立ちすくんでいると×××が俺の襟首を後ろから掴んで部屋に引っ張っていった。
90年代には珍しく、パソコンが置いてあった。今見たらポンコツだと思うようなOSとスペックだ。でも俺には宇宙人の機械のように未知でワクワクした。
くだらねえ荒いドットのゲームをして、それから庭でパターゴルフをした。初めての俺の方が上手くて×××は少し不機嫌そうだった。

理由は忘れたが急に疎遠になり、俺が当時の×××と同い年になると一年でとても可愛い後輩ができた。昔から一人の先輩や後輩にとても慕われたり可愛がられたりする。
×××ほどかは分からないが、俺も多少はかっこつけられただろうか。卒業式で俺の名前を呼ぶあいつはとても可愛かった。

中学校2年の夏、駅前で友達と深夜徘徊してエロ本の自販機に寄ってたオッサンを気絶させて金を奪った帰り、団地まで自転車で戻ると×××の家の前を通った。
×××の家は一階が車庫だ。シャッターが降りていて、そこに背中を預けて座り込んでいる×××がいた。俺が声をかけると、懐かしいな、と顔を上げた。
右目の上に切り傷の跡が新しくできていて、眉毛と目じりが引っ張られて少し吊り上っていた。図書室の本で見たダウン症患者と似ているな、と思った。
車庫の前の駐車場のアスファルトには花火の焼け跡があり、そいつを見下ろして×××が夏にはいつもここで花火をする、家族で、そして焼け跡を春や秋に見て幸せだと俺は感じる、と言ったことを思い出した。
何をしていたのか、と聞いた。黙って車庫のシャッターを持ち上げると中にあったワゴン車に女が寝転がってた。ひどく顔が腫れ上がって気絶しているようだった。ひゅー、ひゅーという呼吸音は聞こえていたから生きていた気がする。だから気絶だと思った。
×××は泥んこのツナギの尻の部分をはたいて立ち上がり、カーステレオから曲を流した。しゃがれた歌声が聞こえて、俺は、あんまり好きじゃないな、と場違いに思った。
×××が乗れ、と言った。俺は、嫌だ、と言った。鉄臭い軍手を取って、俺に投げつける。胸に当たって地面に落ちた軍手を見る。踏むと枯葉を踏むような音がした。血が固まっていたのか。
×××が殺すぞ、と言ってきた。聞きなれた言葉だが×××がそう言うと恐ろしくなったので、俺は財布を出して金を差し出した。無言でそいつを奪い取って、×××は俺を恨めしく睨みながら車の扉を閉めた。
車の運転なんてどこで覚えたんだろう、エンジンがかかって危なげなく発進していった。
あれから×××の姿は見ない。家族もいつの間にか引っ越したようだった。

2009/08/25

(※これは作り話。どこからどこまでが、それは秘密)
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