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鳩 正義

Author:鳩 正義
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ネガポジ

03 14, 2013 | たわ言

創作活動の上で感情は大いに重要だ。
絵画や文章に比べると、音楽は形に残らない部分が多いため、より「乗りやすい」と感じる人は多いかもしれない。
絵画や映画などより音楽が優れているとは思わないが、俺もそう思う。
そこで誤解されることが多いが、ポジティブな人が明るい音楽をやるわけではなく、ネガティブな人が暗い音楽をやるわけでもないということだ。
感情というものはあくまでガソリンの質であって、音楽や、それに乗せるもの、そのものではない。言葉を使うため、作り手もその辺勘違いしてることが多い。
それに気付かない段階で最高にアホ。クリエイターとして死んでる。

---
「嬉しい」という言葉で悲しい感情を表現することがクリエイターの役目であり使命だ。
「悲しい」という言葉で希望を、空しいという言葉で絶望を……以下略。
それは言葉をこねくり回して、しょうもない比喩で言葉の意味を捻じ曲げるということではない。
嬉しいという言葉を中心に置くと、そこから円状に関連するイメージは広がる。
~だから嬉しい、~されて嬉しいだとか、あるいは嬉しいときの表情、仕草、声、音、場所、時間帯、などなど。
このイメージの端っこと、嬉しいという言葉を結びつけることが表現する、ということだ。
上記の理念を基点にしての以下の文章。
---

ブルースの起源について誤解してる人が多いが、別にブルースは黒人の哀歌、というだけではない。
大半が奴隷としての人生を嘆き悲しみ、それを音に昇華して生きよう、というものだと考えているのではないだろうか。労働歌の多くは確かにそうだ。
それもあるが、実のところ死んで奴隷としての生活が終わった者を祝福する、というものだ。後にゴスペルなどに発展する形態だな。
そして言わずもがな、ブルースはジャズやロックに発展するわけだが……。
要するに現代音楽の原点はそういう感情だ。
「生きててよかったね」「死ねてよかったね」
乱暴に大別するとこの二つになるわけ。
「死ねてよかったね」……こんなに無残な発想も中々あるまい。
ネガティブな人間に音楽を愛好する人が多いのも頷ける。また音楽を専攻する人間にネガティブな傾向が見られるのも至極真っ当だろう。

白人がブルースをパクってロカビリーに変化すると「あの娘超キュートじゃねえ? 俺大好きなんだよ」みたいな歌ばかりになる。
まぁ、それはそれで俺は好きだ。
大衆向けの音楽は、そっからかなり過程を省いて、最終的にアイドルみたいな歌になるばっかになるわけだ。
多くのポップスが愛とか恋とかぬかしてると、バンドマンからすれば、くだらねえなとバカにしたくなる気持ちも分かるが、安易に否定すると自分のやってることやそのルーツまでバカにすることになる。
いや、それでいいんだよねー。
ロックってくだらないんだよ。バカバカしいし。
もっと言うと人間もくだらないし、心や感情なんてもっとバカバカしい。ましてや人生や生きる意味なんてクソみたいなもんだ。
それを肯定して、ようやくロックの入り口に立てたと言えるだろう。さて何人残るだろうか。

感情というものは複雑怪奇にして極めて単純なもので、矛盾してかつ理路整然で論理破綻していないのだ。
くだらないという感情さえ実は賛美であり好意であり愛だから。
、、、という筋道が裏に見える歌はどれも素晴らしい。時に言葉で、時の音で、時に言語の壁を越え、時に人間の枠を越え、音を、光を、次元を、夢を、現実を越え、そこにただ「ある」美しいものに昇華する。
「生きてた」から「死ねてよかった」のだし、「死ねる」のは「生きててよかった」からなのだ。
それこそが音楽だ。
だから感情は音楽に欠かせないのだ。

---ディス
というか、それ以外は歌じゃない。ほとんどのアマチュアの歌に不満なのはそこだ。
歌じゃない。
あんまりガッカリさせないでくれ。
全然言葉入ってこねーから。
お前が無駄に暑苦しい顔でわめいてる戯言は本当にくだらないよ。
あと、西野カナは死ね。本当に死ね。
西野カナ好きな奴も死ね。残酷で惨めで救いが無く尊厳を台無しにされ孤独に無駄に死ね。滅亡しろ。
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