レザボア・ドッグス/ディア・ハンター/ミーン・ストリート/アメリカン・ヒストリーX

 立て続けに映画を見ていたもので。
 タイトルだけ聞いたことあるのをパッと選んだんだけど、結構骨太な作品が並んだ。ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカも借りたんだけど、時間の都合で見れなかった。
 脅威のロバート・デ・ニーロ率とハーヴェイ・カイテル率。

 レザボア・ドッグス。キル・ビルやパルプフィクションは俺の好きな映画の一つなんだけど、その監督のクエンティン・タランティーノのデビュー作。
 犯罪集団という点と、パルプフィクションのように時系列を切り貼りしたような構成がユージュアル・サスペクツ(これも最近見た)と似ているね。
 クエンティン・タランティーノの手法として、「意味の無い会話」という意味のある会話と、問答無用のカッコよさというのがあるが、それはレザボア・ドッグスからの決め技だったようだ。
 最初「何の話や」って事前に分かってないと困惑するのが難だが、スリルと謎が交錯する構成は一度クセになると病み付きだ。先が気になって仕方がない。
 この映画ならではのイケてるところは、強盗団たちのお互いの呼び名が「ミスター○○」(ブルーとかピンクとか色の名前が入る)であることと、サングラス、黒スーツ、黒ネクタイでまとめた格好。悪巧みの一味って一目で分かる感じがクールだね。
 脚本も二転三転して面白い。最後のハーヴェイ・カイテル(ミスター・ホワイト)の唸り声だかうめき声だかがいつまでも耳に残る。

 ディア・ハンターはベトナム反戦映画。ディア(deer)は鹿のこと。うっかり三時間の長尺だと知らずに見ていて、頭が爆発するかと思った。90~120分のつもりの集中力で見るとすごく疲れる。グリーン・マイルとかは最悪。
 鹿狩猟が趣味の気ままな5人組が、結婚や男だけのバカ騒ぎで青春を過ごすのが一時間。
 うち3人が戦争に向かい、ヴェトコンに捕まり、そこで捕虜を使ってのロシアン・ルーレットという、非人道的なギャンブルに振り回されるのが一時間。
 戦争で傷つき故郷に帰るが現実味をなくした者、両足と左手を失った者、帰らなかった者、の三者三様で一時間。
 正直反戦映画というものがあまり好きではなく、そもそも最初の一時間がかったるい。各々を大事に深く描いたから名作と言われているんだろうが、いいからとっとと戦争行けよと突っ込みたくなる。
 ドンパチに善も悪もねーだろ、とも。
 良かったなぁ、という点ではそもそも俺はロシアン・ルーレットという題材が結構好きだ。
 外れなら生き延びて勝ち、負ければ即死という潔さには、武士や騎士の決闘のようにある種の厳かさ、神聖さがあるように思う。見てて分かりやすいしね。
 キラー7というゲームがすごく好きなんだけど、その中でもロシアン・ルーレットをするシーンがあり、これが滅茶苦茶カッコイイ。
 これ。
 勝負において「外れたほうが勝ち」というのも面白い。
 ロシアン・ルーレットの話になってしまった。まぁ、そんな感じだ。

 ミーン・ストリートは若い頃のハーヴェイ・カイテルが、若い頃のロバート・デ・ニーロに振り回される話。
 ……まぁ、それだけだ。俺は演技がどうとかあまり言いたくない人なので、特別書くこともない。
 この時代のファッションセンス、カッコイイな、とかかなぁ。退廃的な生活を描いた映画にもう飽きたっていうのはあるね。

 アメリカン・ヒストリーXは面白かった。
 ファイト・クラブ以前のエドワード・ノートンとターミネーター2のジョン・コナーを演じたエドワード・ファーロングのダブル主演。
 エドワード・ノートンの、一方的にまくしたてるシーンのカリスマ性ってのはなんてすげーんだろうか。ぽんぽん出てくる言葉一つ一つに魔性の響きが込められている。
 あと予想外に髭が似合っているのと、かなりマッチョなもんだから「あ、ファイト・クラブの主人公か」と気付くまで随分時間がかかった。極端なまでになで肩だから、服を着るとすごく情けなく見えるんだよね。特に背広。
 エドワード・ファーロングは残念になる一歩手前の時期で、この頃が一番美貌が輝いているんじゃないだろうか。物凄く憂いを帯びた美少年。おまけにスキンヘッド。回想シーンで少しだけ髪のあるのが見れるが、美しすぎてひっくり返る。
 もう美少年が煙草吸いまくってるシーンが見れるだけでおなか一杯だ。
 アメリカという多民族国家ならではの問題を描いたシリアスな作品。要するに人種差別だ。
 ナチス、白人至上主義に傾倒し、有色人種を攻撃する集団(スキンヘッズ)のリーダーを務める兄が、自分の家に忍び込んだ車泥棒を容赦なく撃ち殺すところから話が始まる。
 そして3年後、その兄の思想にどっぷり浸かった弟と、殺人で捕まった兄が出所して家に帰る。兄は以前とは様子が変わって穏やかになっており、刑務所内でどんな目に合ったかと、三年前に犯した所業がクロスオーバーして描かれる。
 ちょっとだけネタバレすると、すごく無残な終わり方をするんだけど、それ故に印象に残る台詞があった。
 それは終盤の「憎しみとは耐えがたいほど重い荷物。怒りに身を任せるには人生は短すぎる」というモノローグ。この映画のテーマはこれに尽きる。
 差別するしないは勝手だし、俺だって差別はするし、区別もするし、見下しもする。しかし、それにかまけているほど時間も余裕もない。誰だってそうだ。
 自分や大切な人を守ることは大事だし、その力は必要だ。しかし、どんなに気を配ったところで暴力は突然で強力すぎて、抗う術はない。そんなときに憎み、怒るのは当然だし、ある程度は必要でもある。
 もし俺にそんなことが起きたら到底許すことなど出来ないし、復讐だってするかもしれん。いや、するんだけど、そこに理由を求めてはいけないのだろう。
 「こいつが○○だったから悪いんだ」では憎しみの連鎖が止まらない。無理やり手を取り合うなんて愚かで無駄なことだが、互いに銃を突きつけあっていても、それ故に撃たずに済むこともあるかもしれない。
 そういうことにしておかなければ、今すぐ自殺するしかない。不幸なんて無いさ、と開き直るには、あまりに世の中は不確定で不平等だ。嘆くことさえも無駄だ。

 考えさせられる、なんて言葉が嫌いだ。なんでも考えろ、自発的に考えろ、飽きるまで考えろ、考えるだけ考えろ、昔考えたことも今もう一度考えろ、考えるきっかけなんてそこらじゅうに転がってる、考えさせられないものなどこの世に存在しない。
 思考停止のクソッタレがこの世から消えない限り、悲劇は何度でも何十回でも、何千何万何億回も繰り返されるだろう。
 心配しなくても、俺もお前も思考停止のクソッタレだ。その理由はお前で考えろ。

 そんな感じ。どんな感じや。
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