心、個室、固執

 心なんてものは存在しない、としばしば書いているが。
 どういうことかと言うと文字通りで、心というものは、泡が寄り集まった精神体があり、その泡の間の隙間を指すのではないかと思う。
 泡自体の説明はなんとも言葉にし難いので、例によってコンピュータに例えよう。

 まず、おおよその土台となる性格、人格がある。これはパソコンでいうOSだな。
 外部の刺激をキャッチする感覚器官。これはインターフェース。マウスとかディスプレイ、プリンタなど。
 そして後天的に習得している技能、思考法がある。これはプログラム。
 更に今までの記憶を保存しているハードディスク。
 基本的にこれらの泡が寄り集まっていて、それらが交互に電気で通信しあっている。そのときの迸りが、強いて言えば心だ。
 ここから導き出せるのは、心は自発的に発生するものではなく、また、極めて流動的で定型の存在しない不確かなものである、ということだ。

 嫌な言葉をA君に言われたとしよう。
 まず言葉を耳(インターフェース)がキャッチする。その段階で迸りが生じる。
 それが脳(OS)に行く。言葉の意味を分析する。これまた迸りが生じる。
 記憶(ハードディスク)から言葉の意味、今までそれを言われた状況、自分が言う際の心境を思い出す。勿論迸る。
 その反応から、既存の方法論にのっとったリアクションを行う。(プログラム)このアウトプットの際にも迸る。
 まぁ大体こんな動きだ。大雑把な経路だが、4回は迸っている。
 この迸った回数、内容を統計的、総合的、突然変異を含んだ遺伝アルゴリズム的に重ねたものが一般的に言われる「心」と錯覚される現象。

 分かりやすく書くつもりが、全然噛み砕けてない……これは俺自身いまいち理解してないことの証明だ。恥ずかしい。
 基本的に脳や生物はナマケモノなので、新しいことをやりたがらないし、一度やった行為、受け取った信号はなるべく再利用して頑張らないようにしている。
 「バカヤロウ」って言われて怒る奴に、何回バカヤロウって言っても怒るのは、基本的にそういうことだ。
 ちまたのヒトモドキとか、イナカモンは大体これで説明がつく。超のつくナマケモノなわけだ。
 さすがに100回200回言ったら何か変わってくると思うけどね。それがただの突然変異か、覚醒となるかは分かりませんね。
 ここまでの文脈から俺が何を言いたいか、想像つくだろう? 彼らは迸ってない。反射で動いてるから、蟲と一緒。彼らは本当に心というプロセッサを積んでない。つまり、物理的に人ではない。文字通りヒトモドキなのだ。
 心は無いと俺は言うけど、心のない人間なんて、人間じゃないサ。そりゃあね。

 まぁね。ここまで説明してなんだけど、あるよ。心。「無い」状態が存在するんだから、「有る」状態もあるよ。
 そのヒントは上記で書いた「覚醒」だ。あと、初心かな。
 これ以上は、俺から言っても意味が無いな。以上。
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