06
2014

潜水服は蝶の夢を見る

CATEGORYカルチャー
 女性ファッション誌ELLEの編集長として、輝かしい生活を送っていた主人公が、ある日閉じ込め症候群(Locked-in syndrome)という難病にかかってからの生活を描いた映画。
 先に言っとくと、左目と触覚、あといくらかの感覚を残して全て麻痺してしまった、という主人公の追体験以外では、特に起伏もない退屈な話だ。
 筆者は主人公にして実在の人物で、およそ20万回の瞬きでこの話の原作を書き上げたらしい。映画の内容も主人公ジャン・ドゥ自体の記憶と人生観を織り交ぜ、少しずつ文章を組み立て本を書いていく。
 さほど難解な比喩ではないのでタイトルの説明をしてしまうと、「潜水服」とは多くの感覚を失った自らの体をそう表現し、「蝶」とはその檻のような体から、記憶と想像力を頼りに解き放たれることを意味する。また作中で自らの鼓動の音を蝶の羽音、などとなぞらえてもいる。

 アート性を高めた「最強の二人」に近いかもな。これも金持ちの重度身体障害者と、貧民の素人介護師の二人の交流を描いた作品だ。
 どちらもフランス映画。フランスはこういったテーマに敏感、あるいは寛容なのだろうか? これまた実話なのも凄まじい。日本とはえらい違いだ。
 アート性を高めた、とは言うものの、レンズ表現(ドアップ、ピンボケ)がしょっちゅう使われるため、かなり見づらい。症状が症状だけにそこまでポンポン移動するわけでもない。登場人物は多くないし(おまけに顔が似ている)、会話も多いほうではない。話す内容も真面目だ。ユーモア欠乏ぎみ。
 だから退屈。なんだかなァと思うところに、「こんな状況でも人との交流はあるし、人生とは素晴らしいものだよ」、というメッセージやそれを伝えたいシーンが少し多すぎたように思う。鬱陶しい。
 潜水服っぽさや蝶っぽさが大してないわけ。健常者の目線だなーっていう。あるいはテーマの重厚さをあえてライトな伝え方にしたかったのか。絵画的表現が多かったので、それは、そうだと思う。
 たまにジャン・ドゥの妄想というか、イメージも映像化されていたが、アレが尺の80%くらいでも構わない。というか、それでないと意味ないんじゃないの。
 比べられるものではないんだけど、「潜水服は蝶の夢を見る」は退屈、「最強のふたり」は面白い。この区分けは大きい。

 まァ俺は退屈な映画でも休憩を挟みながら、なんだかんだと見る人なので、そもそも映画にとって「退屈」とは悪口でもなんでもないことを留意していただきたい。
 退屈なら退屈なりの見方もあるし、本気で人生を描こうとしたら退屈に決まってる。誰もがダイ・ハードみたいな人生なんぞ送ってたら、誰も映画を見ない。そんな暇もないだろうし。

 余談だが、エンディングの表現で「?」と思うところがあって調べてみたら、なんと筆者は作品が出版された二日後に急逝しているそうだ。
 なるほど。映画なのは作品ではなく筆者だったか。
 気温は涼しいが、晴れ間がやけに気だるい休日の午後などにぼけっと見るのに丁度いい映画だ。
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