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鳩 正義

Author:鳩 正義
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The Godfather

03 17, 2014 | カルチャー

 念願のゴッドファーザーを昨日、ようやくパート3まで見れたので、自分なりにまとめてみるよ。
 ちなみにパート1、2は劇場のリバイバル上映で、スクリーンで見れた。なぜかパート3はやらんかったのでDVD。なんで途中でやめたんだよ。チキショウ。

 完璧な映画。
 完璧な役者、完璧な脚本、完璧な映像美、完璧な音楽……。
 この映画にあえて点数をつけよう。
 100点だ!!(※10点満点)
 登場人物たちはほとんどマフィアで目つき悪いし、ドンパチやらで血は飛び散るし、まぁ恐ろしい映画よ。だけどそんなことは重要じゃない。
 この映画が名作である所以、それは人間や人生の根源的な部分を描ききっていることだ。信頼、尊厳、家族愛。
 当然だな。言わずもがな俺らは人間という種族だから、人間を描いた話が一番面白い。むしろ、それ以外の作品は全て薄っぺらい嘘つきと断じても過言ではない。俺らが押しなべて人間である以上、何かを描くとしたら究極、人間以外に何もないのだ。
 パート1で特筆すべきはやはり、マーロン・ブランド演じる初代ゴッドファーザー、ヴィトー・コルレオーネ。
 ゴッドファーザーという言葉自体二つの意味を持ち、一つは洗礼時の名付け親、そしてマフィアのドンであるごと。この映画でヴィトーはその人徳から、その両方を矛盾なく体現している。
 出だしから薄暗がりの部屋で、いざこざを解決してもらおうと口火を切る相談者、そして机越しに対峙するドン・コルレオーネの後姿が映るわけだが、いきなり画面に威厳が溢れ出まくっている。なんだこれ。なんで背中だけでそんなに雄弁なんだよ。
 で、カメラが切り替わってヴィトー・コルレオーネのご尊顔が拝めるわけだが、ため息が出るほど美しい。初老の男性の顔を美しいと思ったのは初めてかもしれない。ここをスクリーンで見れて本当によかった。開始3分で感動しちまった。このやろう。
 昔の映画、特に40~70年代の映画は陰影が美しい。ハンフリー・ボガードが出てくるような映画な。ハードボイルド。白黒映画は言わずもがな、この映画も影が雄弁に表情をつけ、光よりも物語り、光よりも輝いている。妖しく。

 シリーズを通して、対比というやつがよく用いられる。この出だしで言えば、ゴッドファーザーは薄暗がりでお悩み相談を開いてるわけだが、外ではヴィトーの末娘コニーの結婚式で華やかな披露宴が行われている。
 初っ端でいきなりキーパーソンがたらふく出るので、これは結構混乱した。コルレオーネ家の血の気多い長男ソニー、穏やかな性格のフレド、箱入り息子のマイケル(2代目ゴッドファーザー)、その彼女のケイ、兄弟同然に育てられたファミリーの顧問弁護士トム、末娘コニーとそのDV夫カルロ。ヴィトーが名付け親を務めた歌手のジョニー。
 一人ひとりのキャラ立ちがしっかりしてはいるが、忘れたころに出てくることも多いので、いや参るね。序盤でヴィトーに相談を持ちかける爺は葬儀屋なんだけど、2時間後くらいにチラとまた出るし。何度も見ろってことか。何度も見れちゃうし、今週中にもう一度初めから見直すんだよ。完全に手中。

 時代背景もあってか、パート1はその後のシリーズと比べてもかなりドンパチが多く、役者たちが芸達者すぎて、見てて本当に心が引き裂かれるようなシーンが多い。撃たれるシーンでは俺まで撃たれたような気になって息が上がる。
 反面、晩年のヴィトーが孫と戯れるシーンの煌びやかさ、荘厳さ、不可侵の神聖さは素晴らしい。思い出しただけで涙が出る。早く見なきゃ。(使命感)
 そして終盤、ゴッドファーザーを襲名したマイケルの容赦のない制裁。ライバルのファミリーをことごとく葬るシーンが、我が子への洗礼とモンタージュで描かれる。なんなんだこの映画は。俺はここで鳥肌と震えが止まらなかった。これはシリーズ三作とも、最後のクライマックスは否応なくそうなっちゃうわけだけど。
 皆殺しのマイケル・コルレオーネ。その手に忠誠の口付けを。

 ヴィトーの愛、マイケルの孤独。
 パート2はその後のマイケルと、若き日のヴィトーを交互に描く。これがまた結構ややこしく、「時代切り替わったのかな」っていうのは咄嗟に車や街中の雰囲気で判断するしかない。
 が、絶対に字幕で見たほうがいい。若き日のヴィトーはロバート・デ・ニーロが演じるわけだけど、パート1を見た人は皆彼の演技に驚愕することになる。俺も驚愕した。なんだこれ。演技のカバーなんて初めて見た。おまけに幅を広げている。おかしいだろ。喋り方や声質、振る舞いがコピーや物真似どころじゃない。ご本人。ご本人だよ。やばい役者だよオイ。
 パート1から続投のキャラクターと俳優を見ると嬉しくなるが、新キャラもしこたま増えて、おまけに尺はシリーズ最長の3時間22分。頭が爆発する。
 おそらく見てて誰もが、「このヴィトーをもっと見たい」と思うことだろう。俺も思った。何故ならアル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネが、見てて悲しすぎる。マイケルは強すぎた。冷酷無比で完璧すぎて、古参の幹部たちにも偉大なる父ヴィトーと比べられ、時代の変遷による方向転換を日和ったとかヘタレとか散々な言われ様。周りはアンチばかり。
 ここにこの対比構成のカラクリが活きている。シチリアのマフィアに家族を皆殺しにされ、天涯孤独の身となったヴィトー。アメリカに渡り成功を手にした彼が、何よりも大切にしたのは自らの家族だった。そして義理堅く、反目するものには一切の慈悲もなく、恐れと敬いを一身に集めた。
 大して、その父に愛される家族の一員でありながら、堅気として大学に進学し、平和に過ごす彼の家庭内での孤独感は、誰にも理解されるものではなかった。軍に志願した彼の決意を兄は揶揄する。フレドはマイケルを誇りに思うと賛美するが、後に彼はマイケルを裏切る。トムは……トムはええねん。(笑)
 パート2も1を踏襲して、終盤、再び殺戮のモンタージュが描かれる。1の粛清は胸が躍ったが、2のこれは悲しい制裁だった。美しい湖畔を臨む別荘、響き渡る銃声の後に、項垂れるマイケル。その心中やいかに。
 甥のアンソニーに釣りの秘訣でマリア様に祈ること、と教えるフレド。彼がボートの上で囁くアヴェ・マリア。駄目だまた泣けてきた。早く見なきゃ。(使命感)

 マイケル・コルレオーネの死。
 上記は却下された副題。三部作で終わらせる予定ではなかったことを度外視しても、結構いいと思うけどな。
 めっちゃくちゃ老けたなアル・パチーノ。もといマイケル・コルレオーネ。まぁパート1から数えると、およそ18年だもんな。
 2度目の制裁がマイケルの心に落とした影はあまりにも大きかった。マイケル自身の集大成として、パート1,2からのシーンが度々挿入される。そのどれもが取り返しのつかないほど輝かしく、そして失ったものだ。時間の流れはマイケルにとってあまりに残酷すぎた。
 実際にあったバチカンの汚職事件、法王の不可解な突然死などが盛り込まれているが、話としては非常に分かりやすい。
 堅気に戻りたいマイケルに降りかかるトラブル。引退したいとこだけど、実の息子アンソニーはマイケルの仕事を軽蔑している。後継者候補のヴィンセントは父ソニー譲りの血の気の多さ、おまけに自分の娘(ヴィンセントから見て従姉妹)にも手を出す始末。糖尿病も悪化するし、心を休める暇がないよ! みたいな感じ。
 派手なドンパチも少なく、話も暗い。世間的な評価で、パート3だけやたら低いことは、愚図どもめ、と思うが、仕方あるまい。愚図どもめ。この映画はマフィアを題材にしているが、マフィア映画じゃない。人間愛だ。尊厳だ。それはむしろパート3こそが一番丁寧に描いている。そんなことも分からんとは、とんだオタンコナスだ。禿げろ。トムのように。(笑)

 終盤、三度目のモンタージュが描かれるが、ぶっちゃけ俺もパート1、パート2ほどの衝撃はなかった。慣れたわけじゃない。
 やっぱり体は感動したんだけど、話の主軸が完全にマイケルだったこともあって、ヴィンセントの影が薄かったんだよな。まぁそれはいいや。
 最後に崩れ落ちるマイケル、声のない慟哭、そして完全に老け込んだ孤独な最期。見てられん。なんだよこれ。あんまりじゃないか。マイケルは頑張った。頑張りすぎちまった。そしてそれを顕在化できるほどに有能だった。誰もマイケルについていけなかった。それがこの結果だとしたら、そんなのってないだろう。
 ヴィトーとマイケルもまた、一見似ているようでいて、本質はまったく正反対の親子だったのだろう。ヴィトー自身、尋常じゃないほど筋は通っているが、かなりややこしい性格だ。マイケルもそこは一緒だが、とにかく行動と決断力が早すぎる。それは間違いの選択肢ではないが、他人を信じるということがどうしてもできなかった。それこそが最強のマイケルの一番の弱さだった。
 シリーズを通して強いマイケルを見てきただけに、パート3は、話はシンプルだが描かれる心象風景が一番えぐかった。後悔やそれを誰かに話したい、が、見せられない、そんな悩みは誰にだってある。マイケルもまたそういう、弱い部分を持った普通の人間の一人だった。
 何回も同じことを話しているような……昨日見たわけだけど、完全には消化しきれていないのだろう。
 マイケルが最期に落としたのはオレンジだったのだろうか? あの場所はマイケル最初の妻のアポロニアが爆死してしまった場所なのだろうか?
 彼もまた父を尊敬し、ゆえに家族を守ることに必死だった。必死だったが、彼は一番大事な家族を失い続けた。社会的な名声や成功とは裏腹に。悲劇というほかない。

 パート3の展開は意外だったが、シリーズ通して「これがかのゴッドファーザーか」と、俺はいたく感動した。興奮した。熱狂した。今でも覚めやらない。この年で見れて本当によかった。遅すぎても早すぎても駄目だったと思う。
 余談だが、俺の好きなJOJOの奇妙な冒険も、このゴッドファーザーに着想を得た部分が多くあるそうな。主人公の交代にしてもそうだし、第五部などは主人公たちはギャングで舞台はイタリアなもんだから、オマージュ的な部分が多く散見できた。第五部では一貫して「信頼」が最重要視されているのだが、その意味もゴッドファーザーを見て言葉でなく「心」で理解できた! ペッシのように。

 最高の映画だった。最高の映画。
 最高の映画だったよ。
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