26
2014

天蓋

CATEGORYたわ言
 頭蓋骨の天蓋がバカーッとすっ飛んでいって、脳の隅々まで血が行き渡り、目の前の有象無象が信じられないほどのディティールとリアリティ、存在感を放ちながら眼球に飛び込んでくる。
 あまりの情報量に目が回り、吐き気を催し、立っていられない、ぐるぐると星が回っていることを知覚し、光が七色の虹彩を放ちながら周りを跳ね回る。全てが高速で遠ざかりながら、自らの体を次々と突き抜けていく。輪郭が曖昧になって、渾然一体としたかと思えば、悠久の孤独かと思うほどの寂寥感。
 別に薬物の体験談じゃない。ナチュラルでも味わえる感覚だ。ハイというわけでもない。
 そんなような体験を一度味わうともう戻れない。感覚の処女膜を突き破っちまうからだ。およそ人種を二種類に大別するなら、それを体験した人間と一生体験することのない人間だ。
 この辺は映画マトリックスの、ネオが現実世界を知覚するシーンが非常に的確なんだよな、ということは前も書いた気がする。
 まぁ言葉や感覚は人それぞれ、頭蓋骨の天蓋がバカーッ、ていうのは結構みんな共通だと思うけど。言われてみれば、みたいな感じで。
 大体のところそれが実際の0歳で、それまでの出来事は夢か何かだったように思う。ちなみに俺はタガが取れたのは14才くらいだったが、紆余曲折を経て18才くらいで本格的に吹っ飛んだように思う。だから俺が言う「あの頃」っていうのは、やっぱり大体18才くらいだ。ノスタルジーとか。勿論その前にもあるんだけど、それはなんというか、「あの頃」じゃなくて「物心つくかつかないか」なんだ。えらい長い間、物心がつかなかったものだ。
 こういうこと言うと「14」って言う奴の数の多さに辟易して、早けりゃいいもんじゃないよっていうのもあるけど。男は大体14~16、女は17~20。そんなとこみたいだ。

 ただ、俺は、俺の感覚で言えば蓋がはまったままの奴なんて論外なんだけど、別に蓋が無ければ偉いかというと、正直そうでもない。
 有能か低能かなんて、全然そんなのと関係ない。
 周りは優しいから、そんなことないよ、と言ってくれたりするが、俺は自分のことは低能だと思う。謙遜とか自虐とかじゃなくて、そう思う。
 いい具合にゆとりやってる気もするし、車やらパチンコやら出世やらにとんと興味がなく、指示待ち人間だ。いや正確には指示も待たないんだけど。
 窓際係長、なんて言葉を小学生だかのときに聞いたときには「なんていい身分なんだ!」「窓の外見てるだけで金貰えるとか!」なんて思ったもんだ。今でも思う。
 基本的に音楽以外に興味がないボンクラなんだ。ボンクラなんてマシな呼び方、ごくつぶしと言ったほうがいいか。
 こんなにダラダラ文章を長いこと書けるのはすごいよ、なんてよく言われるけど、正直これも有能低能と関係がない。
 深く物事を考えたり、一から十まで組み立てたものをそのままやるのは簡単なことだけど、適度に柔軟性を持たせたり、臨機応変な行動というものがすごく苦手だ。前者なんて誰でもできる。後者は有能な奴だけの特権だ。
 これまた、お前は器用だろうと思う人がいるかもしれないが、そう見せかけてるだけで、てんで駄目。全然無理。いつもライブも一から十まで考えてる。でも本番は鬱陶しくなって、ヤケクソエネルギーで全部凌いでる。

 まぁ俺の話はいいや。
 面白いことにどこのコミュニティ(高偏差値大学や大企業)でも、有能無能ってのは確実にいて、その割合も大して変わらない。というか、この不文律に反してると上手いこと回らないようにできてるんじゃないか? とすら疑う。
 どこでも努力家と不真面目な奴がいて、その中でも有能な奴、無能な奴ってのがいる。下記。

 0.2% 全く努力せず最高のパフォーマンスをこなすスーパーエリート
 1.8% 努力家のスーパーエリート
 <天才の壁>
 5% 不真面目なエリート
 8% 努力家のエリート
 <凡人の壁>
 15% 努力しないで普通 ←俺ここ
 20% 努力して普通
 <無能の壁>
 35% 努力しても無能
 15% 努力しないし無能

 不真面目なエリートは努力すれば1.8%に食い込むし、努力しないで普通な奴は努力すればエリート入りだ。
 が、彼らは努力しない。俺もしない。不真面目なので、無能にすら見える。そういうもんだ、しょうがない。
 半分近くが無能で、こんなに無能で大丈夫なのか、と思うが、案外大丈夫だ。世の中はわずか2%の天才様がアイディアを出し、エリートが形にして、普通の奴らがそれを運用し、無能が延々と生み出すロスや失敗をカバーして回っているのだ。

 努力の方向性にもよる。
 始めたては「やってみなけりゃ分からない」は正解なんだけど、いつまで経っても「やってみなけりゃ分からない」では効率が悪すぎる。
 その頃にはやってみて分かったことで推察し、ある程度の収穫を想定し、上手くいかなかった場合は即座に反省点をリストアップして訂正し再チャレンジの必要がある。
 「やらなきゃ分からない」奴は「やっても分からない」理由がこれだ。これを怠るからだ。根性は必要な要素だが、根性論ではない。根性論でなんとかなることは今後無い。

 「言われて分かる奴は、言う前から分かってる」というのもある。これは有能な奴の特徴だな。
 有能の定義といえば、俺は「穴埋めができる」ことだと思う。
 不確定要素の混ざる計算でも、文字が欠けてる文章でも、相手の声が聞き取りにくい状況でも、有能な奴は穴埋めできる。少ない手がかりからでも正解を導ける推理力、想像力が有能の所以だ。
 有能な奴は計算式を見ただけでパッと答えが浮かぶ。実際に計算しなくても分かる。演算能力が高いのだ。そこを無能用の教育に合わせて時間をかけるから、今の日本は有能な奴の芽が叩き潰されてる。可愛そうに。

 音楽の話でも実は一緒だ。
 有能な奴は何やってもできる。芸術でもぶっちゃけ例外じゃない。仕事ができる奴は芸術も多感だ。
 世の中の常識全く知らないし人として終わってるが、芸事に関しては天才的、というのは0.2%の話なわけ。
 大体は何やっても有能な奴が、たまたま音楽やって結果残してる。
 無能な奴が音楽やって才能開花、なんてのは夢のまた夢。無能な奴は何やっても無能、これが現実。

 という前提を覆してこそのロックである。さあヤケクソエネルギーを発揮しろ。細胞の一つ一つからひねり出せ。
 無能と天才にしかできない音楽、それがロックだ。垣根を越えろ。
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