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2014

昔の話

CATEGORY日常
 懐かしいことを、ふと思い出したので。

 小学校に入学する前は、幼稚園に通っていた。
 クリスマス会のとき、先生たちが無理やりテンション上げて劇みたいのするじゃん? あれを冷めた目で見てたら、隣の女の子を突っついて、「サンタさんって、お父さんなんだよ」って耳打ちしてきた。
 いやまァ……ね。分かってましたけどね。我が家も「さァ、サンタさんが来るから早く寝るんだ」みたいな空気じゃなかったからね。「プレゼント買いに行くか」「うん!」みたいなサ。
 まぁそれはいいや。俺は桑原っていう、ちょっと頭のトロい奴と仲が良かった。トンボ眼鏡をかけて、話し方が間延びしてて、いつもニコニコしてて。笑うとき「ぐふ、んぐ」って感じの奴。文字にすると酷いけど、気持ち悪くないよ。可愛かったなァ。
 そいつとはその後中学校で再会するんだけど、ちっとも変わってなかった。俺を見つけると、顔をクシャクシャにしながら「おぉ~、はらぁ~」ってな。普通中学生ともなりゃ少しはシッカリするのに、あいつは全く純真なままだった。その後も見る限りでは、多分今も変わってない。元気にしてるかな。
 俺、アイツが幸せに生きられるような星なら、いいとこだと思うなァ。
 他のどんな奴が苦しんでくたばってもいいけど、ああいう奴には幸せになってほしいなァ。

 ああ、そういえば。クレヨンしんちゃんってあるだろ? あの、タンコブの上にタンコブができるっていう特異体質の持ち主。
 ある日ふとそれに気づいて「なんだと」と思ったわけ。
 で、次の日だかの幼稚園で、人がいないことを見計らって、階段の踊り場で壁に頭突きしまくった。タンコブの上にタンコブを作りたかった。
 結果的に31アイスクリームレベルのタンコブはできなかった。が、4個か5個ぐらい、頭のそこかしこにタンコブができた。痛かった。
 こんなに頭にタンコブがある幼稚園児はそうはいまい、と思って、それはそれで納得した。
 転んで膝すりむいたくらいでピーピー泣いてたくせに、そういうのは大して痛いとか思わなかった。子供ってのは不思議だ。ちなみに自傷癖はない。

 タンコブといえば、小学校低学年、1~2年の木村先生にはボッコボコに拳骨を食らいまくった。女の先生だったんだけど。2年間で150発は殴られたんじゃないか。
 というのも、勿論俺が提出物を出さない、宿題をしない、しょっちゅう忘れ物をする、集団行動ではモタモタ別の方へ、授業中手遊びばっかり、すぐ喧嘩する、ノート書いたかと思えば落書き、そのくせテストは高得点(所詮小学生レベルだがね)っていうロクデナシだったからだ。
 あの頃しこたま殴られたおかげで俺は人間になれたかな、と感謝している。シグルイでいうところの「痛くなければ覚えませぬ」だ。いや本当に痛かった。痛すぎて全身が痺れた。殴られると目から星が出るってのはマジだ。目を閉じてても視界がチカチカ発光するわけで。
 声の張りが良く、滑舌も声質も堂々としていて、怒るとき「ハラマサヨシィィイ!!!」ってフルネームで呼ばれる。声量は大きいんだけど、怒鳴るというわけでもないのがまた、すごく怖かった。胃袋が縮み上がったもんだ。
 そして木村先生もそうだが、俺の母親も怖い。鬼のように怖い。
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 二人ともこんな顔すんだもん。ちなみにすごくよく似ている。
 小さい頃、叱られるとなるとこの二人だったから、いまだに世界で一番怖い二人だと思っている。というか、この二人以外を怖いと思ったことがない。
 あれから色んな怒ってる人、正気を失ってる人、男でも女でも、を見てきたが、この二人に比べたらカスみたいなもんだった。
 ホラーとか怖い話でマジびびってるときでも、あの二人を思い出すと少し恐怖が和らぐ。あれほどじゃねーや、みたいな。
 いやホント、あの剣幕でこられたら、例え悪いことしてなくても「すいません俺が悪いです」って心の底から思うヨ。
 まァ、何が怖いって、悪いことしなけりゃ怒られないってことなんですけど。

 大体俺と、永井という女子が同じような問題児で、しょっちゅう殴られていた。
 ダンボールを使って遊具みたいのをおのおの作り、人が作ったものは、給食の牛乳の蓋をお金代わりに払って遊ぶっていうことをした記憶がある。だから事前にみんな給食の牛乳瓶の蓋をコツコツ集め始める。
 で、俺が永井をそそのかして、昼休みの時間、みんなが教室から出払ってるときに誰だったかの巾着袋から二人して盗んだことがある。
 何故か速攻でバレて、二人とも木村先生にボッコボコに瞬獄殺された。いやぁ、泥棒はよくないってことを身をもって思い知ったね。なんせ痛いからね。
 おかげで万引きに無駄なスリルを見出すことはなかった。というか万引きをしたこともない。情けないからだ。

 永井の家は学校から歩いて1分という反則の距離だった。だからクラスメイトが怪我したときなど、「家から絆創膏持ってくる!」とかいって、往復2分で持ってきたりとか。
 事情は知らないが、子供ながらに複雑な家庭なんだろうな、ということは察していた。
 下校中、永井の家の前を通るわけだが、そのとき中々ショッキングな光景を目にしたことがある。
 丁度家の前に差し掛かったときに、永井が家の中から物凄い力で突き飛ばされた様子で、目の前の道路を転がった。ごろごろと。
 ポカンとして友達とそれを見ていると、続いて出てきたヒステリックそうなおばさんが、永井を雑巾でも拾うように持ち上げ、振り回すように家の中に連れ込んでいった。
 多分母親だろう。悲鳴とか泣き声とかがないのが逆に怖くて、友達と「やばくね?」と顔を見合わせたが、帰ってる途中で忘れた。子供なんてそんなもんだ。

 ついでに言うと、俺は永井が大嫌いだった。小さくてやかましくて鬱陶しかった。表面上は全く似てなかったが、多分、同属嫌悪だったんだと思う。
 途中で転校したんだが、その直前だか、ムカッとした拍子に髪を掴んで頭を何度も机に叩きつけた。次いで椅子をぶつけようと掲げたところで先生が来てしまったんだが、不思議とその日は拳骨されなかった。
 自分で壁に頭突きしまくったこともそうだが、勿論人にも容赦がなく、喧嘩のときも周りはつねるとか引っかくとかだったのに、俺だけマジで殴ったり突き飛ばしたりしてた。本当にろくなガキじゃない。
 全く記憶に無いんだが、同級の女子の頭を鉄パイプで殴ったこともあるらしい。その後何度か当の女子に、会うたびにそのことを言われた。全く覚えていない。さすがに俺そんなことしないと思うけどな。小学生だし。

 初めて大量出血を見たのも、小4くらいのときか。
 一年上の先輩が登校中歩道の縁石を歩いてて、足を滑らせて頭が割っちゃったとき。
 それがまた、安全指導だかで親御さんが横断歩道とかに突っ立ってる日とかに、「転んだら危ないから降りなさい」ってそいつが言われてるのも目撃してるわけ。
 バッカだなァ、と思ったよ。いや上を歩くのは俺もやってたよ。下校中とかにな。でもホントに転ぶなんて、間抜けだなァと思ったわけ。
 道路に血の池が、見てる間も広がってくもんだからスゲー興奮した。漫画の世界かと。集団登校だったからみんなで集まってね。あーゆーときはやっぱりわめいたりしない。みんなジッと、血の池が広がっていくのを見てたね。
 昔は結構こういう事故って珍しくなかったネ。これがちょっと大人になった途端、ギャースカピースカわめくんだから。煩くてしょうがないよ。カメラ撮るやつなんか最悪。頭割って死ねよ。
 ちなみにそいつはその後、頭丸坊主にして包帯ぐるぐるだった。それがまた面白くて。すげー馬鹿みたいだった。俺はその頃からのっぽ(俺は幼稚園の頃からずっとのっぽ)だったから、そいつの頭の傷とか上から丸見えで、やぁしこたま笑ったね。

 なんか、俺の小学生時代、血生臭いな……。
 これでも極一部のエピソードだけど。気が滅入っていたから思い出すのはここまでにしよう。
 一つ思い出すと、紐づいた出来事がずるずると出てきて、気持ちが過去に囚われる。
 小学生の頃は、それだけ沢山のものを見ていたんだなァ。
 きっと誰しもが、忘れているだけで沢山のものをそこに置いているんだろうなァ。
 素敵な宝物が埃を被ってるかもね。
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