今敏作品

 今日はライブだった。そんなことより今敏の作品を紹介していこう。
 今敏とはアニメーション監督で、彼の手がける作品はクオリティとエンターテイメント性が非常に高いレベルで融合している、稀有なクリエーターだった。
 比較的デフォルメは抑え目のタッチと、アニメ、というか幾多の演劇、絵画、音楽、実写映画、その他芸術の複合的な魅力が、その表現の力強さになっている。言い方を変えれば、今敏の映画はすごくポップ。俺が心の書とする寄生獣という漫画同様、ある一時期、特定の場所でのみ消費されるインスタントラーメン、ではないということ。
 (ちなみに漫画では寄生獣、ブラックジャック、JOJO、ザ・ワールド・イズ・マインが俺の四大聖書。時代を超えて通用する、根幹となるテーマを描いている。言うなればシェイクスピアよ)
 どの芸術にしてもそうだが、そのジャンルはもとより他の文化に理解を示せない奴にできることはたかが知れている。
 例えば音楽の中でもライブとすれば、多分に演劇的要素、演出が活かされている。というか、活かせてない奴のライブには味わいがない。飽きる。
 (否定はしないが)手拍子とかシンガロングに頼らないと伝わらないものは所詮その程度というか、どこまでいっても文化祭とかお遊戯レベルに過ぎない。練習だけで出来るものって全然魅力ない。
 音楽をこき下ろすわけじゃないが、音楽というものは、どこまでいってもバックボーンありき、その人ありきだ。そこを見失うと全てが終わる。じゃあボカロでいいじゃん、と。手拍子やシンガロングじゃ結局ボカロに負ける。負けてる。だって機械はいつだって一定のクオリティ出してくれるじゃん。そんなんでいいのか?
 ボカロを否定してるわけじゃなく、生で戦う人間がそういう手法では価値が薄いということだ。

 俺は映画、漫画(それにしたってオタクと名乗れるほどじゃない)のみだが、それでも世界観の創出(にはさほど気を使っていないが……)の役に立っているし、何より、見も蓋もないこと言うけど、音楽しか知らない奴が作った音楽はつまらない。なんでもそう。漫画しか読まない奴が描いた漫画はつまらない。小説しか読まない人間が書いた小説はつまらない。昨今の萌えアニメがまさにそう。萌えアニメを分析して作った萌えアニメって感じ。要素として抽出しただけで、全くツンデレとかなんとかの意味が分かってない。ゴミ。味の素と一緒。マジで「あれは、ただの絵だ」って感じ。作画とキャラデザと声優だけでアニメ語ってんじゃねえニワカ。オタクと名乗るな。おこがましい。「ココノカメラアングルガー」「ココノタイヒガー」とか気持ち悪いこと言い出してからオタクを自負しろ。ハゲ。
 勿論表現の場となるその分野を掘り下げる、先駆者に学ぶということは大前提だが、それで学べることは面でしかなく、立方体にするには他の芸術に理解を示す必要があるし、それが分かってるやつはとっくにやってる。今も残る作品はほとんどそう。
 端的な話、なぜ音楽なの? なぜ絵なの? 同じ対象を表現するときに、なぜその表現なの? それは別にライバルでも味方でもない。友だ。人間じゃない友達は多ければ多いほどいい。そしてそういう友だけが教えてくれるものが真の芸術だ。今君が見ているその携帯やPCは友達か? その向こう側の人間が友達か? そんなことはくだらない。道端の石ころに恋した方がよっぽどいい。俺はそういう奴のほうが好きだ。俺→そいつ→石。つまり俺は片思いだな。そういうのって素敵じゃない?

 派手に話がズレたので、本筋に戻そう。

 PERFECT BLUE(1997年)
 アイドルから女優業へ転身を遂げた女性、その身の回りに起こる猟奇事件。仕事で要求される際どい演技。本人しか知るはずの無い出来事が更新されるホームページの日記。
 それらに追い詰められる主人公を描いたサイコサスペンス。
 まず話の主軸が面白いよね。アイドルから女優。今やったら尚ウケるんじゃないか?
 この時代にしてネットを重要なエッセンスとして扱っていることも興味深い。ちなみに今敏自体、かなり早い段階からネットに自らのホームページを開設していた。アニメの製作事情を赤裸々に語っていて、結構面白い。(妄想代理人でもやってたけど)クリエーターとして感覚が広い人は、嗅覚も鋭いっちゅーこった。

 千年女優(2002年)
 このときから今敏×平沢進の黄金タッグが組まれる。往年の銀幕スターも今や老婆、その名女優にインタビューする、という話。
 劇中劇と回想が入り混じるという、なんともややこしい話の展開の仕方をするが、前述の、演出の巧みさや驚くほど整然とした脚本がそれを苦とさせない。
 とにかくエンディングが素晴らしい。最後の一言で涙する。男の幼稚な理想でもなんでもいい、女性という性はこうあってほしい。恋する女性は多角的に美しい。アール・ヌーヴォー的に美しい。恋を忘れたとき女は死ぬ。シュレディンガーな意味で。石でもなんでもいいから恋をしなさい。

 東京ゴッドファーザーズ(2003年)
 オカマとオッサンと少女のホームレス3人組が、クリスマスの夜に赤ん坊を拾って始まるドタバタコメディ。コメディかな? 群像劇と言った方がいいか。
 一人ひとりのキャラ造詣が深く、適度にダサく、今敏のポップセンスが爆裂している。俺は今敏でこの作品が一番好きだ。
 今敏の特徴として、重いテーマもサラッと流す、話としては意外とありきたり、というものがある。お約束という奴だ。
 そして俺は思う。王道は最高だなと。俺は何にでもケチをつけるひねくれアンチ野郎だが、ケチのつけようもない清々しさを持った王道は心の底から賛美したい。今敏作品はそういった気持ちのよさがある。
 とってつけたようなバッドエンドもハッピーエンドも見たくない。魅力あるキャラクターが、思いっきり人間臭くもがいて、頑張って、それでも報われなくて、少し良いことがあって、それだけで大げさに浮かれたりして。それに思い切り感情移入して、同じように振り回される聴衆。含む俺。
 最高だ!!
 そして忘れてはいけない。真の王道とは、実はそこそこ邪道だということを。それこそが覇道。
 チャップリンの有名な言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というものがある。全くもってその通りで、本当の本当に辛いことでさえ、振り返ると「でも俺、生きてるし」っていうね。もう勝ったようなもんだよ。負けても勝ちだよ。それが喜劇かは分からないけど、それは素敵なことよ。

 人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。「ヴィヨンの妻」
 生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴出す。『桜桃』
 共に太宰治。
 そんな感じの映画ですね。

 妄想代理人(2004年)
 これはワンクールのテレビアニメ。自覚あるなしに関係なく、生活に閉塞感を覚えている人間の下に、妄想代理人がやってくる。
 都市伝説を題材とした作品。オムニバスの形態を取っており、そうだな、話の組み立て方はウシジマ君みたいな感じかな。
 OPの、オムニバスで主役を取るキャラクターたちが不吉な場所で笑ってるだけの絵面と、キチってる平沢進の曲がイカす。一発で話に引き込まれる。
 平沢進 - 夢の島思念公園
 総括的には、話の盛り上がりに対して少し置いてけぼり食らうことと、終盤に向かうにつれて尻すぼみになってしまったこと。これは惜しい。話のスケールと物語が乖離していた。
 ただエピソード単発では面白いものも多く、自殺志願者3人の旅路を描いた第8話「明るい家族計画」、アニメ製作の裏側を描いた第10話「マロミまどろみ」がお気に入り。
 前者は「集団自殺」という目的とほのぼのした雰囲気のミスマッチが面白い。所々の示唆も(今敏にしては)少し難解。
 後者は「あー、いるよなこういう奴……」っていう、煮ても焼いても食えない役立たずが現場をかき乱す話。また嫌な奴なんだよなこれが。今敏の日記を読むと、よりリアリティが出る。実体験が幾つか入ってそうだ。

 パプリカ(2006年)
 現実と妄想が交錯する、という今敏作品共通のテーマにおいて、今回は夢と現実という土台で描いている。この手の表現としては、もう最高峰じゃないですかね。
 劇中のパレードのシーンの映像美というか、摩訶不思議世界の描き方は特筆に価する。が、それを表現する筆を俺は持たない。というか、別に言い方はどうでもいい。単純に見たとき「おお」という具合が、AKIRAやジブリやマクロスに並ぶって話ですよ。ニュアンスは老人Zが近いかもね。(あの話も結構好き)
 また平沢進の歌がいいんですよね。
 平沢進 - 「白虎野の娘」
 平沢進 - パレード
 ちなみに平沢進での女性ボイスはLOLAという、ボーカロイドの元祖に当たるソフトを使っているそうな。ぶっちゃけこんな安っちいツールでも使い手によってこんなに化けるとはね。結局のところセンスというか、道具は使う人次第だな。当たり前だけど。
 パレードの方は、スーパーマリオRPGのハナチャンの森のBGMに似ててツボ。どちらも妙な中毒性があるよね。
 【スーパーマリオRPG】 BGM 28 『森のキノコにご用心』

 上質なサスペンスという意味では、実写映画の名作と比べても遜色ないね。パレードに代表されるようにアニメならではの表現も多分に含まれてるし。
 どうしても写実的な絵柄だと「もうこれ実写でいいんじゃないの」っていうのが陥りがちな罠だけど、その辺の今敏のバランス感覚は凄かった。

 そして「夢見る機械」製作中に、アニメ監督としては早世。作るたびに作品のクオリティが上がり続けるタイプの人だっただけに、惜しいといわざるを得ない。今後彼のような、叩き上げのアニメ監督は出てくるのだろうか? ぶっちゃけYoutubeに自作アニメ上げてるような連中に大した話が作れるとは思えない。確かに上手い、見せ方も分かってる、けど奥がないんだよな。
 反感買うかもしれないけど、細田守や新海誠なんか、全く成長が見られないし。毎回同じことやってる。向上してるのはグラフィックだけだ。
 ネットが普及して新芽が出てくる土壌、アマチュアが作品を発表する場は増えたけど、目にするのは結局「アマチュアにしちゃあ凄い」程度のもので、プロを超えてるとか、そういうのはとんと見ないな。結局プロの方が凄い。そりゃそうだ。場数も人材も桁違いだし。
 それでも数年前まではもうちょっと行くだろう、と思っていたが、どうも頭打ちのようにしか思わない。それなりのクオリティを発表してる人も、それ以下の有象無象まで発表しだして、その中で埋もれてるし。平均的な質は向上したけど、突出したものが無い感じ。結局そういうのって、切磋琢磨のもみ合いの中でしか生まれんのやろうか?
 決め付けは良くないね。分野はなんでも、ネットの中でも尖りまくった化け物がいつか出てくるだろう。
 俺は今はネットで尖る気は特にない。2ちゃんですらつまらなくなったこの時代に、ネットに何を望む?
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