25
2014

ネットは幻

CATEGORYたわ言
 独パンの打ち上げで「ツイッターとかは本当に便利だけど、結局こうやって顔突き合わせて話したりリアルで出会うことはかけがえがない」みたいな話が、ほんのちょろっと出た。
 いや、かなりご機嫌に酔っ払ってたから、空間に浮かんでいた言葉を勝手に繋ぎ合わせて頭に残っている可能性は否めない……結局起きてる間ずっとウィスキー、ビール、日本酒、焼酎と飲み続けていたなァ。
 ついでだからここ一年で俺が錯覚しているネットの感覚について考えようかと思う。

 ネットは幻。これは、そうだと思う。ここをいじると何がなにやら。
 そして俺は幻賛美派である。長らく見ている人なら分かると思うが。無論現実は素晴らしい。そして矛盾なく最低なクソッタレだ。
 世の中国境を問わずとんでもない俺含めたバカヤローどもが多いけど、この国で聡明な人は常に、バカヤローのバカさ加減とは比較にならないほど聡明であり続けていると思う。
 なぜかというと、一つ一つの物事に対し、なんとはなしにネットの中でも総論がまとまりつつあり、更にその速度も加速しているという風に感じるからだ。あくまで俺が拾える狭い中でのアンテナだが。

 特に顕著なモデルの一つとして、2ちゃんのまとめサイトの存在が大きい。
 今2ちゃんのまとめの影響力はネット、現実問わず看過できないものになりつつあるようだ。
 昔で言えば「ネットは前略プロフや魔法のiらんど」、程度のメディアリテラシーの人間も2ちゃんのまとめを見ている。スマホの存在はテレビほどかは分からないが、人間という存在を変質させつつある。
 おそらく彼らにとってはどうでもいいのだろうが、2ちゃんと2ちゃんまとめを一括で「2ちゃん」と呼ぶのも引っかかる。しかもその「2ちゃん」は2ちゃんまとめのことなのだ。
 2ちゃんという、匿名性の中でのみ顕在化する有象無象の便所の落書きが、まとめサイト管理人の恣意で選ばれるレスの説得力で一つの意見へと収束する。この力は中々凄まじい。まとめサイトにその意図があるかは知らんが(痛いニュースはかなり凶悪だったなァ)、同調とオミットされたノイズが説得力を増大させている。
 ツイッターも同様の傾向はある、まとめもあるが、一人、または数人の会話を抽出するから、役割が違う。あれは実用書を読むような感覚に近い。しかも読みにくい。紙媒体はやっぱり便利だな。

 余談だが、時たま2ちゃんの笑えるコピペを体験談のように話す人がいる。
 全く批判するつもりはない。俺もたまにやる。
 笑い話の出処なんて、別に笑えるかどうかとは関係ないしね。友達から聞いた話、先輩から聞いた話、そんな形で共有することと同じだ。
 ただ、今後はその手が使えなくなるのか、、、と思うと複雑な心境になる。笑
 俺は(ああ、あのコピペか)と気付いてもいちいち指摘はしないが、全員がそんなに2ちゃん脳でもないからな。
 「あーそれ2ちゃんで見たことあるー」とか指摘されて「しまった」という人も増えるんじゃないか。
 いいじゃない、触れてやるなよ、むしろ話しに乗っかるとか、「俺も面白い話あるぜ」つって別のコピペで返した方がウィットに富んでるぜ。

 日本のメディアは「情報の正確性」より「日本人に理解しやすい文脈」を優先する傾向にある。いやテレビ無いから最近は分からんが。
 2ちゃんまとめも同様のことを行っているわけだな。ネット社会のフィクサーとでも呼ぶか?
 そもそも、おーぷん2ちゃんが出来て、そちらに移住する人間が結構いるということが俺にとっては驚きだ。ねらーってそんなに人間できてたっけ。もっと無邪気で謎の義憤に満ちていた気がするんだが……ネットの世代交代を感じるね。
 何が言いたいかというと、ネットでもテレビの支配同様、意見の収束が見られるが、果たしてそれは「いいこと」なのか? ということだ。
 情報の取り捨て選択という点に置いて、ネットはテレビの洗脳を解きつつあるかもしれん。しかし現状、今度はネットの洗脳が行われているに過ぎない。「取り捨て選択した気にさせる」というトラップがまた巧妙だ。
 ネガティブなことばかり言ってるが、実はそんなに悪い意見には収束しない、むしろ及第点であることの方が多い。
 みんなが悩んでいるが口にしない「○○って△△なの?」という疑問に、ネットでは既にいちいち答えがあり、そして大多数がそれを共有する。知的生物としては多大な進化だ。しかもそのスピードは今までの比ではない。それは「いいこと」だろう。多分。
 「もしその答えが間違っていたら」、そういう懸念要素もある。まァでも、その懸念は壁を、「ネットは幻」という壁を、結局は越えられないのだろうなとも思う。

 ネットは幼年期の終わりを迎えつつあるんだろう。どんどん情報や意見が純化されていく。どんどんノイズは除去されていく。
 情報格差はますます広がり、無知の罪は重くなる。データの中身ではなく、どこに何のデータがあるか、それを知る者が幅を利かせるようになる。
 結構快適なツールに、これからも変化していくと思うよ。インターフェースも向上し続けるだろうし。
 そして俺みたいなバカヤローはそんときにも思うのだろう。
 快適は退屈だ、とね。
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