ラブ&ポップ、式日、そして監督失格

 日本の作家で言えば、一番好きなのは村上龍かもしれない。
 正確に言えば、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」だけなんだけど。
 日本語のあまりの自由さ故か、日本文学では作家独自の成分は物語性やギミックにばかり着目されてしまうように思う。乙一といえば叙述トリック、みたいな。
 冲方丁のマルドゥック・ベロシティなんぞはボイルドのキャラクターに合わせて面白いスタイルを持ち込んだ(文章が単語とスラッシュで解体されている)ものだと思うけど、そもそも冲方丁自体が割となんでも書けるというか……。
 案外その点で、洋楽的とも言えるのは西尾維新や森見登美彦なのかもしれない。(個人的にこの二人は永遠のラノベなので)一ページ読めば、ああ、こいつかと分かるし。
 ちなみに、有川浩も森博嗣も乙一も奥田英朗も東野圭吾も伊坂幸太郎も綿矢りさも恩田陸も大崎善生も全員ラノベだと思う。なんでも書けるから。ラノベでも文学でもどっちでもどーでもいいんだけど(どっちも別に偉くないし幼稚でもない)、ある程度のエンターテイメント性、売り上げを織り込んで書いてる人は性質がラノベじゃないかなと個人的に思う。そういう職業なんだし、それでいいと思う。
 強いて言えば、はなっから映画化を目論んでるんじゃねえのか、コレ? レベルになったところで鼻につく。文字で表せよ、そこ最後の垣根だろ、という。
 暴論だけど、映画化に適した小説って小説じゃないと思うし。それただの冗長なプロットやん!て。

 ラブ&ポップ
 余談が長くなったが、村上龍にも2作目以降は今述べたラノベ的部分が多分に存在する。というか、オッサン無理して若い子に合わせなくてもええんやで……って感じだ。
 で、ラブ&ポップ、又の名をトパーズⅡ(Ⅰはあらゆる女性の性生活に切り込んだ短編集)は女子高生の援助交際を題材に描いたお話。
 個人的に、女子高生という生き物の完成度は凄まじいものがあると思う。援助交際なんてアクセサリーの一つ。

 小説の方は割愛しよう。映画化を視野に入れてたかは知らないが(多分20%ぐらいは入ってる)、ただの冗長なプロットだ。
 最近知ったのだがエヴァの庵野によって映画化されていて、それがどうも庵野初の実写作品だったらしい。というわけで見てみた。
 なるほど、これがあっての「式日」だったんだなぁというのがまず感想。冒頭の話とリンクするが、映画にも文才という言葉は当てはまって、庵野はまさに文才の持ち主だよなぁと思う。
 文章スタイルも確立されていて、何を撮ってもエヴァンゲリオンになるということをこの段階ですでに証明している。
 ・フラッシュバック、サブリミナルの多用
 ・上記と合わせた印象的なタイポグラフィ
 ・主人公か庵野か(半ば意図的に)区別のつかない独白
 ・大音量で流れるミスマッチなBGM、特に秀逸なクラシックの使い方
 これらがあればもうエヴァンゲリオンですよ。そりゃあリリィ・シュシュのすべてが悩める十代にクリーンヒットするのは当然だよ、エヴァと全く同じ方法論だもの。
 3つ目の独白は押井守もよく使うね。もう主役のナレーション始まると「お、監督の持論展開きた」とかそういうレベルだもんね、この二人は。
 あ、タイポグラフィを使うから庵野に文才があるって言ってるんじゃないよ? ちなみに。

 ちなみに、僕は、まぁ、君のお察しの通り、この手法が大の弱点でして……飽き飽きしててもとりあえず見ちゃう。
 で、映画ラブ&ポップなんですが。まず驚くほど改変が少ない。キャストの容貌や振る舞い、話の流れ、台詞の細部にいたるまで殆ど原作のままだ。
 それに上記の四つの癖が織り込まれてるだけ、なんだけど、もうそれで十分完成されてた。何も足さない、何も引かない。
 初めから原作と庵野の手法の相性が抜群だったってわけだ。というか織り込み済みの取り合わせ?

 映画自体を一言でまとめると、これはAVなんだよね。ベッドシーンがないだけで。(ちょい裸や精液の描写は出る)
 個人的にはエヴァもAVだと思うけど、被写体が実写になったことでいよいよ顕著になった。
 まとわりつく湿気というか、雨が降り出したときのアスファルトのような匂いが画面上から漂ってくるというか。
 やはり、映像の究極的表現はAVなんじゃないかと思う。一番目を引くというか、リアクションが大きいのはやっぱりそれだと思うし。
 クリエイターとしての性欲がムンムンと迸る作品だった。

 まあまあ面白かったけど、僕が一番喰らったのはやっぱりキャプテンEOだな。主人公の女子高生がテレクラで最後に出会うイケメンなんだけど、ぬいぐるみに話し掛ける残念なサイコ野郎を浅野忠信が演じてる。
 まぁ、お察しの通り、僕は役者の浅野忠信が好きなんだ、というか変な話、顔がタイプなんだけど。
 もう全部話を持っていってたね。元々作品のメッセージ上、最重要なキャラクターなんだけど、およそ村上龍がプロット上想像してたであろうピースを完璧に演じてたんじゃないでしょうか。
 興味深いのはこのキャプテンEO、ぬいぐるみと話す中で「シベールの日曜日」という映画のタイトルを出すんだけど、この映画「あしたはあなたの誕生日ね」って台詞が出てくるんだそうだ。
 いや見たことないんだけど……っていうか見たいんだけど……。

 式日
 「あしたはあなたの誕生日ね」と言えば、庵野の実写2作目、式日のキーワードを連想させる。こじつけだろうか。
 式日はどんな映画かというと、原作者演じる気狂い女(『彼女』)と、岩井俊二演じる自分の仕事にどんづまってる映画監督(『カントク』)がぶらつくだけの寓話的な話。
 『彼女』は「明日は私の誕生日なの」と毎日言い続け、何に置いても全く整合性の取れない行動を取り続ける。そんな『彼女』を被写体として興味を持った『カントク』は『彼女』を追い回したり、やっぱ気狂いっぷりに疲れてぶらぶらしたりナレーションでひたすら愚痴ったりする。
 愚痴の内容は、要約すると「俺の映画見てる奴もお上もバカばっかで何にも分かってねえ、ふざけんな」。庵野のクリエイター論が垣間見えてちょっと楽しい。
 おそらくエヴァの旧劇場版も一言でまとめるとコレでしょうね……。

 原作は読んだことないが、多分原作を超えてるんじゃないかな、と思う。いや、分からない。いい出来と言いたいだけ。
 ラブ&ポップで確認した基礎を元に、庵野なりにもうちょっと遊んでみたのが今作なんでしょう、きっと。
 部分的にはいよいよエヴァになってるところもあり、岩井俊二好き、庵野好き両方に美味しい映画となっていると思う。
 こういう映画、もっと増えたらいいのになぁ。どうせ頑張ったって低予算なんだから、こういう方向も突き詰めようよ! ミニシアターとか言ってないで!

 監督失格
 これはもう、そのまんまAVですね。AV女優由美香、そして彼女と公私共にパートナーだったAV監督平野勝之のドキュメンタリー。
 僕はドキュメンタリーというヤツがあまり好きではない、モキュメンタリーも好きじゃないんだけど、これはもう別格。別次元。
 ドキュメンタリーでありつつ、映画でありつつ、現実でありつつ、作品でありつつ、むき出しでもうメチャクチャ。
 僕は風俗やAVにまるで偏見がないのだけど(むしろ尊敬してる)、このドキュメンタリーで浮き彫りになる情愛は凄まじいの一言に尽きる。
 ※庵野はこれにプロデューサーとして関わっているんだけど、上記2作は平野勝之からの影響(というかもはやパクりレベル)があの形にさせたんじゃないかなと思った。

 内容はこのドキュメンタリーの主演(?)であり監督でもある平野勝之の代表作、「自転車不倫野宿ツアー 由美香」を中心に2005年に亡くなった林由美香の思い出と自身のキャリアを振り返る、というもの。
 自転車不倫野宿ツアーは僕も見てないし見る必要もない、ついでにそこまでアレなシーンもないので、映像を撮るのが趣味(あえて趣味と書く)な冴えない男の、猛烈な純愛と思えばそれで十分。
 猛烈すぎてかっこ悪いし、嫉妬もするし、フラれたことを引きずりまくるし、成功したものの二番煎じを作ろうとして大失敗する。汚い部分もむき出しだけど、画面の持つパワーが目を惹きつけ続ける。
 「ドキュメンタリーの制作」自体が映像に組み込まれてるので、脅威のリアルタイム感があり、そこに自転車ツアーでの美しい映像が差し込まれ平野勝之自身に強烈に感情移入してしまう。
 様々な時間軸の過去がコントラストとして描かれたあと、ラストの10分間からクレジットに至るまでの流れは、もう言葉にするのも野暮だ……久々に人間ヤバイと思った。
 人間ってこんなにも誰かを深く愛して、そのために傷つくことが出来るのか……だって少しもフィクションじゃないんだよ?

 作中何度もリフレインされる、由美香の「女性が本当に愛した人にだけ見せる、まどろんだ表情」が本当に凄い……一般的な美形ではないけれど、というかそれがまた一役買って、女性の美しさの結晶とさえ感じる。
 不思議なことに、こんな映像が形になって、世に発表されるのはAVという枠の中でだけなんだね。全くチグハグだ。
 表現ってちっぽけだなって思った。卑屈になってるわけじゃなくて、そういうもんだからこそ現実の厚みを痛感するし、表現のやり場もあるということ。

 まぁ別に、必要のない人はこの三つ、一生見なくていいですよ。電池みたいに生きてる無神経な人には縁のない世界と感情だと思う。
 でも、例えば監督失格を、カップルで見て、二人してボロボロに泣くような人間が世の中に沢山いたら、きっとそれが素晴らしい世界なんじゃないかなぁ。
 なんて、人間に期待もしてしまうような、そういうエネルギーを持った三つの映画でございました。
スポンサーサイト