27
2016

電車

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 電車に乗りました、揺られて貴方の駅まで行くと思います。
 乗客はほとんどいません、向かいの長椅子の端に一人、他の車両への通用口の傍に二人。男女ですが、恋人ではないでしょう。
 吊り革が揺れています。夕暮れには少し早い時間、赤方偏移する太陽の光が窓に52度の角度で差し込みます。
 サマーキャンプで引率のお兄さんが日差しの角度の測り方を教えてくれたので、おおよそ正確ではないかと思います。
 日付と気温を覚えています。
 長椅子の座面の皮はところどころ破れていて、サスペンションはギコギコとバネが軋む音がします。

 電柱、田園、電柱、電波塔、一軒家、電柱、田園、老婆とカート、電柱。
 泣いてる子ども、田園、飛んでく風船、中学生の漕ぐ青い自転車、田園、踏み切り。
 夕焼け、雲、山、田園、電柱、喪服、窓に止まる蛾、麦藁帽、黒い影、影、影、影、影、影、影……。

 向かいの長椅子に座る、長髪の女がちらりと僕を見ました。退屈そうに携帯を触り、退屈の合間に僕の顔を退屈そうに見ました。
 僕の顔は退屈なので、すぐにまた、携帯に目を落としました。
 気だるい午後です、あと何駅だったか数えました。それから、まず何を言おうか、何か買って、持っていったほうがいいだろうか、考えました。
 でも何も思い浮かばなかったので、ソーダ水にしようと思いました。さして喜びもしないソーダ水でしょう。
 誰かが、思い込みが激しいと貴方のことを言っていました。それはある部分では本当で、ある部分では嘘だと思います。
 思い込みが激しくない人間は、僕が知る限り、此の世にはいないからです。
 向かいの人は僕のことを退屈な木偶と思っているでしょうが、僕も毎日四六時中退屈な存在というわけではないですから。
 己の利益のみで見れば、他人はその全てが、
 思い込みの激しい、
 勘違いや思い上がりも甚だしい、
 自分のことを世界で一番賢く有能で、
 頼もしく健康で、器の大きい人間だとのぼせ上がっているようにしか見えないです。
 そのような人たちの言葉に幾度傷ついてきたのか、もはや僕には貴方の心が計り知れません。
 少し涙が出てきました……哀しくはないです。哀しいのは貴方ですから。

 一軒家、車庫、トラクター、電柱、踏み切り、田園、廃品回収車、一軒家。
 肩車した親子、電柱、黒い日傘、田園、発電機の音、自販機、電波塔。
 他の子の荷物を大量に抱えた男の子、つくしを持った女の子、電柱、河川敷、川の乱反射。
 トタン屋根、凧、電柱、急に電車を降りなくてはいけないような気がしました。

 僕はわがままです。
 電車を降りたその目の前にいてほしいです。
 駅のホームにいてほしいです。
 精算機の前にいてほしいです。
 改札にいてほしいです。
 駅の入り口にいてほしいです。
 駅の向かいの交番の傍にいてほしいです。
 高架下にいてほしいです。
 その先の十字路の信号の下にいてほしいです。
 川原のフェンスにいてほしいです。
 川原のフェンスのその向こうにいてほしいです。

 貴方のところまでの道を知らないことに気付きました。
 貴方のところに行くのは、辞めました……。


 貴方の最寄り駅で降りて貴方の家に帰って、貴方の冷蔵庫を開けて貴方の牛乳をレンジで温めました。
 膜をスプーンで掬って食べてから、ベランダで少し星を眺めました。少し夜風が冷たいのでタオルケットを肩にかけました。
 昼に食べたコッペパンの残りを牛乳で胃に押し込んで、貴方の家の僕のベッドで眠りました。
 嘘です、実は寝る前に3枚ビスケットも食べました。
 夢の中でようやく、少し貴方とお話ができました。また明日、貴方の駅まで行こうと思いました。
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