美しく生きたいって誓う

 砂をいじって作り上げた、この箱庭の世界に風が吹く。
 沢山の発見の上に降り積もる埃が、僕を嘲笑って霞んでいく。
 行き交う人の隙間、ローファーの踵が鳴る。
 過ぎ去る人の背中に通り雨が落ちる、雲の速さと同じ歩幅。
 日差しが強かった、セミの声は五月蝿かった、少年の睫毛は長かった。
 なんとなく遠くに行きたくなった、海の向こうへ、水族館の水槽の底へ。
 君が僕を犬のように可愛がる気持ち、目の逸らし方とか、笑い声の間隔で察したりする。
 君が犬のように可愛がられ、あるいは躾けられたがっていることも。

 落書きがはかどる高架下の壁、焦燥感は張り詰めたピアノ線のよう、少ない音で二の腕に縄が食い込むよう。
 眠りは浅く、胎児の様に丸くなる背中。
 この箱庭の枠の外に、行けると思っていた。それは僅かばかりの愚かな思い込みだった。
 シーツにこぼれた絵の具が沁みていくように、溶け出していくのは誰かの祈り。
 人生のある時期、ある季節、ある湿度においてのみ凶悪な切れ味の台詞。
 笑えばいい。何もかもを失って笑えばいい。
 地下室の鼠と蜘蛛は親友だった、膝の抱え方がよく似ていた、沈黙も膝をついて賞状を賜る。

 バナナフィッシュは希望だと言った。
 夢の際で僕も思う、それは確かな真実だと。
 そしてバナナフィッシュ、鮮やかな匂い、茎の産毛の感触が今も指に残る花。
 排気ガスが充満する部屋にステンドグラスの明かりが差す、ふと気付くと誰もいない中。
 振り返るとドアが開いてる、真っ白の中にやせ細った君の足首が見える。
 バナナフィッシュ、手榴弾が弾ける前に、ガスマスクをつける前に、核弾頭が落ちる前に。
 シーツが赤く染まる前に、花弁がめしべを放つ前に、機械が言葉を放つ前に。
 バナナフィッシュ、精一杯笑って見せた犬歯、バナナフィッシュ、全て灰になる前に。
 やることやって助けて、やることが見つからずやるべきことも出来ない僕を助けるべきなんだ。
 バナナフィッシュ、僕の肉を望むなら僕も受け入れよう。
 生きていることは病気のようなものだと思う、その薬や解決法や答えがバナナフィッシュになるという。
 過ちは過ちのままだと思う、甘えることは簡単だと思う、前向きになるには余りに生きた屍が多い世の中だと思う。
 だから時には、過ちを繰り返し甘えてもいいと思う。
 どちらにしても、自分の悲鳴で目が覚めることが特に減ったりはしない。

 海辺の白いテーブルと椅子、水玉のパラソル、細かい砂を足の指の間に貼り付けて、箱庭を踏み躙る。
 僕の体温を奪って子どものように眠るといい、振り子時計の足元に縋ってみてもいい。
 自転車で砂浜を派手に転んで、ひっくり返ったサンダルが波にさらわれる、麦藁帽の影にヤドカリが逃げ込む。
 時間は何かを解決するかもしれないが、僕を救ってくれることはない。

 箱庭を壊してしまいたい。それでもバナナフィッシュが訪れるまで、壊れることはない。
 何時如何なるときも離れることはない。何時如何なるときも優しくはない。
 誰も救われることはなく、得るものは無く、この道のりで君は沢山のものを失う。
 そして僕は、せめて君と同じものを、同じ瞬間に失いたい。


 誰も救われることはなく、得るものは無く、この道のりで君は沢山のものを
 失う。
スポンサーサイト