16
2016

I wish your happy dying

CATEGORY
 青い、仕立てのいいシャツを着ていた。
 裾には今朝ぶつかったサラリーマンを殴ったときの吐血がこびりついて、俺は機嫌が悪かった。

 何かいいことがあるような気がしていた。誰かが俺に被せた理想を、叶えるのも悪くはないかなって思った。
 車のラジオは壊れていて、しばらく音楽のない生活が続いていた。
 車でいけるところまで行って、車内で眠って、腰が痛くなって、差し込む朝日の暴力的な光量に目が覚めて、メンソールのガムを噛む朝だった。
 同じような毎日だった。同じようなビールだった。同じようなカルパスだった。同じようなセックスだった。沈黙。
 こんな奴とイヤホンを分け合って聞きたかなかった。体の端の方から腐っていくような気がする。
 作業着のケツ。
 レースのパンツの紐。防虫剤の匂い。
 そういえば、蟷螂の雌は産卵したあと雄を食べるんだったか。

 事務職の女は何かいいことがあるような気がしていた。
 いつものようにエッグトーストを焼いた。
 いつものように無駄毛を処理した。 
 いつものように化粧をした。いや、その日は少しチークが多かった。
 自分の商品価値を高めることに余念がなかった。
 それはブランドのバックではなく、フェラガモの香水ではなく、流行りの歌ではなく、知識と教養はむしろ男のプライドを傷つけるばかりだということも掌握していた。

 ブラジャーのホックを軍用ナイフで切った。
 そうだな、親指の方が簡単に切れた。存外に布は着るのが難しい。面よりも筒状の方が、切る力が逃げにくい。

 今日も同じ錠剤を飲んだ。最初は効果があったような気がするが、今ではもうさしたる眠気も誘いはしない。
 成分を濃縮したレモンという品目を変えてからは、仄かな眠気を通り過ぎたあとはむしろ、強烈な多幸感で手足に力が入らない。
 レモン、それはやはり爆弾だろうか。凹凸のついた表面を流れ落ちる、瑞々しい雫のイメージが清涼感を呼び起こす。
 それはうなじの産毛に玉となる汗、夕暮れ、西日の強いアパート、隣のオカマの制汗スプレーの匂い。

 爆弾は俺の頭上で爆発した。
 その飛沫が地味なOLの頭に墜落して、ブサイクでも美人でもないそいつの他愛ない人生を終わらせた。
 合意の上での行為で、俺は正気を失ってしまったんだろうか。正常に保つために俺は狂わないといけなかった。
 水道水はいつしか塩素の味になった、割り切ってるから大丈夫さ、水道水を飲んだ、水道水で溺れる気がした。
 洗面台はずっと溢れていた。

 明日も同じ日が来るんだろうなと思った。肋骨の一本を、使っていない花瓶に入れてみた。
 なんとなく、いつか花が咲くような気がした。肺胞は蕾だったかもしれない。
 バスの予約、取っとくんだったな。
スポンサーサイト