ボツ

アネモネだが、一緒に出る相方に「普通すぎる」「新しく作れ」というありがたいお言葉を頂き、もれなくセトリ漏れとなった。
で、急遽この一週間で新曲を仕上げねばならない。
こういうことはよくある、しょちゅうある、ていうか毎度のことだ、学習しろヨ。
作曲は俺にとってライフワークというか、爪が伸びたら切る、耳垢がたまったらほじる、そういう行動なので、作れんことはない。
別に曲が爪とか耳垢とかじゃなくてだな。

あーこれいい曲になるわー、という奴は大体弾き初めで分かるし、完成まで早い。
曲が成長する、ということはままありますけど、勢いで完成してからの話ですね、それは。
手ごたえ怪しいけど、なんとか最後まで仕上げた奴は結局お蔵入りになる。
あまりそれにこだわるのは生産的ではないし、しっちゃかめっちゃかになって、何がしたかったのかぼやける。
これは100曲超えた辺りでようやく分かってきたことだけど……怠けてたなぁ。
余談、ユーミンはデビュー当時で使える曲を100曲ストックしてたらしい。恐ろしい。

スランプなども度々経験するが、スランプというよりはマンネリ化、という言葉がふさわしい。
要するに心のストックが切れてるから何出ても同じように思うし、キレが出ない。
この際気分転換は非常に効率が良い。
なんらかの別の刺激を受けて肥やしにすることで、悩んでたとっかかりがスルッと通るわけだ。
これはどんな創作活動でも一緒だな。一芸に秀でる者は多芸に通ず、多彩な刺激に貪欲な人が味わい深く彩り豊かな作品を残すと。
天才はこの限りではないが、俺は凡人だし、人生も万遍なく楽しみたいので此方の方が魅力的だ。

天才の考え方だが、天才にも二通りいると考える。
一つには神がかりの恩恵を承った寵児だな。環境、師、時代、体格など努力ではどうしようもない部分にまで「それを成すべき」というメッセージが露骨に入ってる人たちだ。
偏見だが、こういう人たちは天真爛漫で遠慮や常識が無い。人間的にはクソだが作品があまりに良いので許されている、という印象。
もう一つには、環境には恵まれなかったが、その不利は努力で補ったタイプ。所謂天才もほとんど此方ではないだろうか、と推察している。
例えば聴力を失い、最終的には視力も失うベートーヴェンだとか。コミュ症をこじらせて耳を切り落としたゴッホとか。
ゴッホにいたっては、なぜ剃刀を持ってゴーギャンを追い回してたのに、自分の耳を切り落とすのか。娼婦に送りつける意味も分からない。
伸び代や上達の早さはそれぞれあり、それを天才を決め付けるのは容易い。
しかし「天才」というレッテルには俺は懐疑的だ。

例えばマイケル・ジャクソンは幼少期驚異的な歌声と歌唱力、あとモータウンレコーズと芸能家庭の超パワーでスターになったが、その後声変わりで一番魅力的だった声域を失う。
これは大変な心労だったと、凡人の俺でも容易に推測できる。向こうの契約が持つ力は甚大だ、兄弟にも迷惑がかかる。何より自分自身の体をコントロール出来ないことは想像以上に歯痒い、悩ましい。
その後ダンス、おまけに超一流の、で復帰するわけだが、ダンスにしたって一朝一夕にマスターできるわけがない。
無論才能はある。飲み込みも早かっただろう。体にも恵まれたと思う。
が、それは一般人に比べて努力してないか、と言えばそんなことはないわけで……。
要するに「天才」ってレッテル付けて「天才」だから俺には無理だわ、「天才」だから俺より努力しないでその位置なんでしょ、みたいなのはお門違いって話だ。
仮にお前が天才と呼ぶ人が、完全な努力だけでその位置に立ってたとしたら、お前、どうすんの、って言う。
お前が無力で無能で勝てないのは、100%お前のせいになっちゃうけど、どうすんのって言う。
そんな目には合いたくねえなぁ。

というわけで凡人の俺は普通に曲を作って、完成して「あ、これクソだ」「クソだ」「クソだ」「クソだ」……
……「クソだ」「クソだ」「あ、いい曲だ」というプロセスを経るしかない。
良い曲ができたときって、自信とか傲慢じゃなくて、本能的に分かる。
ってG戦場へブンズドアに書いてありました。読みましょう。
スポンサーサイト