15
2017

素晴らしい人たち

CATEGORYたわ言
 人間的に魅力的であることと、その人間が作るものが魅力的であることは、全くイコールではない。
 が、実際のところ、魅力的な人間の方が面白いものを作る傾向にある。
 ここで言う「魅力的」とは、勿論人格者のことではない。
 断言しておくが……
 人格者が作るものは面白くない。
 少し補足すると、言葉の根本的に”人格者”とは普遍的な生活を送る能力に長けた人間のことを指すので、
 そういう人間は当然ですが、普遍的な生活を送ったほうがいいんですよ。その方がみんな幸せになる。
 そうではない、ありのままで生きるとあまりに他人や自分を傷つけてしまう人間こそが、創作せずにおれないだから。

 あとこの国では未だに儒教の考えって根元の方にあるから(僕、芯から儒教大嫌いです)混同されがちだけど、
 礼儀がしっかりしてることと、人格者であることは全く関係性が無い。全然無い。
 礼節をわきまえるのは、「そうするのが格好いいから」と思ってる人がやると格好いい。
 「そうするもんだから」って思ってる奴がやると凄くダサい、そしてメッチャクチャ失礼。黙ってた方がマシ。
 僕は礼節をわきまえて仲良くなれないなら、無礼に仲良くなりたい方なので、どっちでもないけど。

 では破滅していく人間は魅力的だろうか?
 まぁ、目は引くよね。
 そもそも人間、いつかは死ぬんだからそういう意味では全員破滅しますよ。
 問題は、一日や一瞬の間で小規模な破滅や再生は常に起きていることを認識することだね。
 例えば毎日毎時毎分毎秒、身体のどこかで癌細胞は生まれているし、放っておいても脳細胞は死ぬ。
 破滅はとてもありきたりで、それでいて大事件だから、それを発露させてくれる存在(=破滅的な人間)はどうしたって魅力的。
 人格者って、そういう意味では正反対の位置にあると思うんだよね。
 礎になっていくというか、積み上げていくというか。それが悪いとは言わないよ、っていうか正しいし偉いよ、だって人格者だもん。
 そういう人間がいないと、なんならでっかい破滅が起きないことも確かだし。アハハ。

 とすると、アレかな……僕が人格者はつまんなくて、破滅的なの最高って思ってるのは、僕自身が単に破滅的だからかな。
 多分、そうだな。

 まぁでも僕は人格者って奴も嫌いじゃなくて、言いたいのは一つだけ。
 似非人格者になるなってことだね。
 礼節の部分でも触れたけど、「そういうもんだから」って動機で人格者”風な”行動をとる人間のこと。
 そういう行動は一見丸く収まってるかもしんないけど、思慮する人間を一番傷つけるし、魂を侵害するんだよね。
 おまけに他人にも同じ行動を強要するんだよな、そういう似非はさ。無自覚に。ホント死ねよ。

 長い目で見れば、そういう行動は最終的に不愉快でインチキくさい空気を蔓延させるだけだし、いいことなんか一つも無い。
 なんなら破滅的な人間を、破滅的な行動に走らせる理由はそういう奴らが存在することだからね。
 いるんだよな、自分いかにも暗いです、人の痛み分かります、って顔してるくせにそういう輩が。邪悪だよな。
 知ったかぶるな、媚びへつらうな、尊大になるな、お前もお前が作ったモンはすげーちっぽけだよ。
 飛行機も電球も車も芸術も命も全部ちっぽけだよ。
 だから守るんだ。
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