あいだのこと

 世の中、強者と弱者、正常と異常、優秀と劣等、美と醜、大体そんなシーソーだよね。
 そして僕思うんです、
 弱者、異常者、劣等種、醜い存在が嫌いだって。
 これは僕がその反対、強いとか優れてるとか、そういうことではないですよ。ただまぁ、弱くもないけど。

 二元論出しといてアレですけど、殆どの人は上記のほぼ真ん中じゃないですか、偏差値的に考えて。端っこは数パーセント。
 優秀でも劣等でもないのが大半、だから優秀と劣等が定義できるわけでね。
 そして観察してきた意見なんだけど、
 弱者は別に弱いわけではないってことが往々にしてある。
 弱者って名のついたポジションに立ってるだけだね。
 おかしな話だけど、弱者っていう旗を振り回して暴れる奴いるし。
 一番ぶっ殺したくなるわ、弱者ごときが調子に乗るな。便器舐めてろ。

 本当に生まれ持った能力として弱い、おかしい、劣ってる、そんな奴はあんまりいない。不細工は多い、ドンマイだぜ。(グスン)
 奇妙だけど、人間って奴は一旦ポジションに落ち着くと、それらしい存在に変容していくってことだ。
 分かりやすく言うと、いじめられっ子は生まれたときから体質的にいじめられっ子なんじゃなくて、
 いじめられたことで段々いじめられっ子になっていった、とまぁそういう訳だ。
 (多分、本当の最初は、親がその子をいじめたんだろうね)
 だからいじめられっ子って、どこ行ってもいじめられるんですよ、いじめのどっちが悪いとか原因とか、そんなのどうでもいい。
 ただ、笑うわそんなん。
 そして、そのポジションに落ちたからといって、それに合わせることをしなければ、ポジションは勝手に変わる。
 いじめられっ子じゃない奴は、天災みたいにいじめられることはあっても、永劫いじめられるってことは無い。
 だっていじめられっ子じゃないんだもん。
 屁理屈みたいだけど、真理ですよ。
 人に本質はないけど、行動には理が血のように通ってて、それを本質として衣服のように纏うことは可能だからね。

 結局ね、居心地がいいんだよ。ポジションにいることが。
 どこでもない場所をフヨフヨするぐらいなら、いじめられていた方が楽。どこ行ってもいじめられる奴は、潜在的にそういう素質。
 僕には理解できない心理だけど、他にそんなダルいポジションに居座る理由が有り得ない。
 だから僕嫌いなんです。

 じゃあ、本当に苦しいのは誰だろうって考えると、それは”あいだのひと”だと思うの。
 ちょっぴり強い、ちょっぴり異常、ちょっぴり優秀、そういう人が一番キツイと思う。不幸かはともかく、試練は二倍。
 例えばホラ、世の中バカの方が絶対ラクじゃん、世の中の大半バカで、だから世の中の殆どはバカ向けに出来てる。
 すげー頭がいいとかなら、そのバカ界から解脱して、頭いい人たちのコミュニティで生活できるでしょ。
 でもそこまででもない、ちょっぴり頭がいい人はバカ界から抜け出せず、すげー頭がいい人には見下され、見渡せば話の通じないバカばかり。
 これが悲劇だ。
 絶対障害者よりしんどいですよ。
 障害者はしんどいこといっぱいあるけど福利厚生上、社会的にはむしろ強者ですからね。
 ただこれもポジションですから。ポジションは克服できる。
 ちょっぴりはね、治らないんですよ。
 嗚呼、どうせなら障害者に生まれたかった、目に見えて欠けてる人間になりたかった、こんなに浮いてるのはむしろ自分が飛びぬけて愚かだからじゃないか、だったら自分は障害者そのものじゃないか、社会的な強みもないままに、
 まぁまぁそういうことが頭をよぎりますよ。
 まるで印籠のように病名を掲げられる人間が羨ましいですわ。気楽に「死にたい」って言える人間が。
 死ぬ人間は「死にたい」って言わないですよ。どちらかというと、死にたくない人間の方が死ぬ。「死にたい」って気楽な言葉だ。
 病気も自分の一部だから? やめとけ、似非人格者は。(笑)
 病気は病気以外のなんでもないし、生きてること自体病気だよ。

 何の話だっけ。そうそう、あいだのことね。もういいや、あいだとか端っことか。(飽きた)
 僕には僕の道があって、これだけが真ん中なんだ。
 ううう、辛い。何もかもが世の中とちょっぴりずれている僕は、もうどこに合わせたらいいのか分からない。
 変な顔に変な頭、非力な手足に狂った思考回路、そのどれもが世間から面白くない程度に半端にずれてる、もうおしまいだぁぁぁぁ~! ラヴィ!
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