17
2017

筆を折った少年

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 血がにじむほど爪を噛むのが癖の、癇癪を持った少年は、
 想いを寄せる娘に振り向いて欲しいがためにいつも絵を描いていた。
 ある者はすれ違いざまに「くだらない」と言い、ある者は「綺麗な絵だね」と言った。
 少年はそのどちらもが嬉しくなかった。
 自分の動機が醜いことに、薄々気づいていたからだ。
 人生というものの最高の形が銀行員という有り様の田舎で、
 なまじ勉強が出来たばかりに少年は神学校で特別な手解きを受け、
 周囲の期待に1度は報いたが、その後も絶えず伸し掛る、期待という名の欲望は拡大した。
 褒められることは無かった。
 百年も前に書かれた本では、自分と同様の少年が池で自殺した。
 車輪に轢殺された話を読んで少年は「そうか」と呟いた。
 そうか、自分という類の人間は自死するのか。
 かつて嗜んだ色鉛筆も木陰のベンチの昼寝も池に垂らす釣りの針も、その全てが苦痛に代わった。
 少年の苦痛は時折その絵に現れたが、相も変わらず「いい絵が描きたいなら勉強しなさい」
 「綺麗な絵だね」「気持ち悪い」「大したものじゃない」と誰もが言った。
 少年はあらゆる絵を破いて捨てた。

 そして破られた紙に、誰かがこう言った。
 「破くなら初めから描かなきゃいいじゃん」

 俺は誰かが必死で描いた絵を、その人自身の手で破ることほど悲しいことはないと思った。
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