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鳩 正義

Author:鳩 正義
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悪童の乖

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Erlkönig

04 17, 2017 |

 遠くに見える空と海はもうブルーベリー色になっていた。夜明けが近い。
「まるで魔王みたいね」
「……魔王? 何の話だ」
 俺はてっきり、またグロリアの与太話が始まったのかと思った。
 バックミラーに目をやると、またパトカーのランプの数が増えている。カーステレオが興奮気味で言うには、俺らの無計画な銀行強盗は、ルフトハンザ強奪事件に並ぶ金額らしい。
 誰もこの銃が空砲だなんて知らないみたいだ。とんだグッドフェローズの仲間入りさ。
「なんだっけ、クラシックのさ、大仰なやつ。あれみたいだなって」
「ああ、シューベルトの。おい、バッドエンドじゃないか」
 割れたフロントガラスに流れるトマト畑。懐かしい匂いだ。幼い頃、結核を患っていた俺は、同じ病室のアレックスを連れ、夜に花火をしたことがあった。こんなような、トマト畑の傍だった。火薬が湿気ていて、ろくに光りはしなかったが、俺は楽しかった。その後看護婦に見つかって、二人して死ぬほど怒られたもんだ。元気にしてるんだろうか、アイツ。
 助手席のグロリアを見やる。けたたましいラジオやサイレンなど知らないような顔で、かすかに見える海をじっと見ているようだ。その唇、瞼、産毛が仄かな朝焼けに照らされて、ぼんやりと輝く曖昧な輪郭が美しい。
「バッドエンドなんかじゃないよ。だって私、ママになるんだもん」
「……んん、えっと」
「あなたがパパ」
 よくやった、おめでとう、元気な子を産めよ、色々言葉が浮かぶが、どれも違う。ああ、俺って奴はもしかして、動揺しているのか?
 危うくハンドルを切り損ねそうだ。
 こういうときなんて言えばいいのだろう。俺が親父か。馬鹿馬鹿しいな。こんな状況でそりゃないだろう。
「結婚、しよう」
「当たり前よ。何のためのこの格好?」
 ブーケを鈴のように揺らしたグロリアは、形のいい唇で弧を描きながら俺の頬にキスをした。駄目だな、こういうとき、女には勝てっこないんだ。
 トマト畑が途切れた。フルスロットルで走り続けた車は、砂場に前輪が突っ込んだところで大きく跳ねて、エンジンの唸りがかき消えた。このオンボロ、よくここまで持ってくれたもんだ。クラクションだってもう鳴らないんだぜ?
「降りろ。バージンロードだ」
「ふふ、ちょっと気障すぎない? それ」
 咄嗟に口をついた冗談だったが、あながち間違っちゃいない。水平線から顔を出した太陽が、砂浜に赤い道を作っていた。
 降りようとして運転席のドアを開けたら、そのまま車体からドアがもげた。それを見たグロリアが甲高い笑い声を上げる。俺も笑った。
 後ろからも複数のブレーキ音が聞こえる。振り返ると、トミーガンを構えた警官たちがぞろぞろと降りてくるのが見えた。遊び心で一発、そいつら目掛けて撃ってみた。神経質なまでに皆がパトカーの陰に引っ込む。まるで、大きな石をどかしたとき、その下にいた蟻のようだ。
「ほら何してんの、早く!」
 水面と同じように目を煌めかせて、グロリアが俺の手を取って走り出した。そういえば、こいつは初めて海を見るんだったな。俺も引っ張られながら一歩、
 バラタタタタ、ダララタタタ。
 タイプライターの打音が鳴り響く。俺は後ろから体当たりでもされたのかと思った。あるいは追い風が吹いたか。それは俺の体を貫いて、水平線まで飛んでいくようだった。太陽はゆっくり昇る。朝が生まれていく。飛び散る自分の血潮までもが暁の速さだった。
 大方、気が逸った若い奴が、俺の一発にキレちまったんだろう。バカなやつだ。エンドロールに花を添えやがって。
 血管に鉛を流し込まれたように体が重くなる。空に向けて俺は、残弾を全てぶっ放してやった。
「アドルフ、ねぇ! アドルフ!」
「次、はは、次ここに来るときは、三人、だ、な……」
 グロリア。泣いているのか。そんな顔で泣かないでくれ。分かりきっていたことだ。お前は屈託のない笑顔が似合うよ。笑顔が似合わない奴なんてどこにもいないよ、そうだろう?
「海、綺麗だろう、お前に、見せたかった」
「うん……うん!」
 膝を突いた俺を、グロリアが抱きとめる。警官の怒声が聞こえる。波の音も。風の唄も。よく聞こえる。
 誰も死なない話が好きだった。そんな風に生きれたらいい。そう思っていた。帰れる場所があって、窓から漏れる明かりにほっとする家があって、おやすみのキスをできる人がいて。
「あい…………しし、て、いる……いるよ、ずっと」
 ただ、俺、上手く笑えないんだ。グロリア、俺、上手く、笑えないんだ……。
「私もよ、アドルフ」
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