自我遺漏

 何者でもない人間が自分に名をつけ、仮初めを真実にしていく様はいつか美しくなるもので、力を注ぐに相応しいと思っていた。
 だが何者でもない人間は、やはり、何者になることも無いのだと気付いた。
 惨めに何者でもないまま、血の通わないお飾りの言葉、見え透いた笑顔、低知能なジョーク、笑われても尚過ちを直せぬ幼稚なプライド。
 それでも足さえ引っ張らなければ良いが、ポリシーが無いから意見が変わり、記憶力が無いから予定が変わり、情緒が無いから心変わりする。
 自分の言葉や行動に一生責任が持てないのに、あたかも全ての苦渋を背負ってるかのように振る舞い、周りを騙しては騙したことすら忘れて、迷惑だけを押し付ける。
 どこかで何かが止めねばならないが、それはその人自身に他ならない。
 そしてそういう人間は、全く、何が起きても、ちっとも自身を変えることが、徹底して出来ないのだ。
 屑は、屑に産まれたから屑なんじゃない。
 屑のままだから屑なんだ。
 なのに屑は、屑であることを選ぶ。
 何者でもない人間は、自分に屑と名付け、屑に相応しい行動を取ることにしたようだ。
 それが屑に産まれた宿命なら、もう俺にはどうすることも出来ないし、これから二度とそういった人種に関わりたくもない。
 この街にはとても多い。本当に多い。何処を見てもいる。何処にでも。

 それでも俺はどこかで見捨てることが出来ないのだろう。
 しかしもう、それに心動かされよ、というのはちっとも無理な相談だ。

 尊敬するところも尊重するところもあるが、未だかつてそれが自分と公平に、
 同一の重みを持って行動の微細に及ぶと感じた事は無く、自らの招いた負担を振りまく人間を悪く思う。
 悪く思う、自分を虚しく思う。
 悪く思う人間が、自分だけではないことを虚しく思う。
 悪く思う自分以外の人間が、悪く思っていることに無自覚であることを虚しく思う。
 そしてそれを知ろうが知るまいが、水面の波など海底ではまるで無関係であるかのように、
 屑はそれはもう度し難く、徹底的に、偏在的に屑であることを虚しく思う。
 そして最後に一つ。

 一度に多くの物事と、一度には多くの物事が関わっているということを、まるで認識出来ない低知能な人種に同情する。

 そう、お前のことさ。
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