エロティック

 俺が穀潰しとしては一丁前でブラブラしてた頃、大人はちょっぴりバカだった。いつもバカだとは思うが、統計的に全体がマシな時期とバカな時期が音波のように飛び交っていて、丁度そのバカな時期だった。
 大人がバカだと子供は小狡くなる。夜中に出歩くのが特権だとナイーヴな理想に浸っていた俺は、夜毎ツレがいようが一人だろうがそこら中をほっつき歩いた。
 俺にしろ当時のツレにしろ、皆何かを探していた。それは夜の街にしか、少なくとも陽の当たる場所には無いということだけは強く確信していた。
 いつも大して何か起きないが、今夜は何かが起きるかも、何かを見つけるかも、そんな甘っちょろい願望に突き動かされて。
 ある時エノモトが「エロ本の自販機からすっぱ抜いて売り捌こうぜ」なんて案を持ってきた時は、こいつは天才だと素直に尊敬した。
 今では珍しくなったが、DVDとだけ看板の立った、自販機をトタンで覆っただけの小さな小屋が田舎の街の外れには点在していた。今でも時折山道なんかでは見かける。アレをターゲットにして、生身よりエロ本が好きなんじゃないかというほど紙媒体に狂った先輩に売りつけることにしたのだ。

 人気の滅多にない駅の地下道で待ち合わせして、暇だった俺は「いつも心に綺麗な華を」なんてくだらない標語の書かれた張り紙をライターで燃やしていた。もう何度燃やしたか分からないが、三日もすると貼り直されてやがる。この手のシステムの執念は一体何なんだ、何の力が働いてるのか分からなくて、やたらと不気味だ。
 燃え尽きたところでエノモトがやってきて、挨拶のハンドサインをしたところでコンバンワー!と威勢のいい挨拶が背後から飛んできた。二人共面食らって振り返ると、酒の入って上機嫌な外人女二人組が肩を組んで歩いてきた。
 夜の出会いも外人も両方この街じゃ珍し過ぎるもので、エノモトはすっかり固まってしまった。すかさず俺は「コンバンワー!お姉さんたち綺麗だねー!どこ行くのぉー?」と声を掛けて着いて行ったがが、よくよく考えりゃコイツらデブ故に巨乳、みたいな国際サイズの体重なのに、流石に浅まし過ぎるか、と思い直してケツをひっ叩いて切り上げた。
 何の漫画の影響か分からないが全身黒ずくめで、どーせレイバンの似合わないサングラス、おまけに煙草はブラックデビルという、かったるい出で立ちのエノモトを放っておくのも、少しばかり気が引けたし。
 それにしてもどうしてこう、男同士で面白い悪戯を思いつく奴は異性にゃトコトン奥手で、俺みたいなユーモアのスカンピンは軽くいっちまうもんなのか。自分でもエノモトの方が、童貞でも彼女いない歴イコール年齢でも上等だと思った。

 仕切り直して例の小屋に近付くと、牡丹雪の夜の中で煌々と輝くそれはヘンテコな神々しさを纏っていた。
 エロ本なんてもの一度も買ったことのない俺は、こんなものに多大な労力が注ぎ込まれていることがちっとも理解出来なかった。おまけのその自販機の要塞っぷりったら、無いぜ本当に。商品が金網越しの自販機なんか他にあるか?
 謎の威圧感に今度は俺が萎縮したが、エノモトは意気揚々と革手袋(勿論黒い)を嵌めて野暮ったいリュックから殺虫スプレーとチャッカマンを取り出した。用意周到さに笑えてくる。
 色々試したけど殺虫スプレーが一番燃えるわ、そう言って即席の火炎放射器で第一関門の分厚いプラスチックを炙った。
 外で見張りをしていたが、中の炎で小屋ごと発光して遠くからも目立ちまくっている。パトカーが通ったら即アウトだな、場所が場所だから通報すべきか迷ったことにしよう、と言い訳だけは組み立てておいた。
 炎が消えて氷を割るような音がしたので中を覗くと、柔くなったプラスチックにアイスピックを何度も突き立てているところだった。俺にもやらせてくれと交代したが、それにしても手こずった。なんだこのヤケクソみたいな頑丈さは。明らかに改良に改良を重ねている。俺は先人を呪った。
 第二関門の金網は、これまたエノモトが取り出した番線カッターで容易に切断できた。因みにエノモトの影のあだ名はドラえもんだ。ずんぐりむっくりした体型でダミ声だったからだが、次々道具を取り出す様に、これを見てるのが自分だけであることを悔やんだ。黒ずくめのドラえもんだ、おまけに器物破損の。
 金網で終わりかと思いほっとした俺達に、自販機は容赦なく絶望を突きつけてきた。最初のプラスチックを遥かに凌ぐ厚みの硝子がまだいたのだ。
 生唾を飲み込んで、ひとまず休憩しようと離れたところでタバコを吸うことにした。冬の煙草は旨い、特にこういう重い雪の降る時は。おまけに破壊活動といういい運動をしたから、体も温まっている。周りはほぼ無音だが、時折何故か終電も終わってるのに踏切のような音がする。
 小屋を視界の隅にダベっていると、エノモトがあっ、と素っ頓狂な声を上げた。今、オッサン入ってった。
マジかよ、どうする、あいつチクるかな、ボコす? 何か買ってたらそれだけ取り上げて捌くか? こういう時だけフル回転する俺達の脳みそで出た結論は、強そうな奴だったら今日は諦める、という世の中を舐め切ったように単純明快なものだった。
 オッサンはすぐに出てきた、手にも何も持っていない。まぁあの損壊を見たら買わないわな。トンボ眼鏡で中年太り、しわくちゃのスラックスでカツアゲならうってつけのカモだ。しかし今は事情が事情だ、面が割れるのも面白くない。携帯を出す素振りが無ければ、このままスルーする。
 俺らの目論見通り、オッサンはやや周りを気にしながらそそくさと立ち去っていった。傘も持ってないってことは近所だろう。噛むには旨みの少ないカモだ。
 ある意味気分転換になったところで、やはりエノモトが持ってきた短いバールで、この情けないヤマを仕上げることにした。フルスイングしても白いかすり傷がつくだけだったが、アイスピックと交互に根気よく叩いたら最後には中の商品が取り出せるほどの穴が空いた。エロは手強かった。
 時間にすれば小一時間ほどだったと思うが、心身共に疲弊した俺達は、お決まりの徘徊コースは取り止めて、成果の確認もおざなりに帰宅することにした。

 一週間ほどして、さながら放火魔の心理で現場を覗いてみると、自販機は綺麗さっぱり新品になっていた。まるであの夜のことは夢か幻か、跡形もなく。
 よくよく考えれば監視カメラの存在をすっかり忘れていたが、特に足がつくこともなかった。ひっそりと誰にも邪魔されることのない、ある種の聖域なのかもしれないと俺は思った。ちょっぴりバカな大人達がひた隠しにする理由が分かった気がした。そして小狡いガキが利用するというわけだ。
 仕入れたブツは多少足元を見られたが、状態の良さと美品であることから、当時の俺らにしちゃそこそこまとまった金になった。買い入れた先輩は自分が使ったあと、他の後輩に売りつけるのだろう。世界最古のビジネスが風俗だというのは、あながち嘘じゃないかもしれない。
 その金で俺はウリのエリナとしけこんだが、それはまた別の話。
 触れば壊れるエロティック。
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