活動

鳩 正義

Author:鳩 正義
Ghetto HP
Ghetto

出演-------------------
9/8@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
「KANTA dAb dAb Japan Tour」(from Nepal)
21:00~

9/10@両国SUNRIZE
「両国ウルトラソウル ハァイ」
21:00~

9/28@両国SUNRIZE

10/4@両国SUNRIZE
※弾き語りでの出演

10/22@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

11/1@両国SUNRIZE
「両国SUNRIZE 8周年 初日!」

11/5@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR

12/14@両国SUNRIZE
​「???」


チケット予約は下記メールまで。
連絡-------------------
メール

動画-------------------
悪童の乖

カウンター
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ

紫煙/紫音

08 25, 2017 |

 「ジョイントくれよ……」
 ヤニで完全にベタついた、ケツの穴より不潔な口で粘着質な音を立てながらタカが言う。
 窓に何度も体当りする蛾の羽音がやけに耳障りだ。網戸は埃をかぶってクモの巣が張り、もはやこの部屋に家主はいないと主張するかのよう。
 マンションの一階、煎餅布団の上で原因不明の腹痛に悶えながら、俺は枕元に置いたはずの水差しを探す。あるのはひっくり返った灰皿だけ。
 部屋の隅でユミは一心不乱に携帯をいじっている。犬のように頭を下げて唸っているタカに、ヒロが煙草を投げた
「これでも吸ってろ、白いのあるけどお前、イソジンしねえととても回せねえわ。勿体ねえ」
「マジ、ウィドウあんの。ちょっと後で、マジ、サグ入るから後でな」
 目を剥いて声を荒げるタカに、辟易した様子でヒロはさっき投げた煙草を指差した。
「やんねーって、全部自分吸っちまう奴には。それフィルター、少し沁みてるから我慢しな」
「ありがってえ、ああ、グミ食いてえな、グミ……」
 最近のタカは口臭だけじゃなく、体全体から腐ったオレンジのような匂いがする。終末医療の老人は、そのうちから死臭が立ち込めてくると聞いたが、あれは内臓がすでに腐っていってるからだそうだ。コイツも似たようなもんだろう。
「ネコ大丈夫? 顔青いよ」
 カナが俺の頭を撫でる。嫌な感じだ。乱雑にその手を払い除けて、台所まで水を飲みに行く。が、まともなコップは一つもない。
「コンビニ、行ってくるわ」
 ガラスを擦ったような酷い声、自分が発したと気付くのに少し時間がかかったぐらいだ。
「アタシも行くっ」
 カナが赤いパンティを穿いてクロエのショルダーバッグを掴むと、俺の腕にしがみつく。暑苦しい。
 煙草に火をつけながら、道すがら昨夜のセブンでのことを思い出した。
 シャバいイベントだった。DJは尽くクソみてえな曲を流し、極めつけはトリのMC、レコ発だか知らねえが皆火を掲げさせて揺らせ、と来たもんだ。ワックなんかまだいい、あれじゃ出来の悪い新興宗教だ。田舎者が無理してる、って感じ。
 テキーラの飲み過ぎでキレた俺がイベンターを小突いたら、大学生が囲ってきやがった。そのくせ何もしねえ、DJが感づいて音量を上げるから、余計にムカっ腹が立って百均ライターを握ってニヤついた輪っかの一人をぶん殴った。即座にヒロが仲裁してくれなきゃもっと拗れてただろう。睫毛と眉毛を炙ってやるぐらいのことはするつもりだった。けど、俺はそういう仲裁のときのクソみたいなヌルさがまた、死ぬほど癪に障るんだ。ありゃユミのイトコらしい、あとで言っとくからとぶっきらぼうにユミは言った、俺はユミが嫌いになった。
「ネコ調子良かったらどっか行きたいンだけどなあ」
「あいつらが動かねえだろ」
「違う二人で」
 やなこった、と言いかけたが、外の空気は吸いたいな、と確かに思った。あそこは煙というよりか、カビを吸ってるに等しい。多少の不衛生は気にするタチじゃない、しばらく家に帰ってる訳でもないが、もはや汚物の域と言っていい。いつ見ても便座の中に蝿がくっついてやがる。
「何処がいい」
「ゲーセン?」
「うるせえとこは嫌だ、今日は」
「じゃあ公園」
「ガキがいるだろ」
「シブヤ!」
 人の話聞いてねえのかコイツは。コンビニで胃薬とスポーツドリンクを買って、結局一度あの部屋に戻ることにした。ネタを忘れてた。

 夕刻、ラウンドワンの受付は中々の美青年で、ボーリングの靴を選んでる時にカナにあーゆーのはどうだ、俺よりよっぽどイケメンだったろ、と聞いた。
「興味ない」
 俺をひと睨みして、下着がスケスケの白いワンピースの裾を翻した。早足のつもりだろうが、普通に歩いても追い越してレーンに着いた。貞操観念は壊滅してるくせに、こいつの一途さが俺にはとんと理解出来ない。
 2ゲーム目が終わったところでタカがトイレに駆け込んで、そのまま戻ってこなくなった。ユミとヒロがそれを見に行って、俺が煙草に火をつけて、肺の底までタールがこびりつくように、深く吸った。そして吐き出しながら言った。
「あのな、お前が持ってるそのバッグ、それを買うのに何人のオッサンとヤったんだよ? 俺はそういうのは辞めとけって言ったし、辞めろって言ったことをやり続ける女に関心を持っちゃいられねぇんだよ。分かる?」
「他の誰ともするなってこと?」
「違う、全然違う。そんなことはどうでもいい。なんていうかもう……疲れたんだよ、そういうのは。惚れたとかヤったとか寝取ったとか、貢いだとか稼いだとか……所有欲みたいなものにウンザリなんだ」
「アタシが欲しいのはネコがくれるバッグなんだけど。そしたらお金なんか要らないし、オメコする必要もないし」
「そんな話はしてない。自分を切り売りして、価値を下げるような真似はしないで欲しいんだよ」
「ネコの方こそ、わざわざ死にたがってるようにしか思えない。変なものギったり、いきなり殴りかかったり怒鳴ったり。そういうの、自分の価値下げてんじゃないの?」
「別に物なんかは、捕まんなきゃいいだろ。パクられたこともねえし……いいや、この話は」
「全然良くないじゃん。ネコが言い出したんでしょ」
 そのネコって呼び方がまず癪に障るんだよ、と喉まで出かかったが、飲み込むために胸ポケットに入れていた小瓶のワインをがぶ飲みした。
 そもそも論点が大きく間違っていて、こういうとき男らしいとか正論って類のものは、女一人養えるだけの収入とか世間体を整えられるだけの人並みの暮らしを俺が用意してカナを迎え入れることだ。それが余りに非現実的で遠く、おまけに何の実際的な魅力を感じないところが問題だ。それを分かっていながら口にしない段階で俺自身は卑怯者で、堕落した存在の傍にいることで自分までなんとかなるんじゃないかと楽観している甘ったれたクソだ。
「もうオメコしたくない?」
「だからそんな話じゃねえ!!」
 思わずテーブルを思い切り叩く。驚いて振り返ったのは隣のレーンの人間で、カナは少し目を見開いたぐらいだ。オメコって言い方も、如何にも下品で辞めろと何度も言ったのに変わらない。俺も、ついさっきカナに指摘されたことを早速やっている。俺達は変わらない。俺達は進歩がない。俺達は緩やかに腐っていってる。
 重苦しい沈黙の中、トイレから三人が戻ってくるのが見えた。タカは殆どヒロにしがみつくようにして、顔はもう土気色で足がふらついてる。おそらく過剰摂取した睡眠薬の離脱症状だ。あれほど医者に厳しく言われたのに、アルコールでハルをがぶ飲みするのを辞めない。もうとっくにハルじゃ効かなくなってる、けど他のクラスが手に入る当てもない。眼圧が高くなって魚のような出目になりつつある。
「帰ろう」
 ヒロが言う。誰もそれに反応することなく、俺達はゾンビのようにそこを離れた。
 帰る場所は何処にも無い。

「もう捨てていかないか?」
 後部座席ではカナ、ユミ、タカが寝ている。だからおそらくヒロは俺に言ったんだろう。こいつまで独り言を言い出したら、俺はもう大人しく逃げ出すしかない。
「いいんじゃないかな。ハッピーになれそうだ」
 適当な相槌。車内はパラノイド・アンドロイド。ヒロのチョイスだ。
 街灯がやけに伸びて見える。程よく汚いフロントガラスに、虹色の輪が幾つも浮かぶ。だから夜はいい、幾許かは。
 ヒロはしばらく考え事をしてるようだった。
「ネコは凄ぇよ、クリーンなのにさ」
「はは」
「……俺、タカ見捨てられねえのは、こいつバカで見てると安心するってのもあるけど、結局同類だって思うからなんだよな」
 ってことは、俺は同類だと見られてないのか。良かった良かった、そいつは良かった。乾杯したいぐらいおめでたいな。
「本気で嫌そうに見えるけどな」
「否定はしないな。でも、俺初めてパクられたのがちょっとチャリ借りただけでよ、運が悪くてそのまま前科ついちまったんだ。てっきり殴られるだけで済むかと思ってたから、本気で人生終わったと思った」
 現状はまさしく人生終わってるけどな。
「運が悪いやつってのはいるんだよな……俺やタカがまさにそうなんだ」
 確かにヒロは運が悪い。さっき言った話もそうだし、施設上がりだ。極めつけはフランスにパティシエの修行で留学している妹がいたが、日本に一時帰国する一週間前に撃ち殺された。庭先でホームパーティしているところに、チンピラの黒人二人がやってきて騒ぐので、出て行けと言ったらいきなり撃ってきたらしい。
 他の人間なら嘘だと決め付けるとこだろうが、俺はすんなり信じた。いつも不幸自慢するでも誇張する身振りでもなく、ファミレスのウェイターが注文を復唱するような、平易な物言いだったからだ。
 こういう人間は確かにいる。例えば今俺とヒロがブリブリになって検問に捕まっても、パクられるのはヒロだけだ。分かるやつには分かるが、人生なんてそういうものだ。
 何も起きないヤツは何故か本当に何も起きず、平和にのうのうと過ごして不運なヤツを笑ったり嘲ったり疑ったり踏み潰したりしながら、退屈な毎日を謳歌するわけだ。不運なヤツが必死で欲しがる退屈な毎日を。
 結局のところ、こんな風に淀んだメリハリの無い毎日も、重要なものを湯水のように浪費していることは分かるが、俺達にはそうまでしないと手に入らないものなんじゃないかと思うときがある。いつも腹ペコで寝不足で頭が痛くて、でも目を閉じるには頭の中が余りに感情や物で溢れかえってて、誤魔化すために何かを摂取したり吐き出したりして、それでも尚バランスってヤツを頑張って保とうとして、平気なヤツは遠巻きにニヤニヤして一気しろ、一気しろと煽るんだ。
「ヒロ、カナとヤりたいんだろ? 俺に遠慮しないでいつでも好きにやりなよ」
「え?」
「よく言われるんだよ、すぐお尻触ってくる、今度一人で俺の家に遊び来なよ、だっけ」
「いや、それは」
「いいんだって。車止めてくれ」
 ヒロのこういう顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 だが俺は知っている、この戸惑っている表情は罪悪感からではなく、どうすれば事無きを得られるか、そればかりにもう頭が回っているから浮かべるものだ。
 その考えは答えには思い至ってないだろうが、車は道端に寄せられた。
 俺の中には只、哀れみの感情があるのみだ。
「俺の代わりが見つかるといいな。多分四人だと近いうちに解散だぜ。じゃあな」
「お、おい」
 俺はすぐに扉を閉めて歩き出した。どこだか全く分からないが、まぁ大きめの道だからなんとかなるだろう。
 ヒロの車が俺を追い越すことは無かった。

 他のやつらからすれば何の価値も無い、薄っぺらいこの毎日こそ、敏感すぎるヒロやカナ、タカとユミには必要なものだったのかもしれない。
 そして俺は、例によってもう満足していた。もうこいつらの暮らしが、人生が、その行く末まで分かったような気がしてしまった。
 それに乗り合わせていくのは至極簡単で、まぁそれなりに笑ったり怒ったりして早めに死んだと思う。
 どうしてそれが、とてもお望み通りって感じのそれがお気に召さなかったのか、自分でも分からない。
 だが思い返して、打ち込むものの無い人間の苦しみは想像に難くない。その暮らしをバカにする人間を俺は認識しないだろう。
 死に物狂いで、何一つ対抗する手段も無く、ただ少しずつ燃え落ちていくだけの火。立ち込める紫の煙。
 見えない者には、一生見えることの無い。
スポンサーサイト

« BLACK エロティック »