偏光


 立ち込める煙、寝室、横たわる君の背中、薄布越しの背骨。
 また同じ間違いをした。また明かりの方に歩いていってしまった。
 日差しの下では妖精たちがウェッジウッドのコップに紅茶を注いで、短剣で串刺しにされた蝶が鱗粉を撒いている。
 木のそばでかかんで、俺はじっとそれを見ている。光の中で美しい人たちが談笑している。
 俺はもう何か、粘液と塵芥を生み出すだけの醜い肉塊だ。ご機嫌な兵隊達が輪になって囲っている。俺はその輪の外だ。
 兵隊達はブリキの玩具で、俺みたいなものがその内側に入ろうと見るや、一転逆さの形相で睨めつけ、手に持った槍でブスブスとつついて笑うのだ。あとで百舌の早贄のように掲げて、その醜穢を仲間内で囁きあうために。
 美しい人たちは知らない。

「でも素っ気無い態度を見せて、いかにも傷ついてません、って顔で守るのでしょう」
「ああそうです、それの何が悪いんですか。それの何が悪いんですか」
 ヴェルベットの上で転がってケダモノの習性に馴染んでみるんだ、それでもきっと分かることはいつも陳腐で、この身体は、美しい人もそうだ、身体は所詮蛋白質だ、ただの輪郭だけ。
 爪弾きになるのが怖いのでしょう、それの何が悪いのでしょう、必死で手に入れたものでしょう、それを守るためなら別の爪弾きを蹴飛ばして、誰だってそうでしょう。
 でも君にはして欲しくない、君にはして欲しくない、して欲しくない、美しい君にはして欲しくないのに……。
「それが傲慢と言って、貴方は自分を醜いって枠に押し込めて、私を美しいって枠に押し込めて、だから自分は何をしてもいい、どうせ醜いのだから、そういう免罪符を貼り付けたいだけでしょう」
「でも君にもう興味は」
「無いなら鮮やかにすればいいのに」
 それが出来たら苦労はしない。端っこに滲むのはいつもチャチな猜疑心だけ。

 人の醜いところを見たら、自分の醜いところが具現化して、まざまざと見せ付けられるような気になるだろう。
 明るみに出たらもう、それは二度と戻ることが出来ない気がして。
 いちいち全てに気を遣うには時間も覚悟も足りないんだ。熱意だけでは分かってくれない。もう誰も熱意だけでは。
 鉄で出来てる、鉄で出来てる、ああ遠くを見てる。
 何も変わらない、誰も変えようがない、誰も干渉できない、そっとしておいてくれているのか、遠巻きに見ているのか、それすらもう分からない。
 哀しくはない。寂しくはない。ただ少し考え事がしたい。
 何かがまた横切る、優しい目だ、視線を落とす、優しくされる価値なんかない、誰かに優しくしたい、もう誰でもいい。
 暗闇の中を歩いてきた。光のある場所は避けて歩いてきた。時々ぼうっとして突っ込んで、手痛いこともあった。
 でもそこで振り返って、よくよく思い出してみるんだ。
 俺が歩いてきた道は、本当に真っ暗だったろうか。遠くの明かりで満足したこともあったろう。誰かが立ててくれた灯りもあるだろう。
 この先もきっと真っ暗なんだろう。
 だから突然君の近くにいたい、ありえないほどの近くで、お互いそうだとも気付く間もなく驚いて。
 君も暗闇の中を歩いてんだろう。
 悪い夢で目が覚めたり、窓の外を見たり、爪先に水滴が当たったり、珈琲を最後まで飲み干したとき、「ああ…」と思うとき、傍にいるんだ。
 暗いだけなんだ。
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