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鉄の華

 眩暈がした。空気はひび割れそうなほど乾いていて、ジェット機の音が耳鳴りのようにいつまでも鼓膜にこびりついた。
 雨だったら泣けたのに、という歌を聴いていた。それはいつも自分が思っていたことだから。
 でも僕は、珍しいほどの晴れ間で、それがどうしようもなく磨耗して消えていく自分そのものだと錯覚して泣きながら歩いた。
 この道に「どうして泣いているの?」と問う人間はいなかった。
 この道に「あそこで待っているからね」と言う人間はいなかった。
 でもいつしか、それでいい、それがいいと思うようになっていた。
 あるときを境に、どのようなブランケットが僕に投げかけられようと、「何を今更」と思ってしまうものに変貌したことを自覚したときから。
 道には昨日の自分、一昨日の自分、三日目、そしてずっと前の自分の、絶望と添い遂げて横たわった残像が幾つも折り重なっていた。それは未来の分すら在った。
 未来の起こるかも分からない出来事にすら「何を今更」と思うようになっては、デク人形と何も変わらない。
 他人に期待したり裏切られたりするのは、バカのすることだと思った。僕はとてつもないバカで、更に輪をかけて腐った胆汁でもあったから、誰よりも早く「今更」になってしまった。
 今更な服、今更な笑顔、今更なお世辞、今更な話題、今更な生活、今更な命。

 僕は積み木がしたかった。他の奴らが生い茂る中庭で駆け回るために、適当に作った城は僕のより大層立派で上手に子供らしかったが、僕は僕だけの積み木がしたかった。
 でも時間は全く足りないうえに、玩具箱をひっくり返して探してみても、まるでテッペンに載せたい一欠片が見つかりもしない。
 シャボン玉と、ラジコンと、レゴブロックと、ロボットと、ゲーム機と、拳銃と林檎。沢山遊びたかった。
 いつまで経っても遊び足りないと思っていた、だから、自分は身体以外は人よりも一層成長の遅いデク人形だと思っていた。
 でも僕は迷いながら歩いていくうちに、ずっと先にいたと思っていた君をとうに追い越してしまったようだ。
 勿論君はなんらかにおいて今でも僕より秀でているのかもしれないが、それを魅力的と思うには僕は、歩いているうち、あまりに沢山眺めすぎた。
 道には沢山のものが落ちていた。僕は拾わなかった。
 新宿の街角で泣いていた網タイツの女は、「慰めてやんなよ」「どうしたの何泣いてるの?」とヤンキィたちに囲まれながらも一向に顔を上げなかった。
 僕はかつての自分の姿を見たような気がした。あそこで顔を上げるような奴は新宿で泣かなければいい、とも思った。

 涙も乾くようなスピードで地球は回っていて、ぐんぐん大地の今更を吸って周りを枯らしながら鉄の華は咲いた。
 きっと枯れることはないだろう。きっともう奪うこともないだろう。
 鉄の華は孤独だった、冷たく鋭利で、酷く無様な姿だった。
 晴れた空は星空になった、ジェット機はヨダカに変わった。有刺鉄線の蔦を歩きながら僕は、自分の血が鉄の華に変わっていく気がしていた。
 気分は最高で、自転車はどんなバイクよりも速くて、鼻歌は拡声器よりも大きくて、心臓は花火の振動よりも激しかった。
 慟哭だけが止まりませんでした。
 俺はお前を殺したくなかったのに……。
 夜の公園の街灯くらいは、割れると思っていました。蛾のぶつかる音。
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