FC2ブログ

本当の戦い

 最近身の回りで胸が締め付けられるようなニュースが多い。
 知り合いだったり、一度対バンしただけだったり、全く知らない人だったりもするけど、僕は「他に選択肢は無かったんだろうか……」と思ってしまう。それこそ他人事の無責任な感情なんだけど。

 新潟にいた頃は今よりもっと自分が未熟で、今でさえ「他に言い方は無かったんだろうか……」「なぜあんなに視野狭窄なまま怒りに支配されることを選んだのか……」と思うことは沢山あるし、結果俺の口から飛び出した言葉に、残酷な部分も有ると思う。
 というと殊勝だが、そんだけ俺が大事にしてるものを侮辱して怒らせたこともまた事実なんだから、謝るつもりもない。
 一番悲しいと感じるのは、喧嘩が出来なかったことだ。向き合おうとした、是正しようとした、その過程で衝突や傷つけ合いは仕方がないと思う。
 そうしてお互いについた針の長さを知り、刺し合いながらもそれ以上に近づいたから触れた腹の柔らかさを知るんだ。
 そうと分かれば、普段わざわざお互いのパーソナルスペースを刺激する必要もねーわけ。尊重とはつまりそういうことなのだと思う。
 傷つくのを恐れてハリネズミのジレンマを抱えたままでは、一生穴倉にいるのと変わらない。停滞ではなく衰退だと俺は思う。
 ま、それが悪いとは言わないが。成長や進化も一つの側面に過ぎないのだから、それが必ずしも正解というわけでもない。
 コンパクトにまとまったところが一番いい塩梅だったとしたら、それはそれで素敵なことじゃないかと他人に関しては思うようになった。さすがにアラサーだしな。

 とはいえ耳に入るニュースがそういった類の話と関係あるかというと、それはやはり分からないのだけど。
 衝突して、相手のことがとてもよく分かって、全くイケてる気分のまま、俺達これから別の道だねってこともやっぱり有るから。
 デジタル上で浮き彫りになるものと、直接的にしか分からないもの、それはとてもよく似ているが性質は真逆で、どちらも嘘というわけではなく、またどちらも正確なものではない。
 何一つ確かなことはないけど、振り返ったり見渡したりして全体を見れば、実はそれはとても確かなものだった、と気付くことが出来る。
 何度も分からなくなる、疑いたくもなる、間違ったことも沢山する、寄り道もする、訳分かんなくなることは沢山あるけど、そうしたときは遠慮なくガス抜きもすればいい。
 言い過ぎた、ヤバいってぐらいのことも言えばいいさ。また、言われた方もそれに対して怒るのもいい。
 とにかく何でもいいんだ。本当は大丈夫なんだよ、なんだって大丈夫なんだ。死にさえしなければ。
 でもどうしてだか本当に何もかも真っ暗でがんじがらめで、もう無理だ無理だってなることもあるだろう。
 そうしたときに音楽が助けてくれるんじゃないかって、やっぱり感じてるよ。だから音楽やろうって、思ったんじゃないか。
 忘れても消えないよ、思い出や憎しみって奴は。
 大切なものにも塗り潰したいものにも、全部に時間や次の事柄が折り重なっていく、とてつもなくそれは鬱陶しくてダッセーことだと思っていたけど、それがある種の救済であることに変わりはないんだろう。

 そういえば、今日Ghettoは川サキが正式にメンバーとなった。
 各々の中で葛藤やジレンマは結構あったと思うんだけど、俺はあるときを境にバッタリ無くなった。
 もしかしたら又どこかで綻びが噴出することもあるのかもしれないけど、それに向き合うことはこの3人ならとても意義のあることなんだな、と確信が持てた。
 それは、二人の出す音が凄く好きっていう、その一点だけは一度も疑ったことが無いという部分がとても大きい。
 Ghettoのリズム隊凄いよねって褒められると、「まあね」「当たり前だろ」「自慢なんでね」って、それはずっと言ってただろ? そういうとこ。
 加入自体は年末に決まってて、でも別に妙な気構えとかもないまま1月2月のライブを消化してて、何も変わらんな、と。そりゃそうだ。
 アー写もピクニック気分で撮りに行っててすげー楽しかったんだけど、Ghettoって3人とも、すげーカッコつけの照れ屋さんなんだな……と思った。カワイイ。Ghettoはカワイイ。
 ここらへんのエピソードは秘密です。が、俺に酒を飲ますとすげー喋る。全部喋る。ガンギマリ。
 俺はこれからも変われない弱さと、変わっていく弱さを持っていくだろう。
 大人になっても好きな人を守る力はこの手には無かったけど、本当に広かった空と海は忘れてないし、こらえきれない涙もまだ湧いてくるようだ。
 今後ともよろしく。
スポンサーサイト