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戒めのレンダー


「俺のどこが悪いか言ってみろ! ええ!? 言えねえんだろ、自分が一番悪いって分かってるもんなア!!」
 煤にまみれた黒い指でユミの茶色い髪を引っ張りまわしながら、ワニが怒鳴っている。
 ワニは怖い。背も大きいし自分も周りも全部壊さないと気が済まないって風に、いつも苛々している。
「ごめん……ごめん、もう行かない、行かないから……」
 火のつかないガスコンロのようにか細い声で、ユミが呟いた。
 でも今度ばかりはユミが悪いと思った。鳥が何度も行くなと行ったパチンコ屋にまた並んで、ありったけスって家にある粒を全部飲んでしまったんだから。
 でもこれも、次の日になれば忘れることだから、そんなに怒ることもないのに、と思った。
 ユミの母親は金持ちだ。正確に言えば、母親が今付き合ってる社長が金持ちだ。家には殆ど帰らない。ユミもワニもそこから振り込まれる口座にしか関心が無い。灰皿はいつも吸殻が満杯で、それだけじゃ足りないから缶ビールもコーラも缶ピースも全部吸殻
にまみれてる。紫の煎餅布団もユミが本当の父親から貰ったというヒョウのヌイグルミも全部灰の山の中だ。
「酒買ってきたぞー。やべー外クッソ寒い」
 ルーツが帰ってきた音で、ワニは手を離した。それでワニは消える。指には毛羽立った茶色い髪が何本も絡み付いていた。ユミは殴られて形がおかしくなった口紅を落としに洗面所に行った。
 入れ違いでファーのついたダウンジャケットを脱ぎながらルーツが部屋に入ってきた。先ほどの揉み合いで多少物がひっくり返っていたが、元々荒れていたので気に留めた様子は無かった。
「なんで面接の帰りに酒なんだよ、ウケる」
「いやー駄目だねありゃ。なんかうるさそうなオヤジだったし」
 軽く缶をぶつけて一口つけたあと、ステレオにスイッチを入れた。昨晩かけたまんまのバンアパが流れる。
 確か、好きなだけ漫画が読めそうだから漫画喫茶って志望動機だったが、どうせルーツのことだからそれをそのまま言ったんだろう。仕事は探してるって体裁が欲しいだけだから、そもそも受かる気が無い。
 人の部屋は好きだった。特に、何の気なしに人が出入りするような部屋が。余計なことを考えないで済んだから。
 新しい缶ピースの封を開けたところで、ファンデーションをごてごてに塗り直したユミが戻ってきた。
「あ、また飲んでる。ワインある?」
「あるよー」
 袋から出した赤ワインをユミに渡したところでルーツも頬の痣に気付いたみたいだが、指摘するようなことはなかった。余計なことには口を挟まないのが唯一ここのルールと言えばそうだろう。
 一つ目の缶の残りを飲み干すと、ルーツは北斗の拳のジャギの兜を被りながら部屋の隅のスロットの筐体で遊びだした。この部屋は誰が持ち込んだか知らないが、遊び道具らしいものなら大体ある。麻雀も音ゲーのコントローラーもWiiもプレステもオセロもトランプも花札も酒も煙草も薬もDVDも木刀もバットもギターも、まぁ大体。
 だけど何故か僕はちっともそれらで遊ぶ気にならなかった。色んなものが転がっていたが、この部屋に転がっているものはどれだけ弄くろうと、持ち出したとしても、しこたま使いこなして売っ払ったとしても永久に自分のものにならない感じがした。
「あー、旋盤削るとか、そういう仕事があればなー。別に贅沢は言ってねーと思うんだけどなー」
「万力作れるんなら別に未経験ってわけでもねーんだろ? すぐ見つかりそうだけど」
「設備があればな。でもこの辺の工場って家族経営とかが殆どだからさ」
 ルーツの話の内容や事実はよく分からないが、僕にはそれも熱意があればなんとかなる範囲に思えた。
 昨晩空けたワンカップに注いだワインに切り替えた。ワインは頭が痛くなるが嫌いじゃない、縛られた縄も千切れそうな気がしたから。
「あ、今日ママが帰ってくるから夜には明けといて」
「マジか。じゃー俺らどこ行こ?」
「久々に徹カラすっか」
「あ、いいな、私も行きたい」
「いいじゃん来れば、ラブホでもいいよ!」
「なんでそうなるんだよ……」
「はは、でも私も付き合わないとだからな」
「ふーん」
 ルーツはお調子者だったが、単にそれだけで他の奴に比べれば幾らかマシなように感じた。見た目が子供っぽいせいか振舞いも幼い印象があって邪気がなかった。勿論下心やずるさは人並みにあったと思うが、とにかく素直でいい奴だった。
 いや、本当にいい奴だったらちゃんと大学に行ってるか、働いてるか。
 自分がそうだったから分かるけど、体つきや見た目っていうのは結局のところ悲しいほど人生に左右してくる。
 ユミはすっぴんの顔からキャバって感じだし、僕みたいに身長があって声も低い人間は昔から大人に囲まれて見たくないものまで見せられて早々に子供らしさを失う。中学の頃ツレの分までお酒を買うのは僕の役だったし。分かるかな?
 逆に万引きなんかは小柄な奴がやるんだ。年食っても小柄な奴がやる。勿論見つかりにくいからってのもあるけど、僕はもっと因果めいたものがそこにあるように思った。サセ子といえばチビで巨乳でややブスって相場だし。漫画の模写ばっかりしてる美術部の喪女でも、カワイイ子にはちゃんとカレシがいる。変な喋り方でいつも鼻声でも。
 テニス部の先輩の彼女といえば後輩に手を出す、それは違うか。そういえば保健室でヤってるのがバレて停学になってから来なくなったツチダ、今何してんのかな。順当にホストかな。話つまんなかったけど、顔だけでホストやれんのかな。
 珍しくそこでルーツの電話が鳴った。兜のせいでどういう表情か分からなかったが、丸まった背中から、あまり楽しい話ではないんだなと悟った。
 電話を切って兜を取ったルーツは、煙草に火をつけて長く吸った後、同じだけ深くため息をついた。
「親父が帰ってこいってさ、姉貴見つかったから、って」

 いい奴って一体誰のことだったんだろう。
 ワニは厳しすぎるだけで悪い奴ではないように感じる。ネコも自分勝手だけど自分から他人を攻撃する奴じゃない。
 幼そうに見えてもルーツのルーツは純粋とは結局程遠かった。誰も彼も皆、相応の時間を過ごしている。
 相応の人間を演じては、不相応な自分になろうとしている。
 人間は一体どこにいるんだろう。
 お前らは一体なんだろう。
 どっちへ行くんだろう。
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