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3/9、3/11

 あ、サンキュー三軒茶屋でしたね。3月9、さんきゅー。

 2018/3/9
 三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
 Ghetto Chapter87
 「Dream shouted」

 先に言っておくと、この日はそもそもやる気がなかった。
 というか、最近ライブの原動力がやる気じゃなくなった。
 勿論情熱が失せた訳じゃあなく、もっと乾いた質感の何かに入れ替わったような感覚がある。
 ついに気付いてしまったというか、改めて思い出したというか。
 誰のことも人間扱いしないし、自分のことも人間性ごとかなぐり捨ててしまえばいいという気持ちでいる。
 余計なものを背負いたくもないし、投げかけたくもない。
 誰に理解してもらおうとか、何かを伝えたいとか、そもそも殆ど無いのに、もうまるで何もくれてやらなくていいだろうと思う。
 言葉だけ見ると凄くネガティブに聞こえるけど、めちゃんこポジティブな意味ね、これは。
 しがらみとか縁故とかそんなもので音楽が良くなればいいけど、実際そんなものはまるで関係が無いんだよな。
 正確には、出来事から得た本人にしか分からない知己や感情だけが落とし込まれるんだ。
 だから極端な話、何にも大した出来事なんか無くたって素晴らしい音を探れるし、大スペクタクルアドベンチャーから何も音が得られないだろう。

 3/5のMCは、とある人のMCと曲名を剽窃したものだったのだが、それを思い返しながらブログの記事に起こした数時間後、その人の訃報が届いた。
 まぁ、こういうことはよくある。知人の自殺も初めてじゃない。
 だからいちいちそんなに驚いたりもしないんだけど、驚かなくなった自分に空しくなった。
 これは慣れなんかではないと思う。単に俺自身が磨り減っただけだ。
 そりゃさほど仲良かったわけでも、世話になったわけでもないし、分かりやすく言えば先輩だけど、先輩と呼ぶのはちょっとおこがましいんだよな。
 でもあの人の曲やライブはとても好きで、俺とYUKEがカバーしたことがキッカケで同じ曲を十何人でカバーするっちゅー馬鹿げたイベントにもなったね。
 果たして俺から見てこの出来事をどう受け止めればよかったのか、今でも整理はついてないが、乖離。と川サキにもお願いして演奏したことは結果的に良かったと思う。
 怒ればいいのか悲しめばいいのか分かんないよね、自殺って。
 一生分かんないと思う。分かりたくもないし。

 あの曲をやってる最中に感じたのは、「やっぱりいい曲だな」「もうこの曲、演奏されることないんだな」「ま、枝村辺りがやるんだろうけど」「でもそれはあの曲じゃないんだよな」「どうなってんだろう」「こんなことやったって、誰にも分かりっこ無いのにな」「お通夜みたいな空気になるんだろうな」「バンドが見たい奴にしちゃ『フザケルナ』って感じだろうな」「俺も客だったら『参ったねコリャ』って思うだろうし」「トリのバンドどうせクソなんだろうな」「まぁそこそこ客は呼んでるんだろうな」「クソな奴が腑抜けたライブして、いい曲でいいライブする人が自殺しちゃった」「そんで、クソなバンドの客は前のバンド全てをコケにしたような態度取るわけ」「そんなもんだからね」「誰も音楽なんか聴いていないし、そもそも興味すらないんだよな」「それじゃあもう俺は、乖離。と川サキに向けて演奏してるようなもんなのかもな」「全員でくの坊か」「俺は俺のためにやってるだけなんだよな」「上等な方だよ」「どうせ誰もわかりっこないし、望んでもない」「向ける相手もいない」「バカな奴らに踏みにじられていった」「確かに頭の中で聞こえたんだ」「僕はまだここにいる」「さぁ受け取れ僕の声を」「僕はまだ生きている」「受け取れ僕の衝動」
 「そういうことね」

 今日で七年か。3/11で人々の中で死のイメージが結構変わったと思う。
 勿論それはこれから5年も10年も過ぎていくうちに、また軽々しく戻っていくだろう。
 知らせが無いのは良い知らせ、ってのは本当だと、最近はつくづく思う。そういう出来事が多いんだ。
 時期的にしょうがないけど、さすがにウンザリだよ。飽きた。寒いのにも飽きたし、周りが勝手に落ち込んでるのにも飽きたよ。
 死ぬ価値も無い世界だよ。勿論ちゃんと生きる価値も無い。その辺のヤツを殺して金だけ奪って、道楽みてえな暮らしをするのは世界で一番道徳的な生き方だよ。
 楽しいことを見つけるのは人並み以下のくせに、ウジウジするのだけは一人前だよな。そういうのは「落ち込む」の中でも半人前だっていうのに。
 深刻に考えるのなんか、誰でも出来る。
 真剣に考えたら、絶対に解決策が思いつく。
 バカは悲しむことすらロクに出来やしない。
 俺もバカになったかな。

 対バンか。
 別に全部面白かったけど、流れがチグハグすぎて集中できないっていうか。
 いや、そもそも見る必要も無いんだけどね。対バンなんて一切。
 無いんだよ、本来は。特に俺みたいな真面目なヤツはね。いい人だったから見てただけ。
 対バンや目的のバンド以外も見る人って絶対的にいい人だよ。見なきゃ嫌な思いをしない代わりに、可能性もゼロだからね。それでも見る人ってまだ何かを信じてる、絶対的にいい人。俺はもう無理かな。もう「いい人」じゃないね。
 昔はどうだか知らないけど、ライブハウスってライブに真剣に打ち込んでる人や、音楽が好きな人ほど嫌な思いをする場所なんだよね。俺ずっと言ってるなコレ。
 だからまぁGhettoはその隙間産業狙ってるんだけど、隙間の人には怖がられる(狙い通りではあるけど……)という。
 俺にもまだ完全には理解できてないけど、「嫌な思いもした方がいい」ってのがあるみたいよ。やる側はね。
 これも完全に理解は出来てないけど、「人を好きになるのがライブハウス」だからね。事実昔に比べれば楽しくはなってきたかな。うるせーバーカってことも沢山あるけど。
 なんにせよ、やる気じゃなくなった。やる気はいつか無くなる。やる気であの曲をやっていたら、きっと失敗していただろう。Ghettoでは二度とやらんけど。
 だから俺がまたGhettoで弾き語りやってたら、祟りだと思って大丈夫です。ハハハ。

 忘れてもいい、何度でも思い出せば。
 でも、あの曲はもうしばらく歌えないかもしれないな。感傷と切り離してやらないと、曲に失礼だからな。
 間違いだと分かっていながらも間違いを犯すのって、相当辛いものがあったよ。
 だからやっぱり分かんないな、そんなことを自分からするような人のことは。
 分かりたくもないや。
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