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「あいつ」

 病院はいつも退屈だった。いつもより親が沢山のゲーム、沢山の漫画、沢山のプラモを買ってくれた。
 でもどれもすぐに終わってしまう。だって病院はいつも退屈だった。たまに落書きなんかもしてみるけど、全然ストーリーが浮かばない。毎晩寝る前に壮大なファンタジーを妄想してたのに。
 クレヨンしんちゃんのコンビニコミック、父親が社員旅行のハワイで買ってきたドラえもんの45巻、何べん読んだか分からない。なんでハワイでドラえもんだったのかも分からない。
 いつの間にか隣のベッドの子と友達になった。お前ずっといるな、そんな風な切り出しだった。
 俺は髄膜炎で、彼は、なんだったかな。血液の病気だったか。
 小学2年生の夏。日差しは眩しかったし、窓際の俺のベッドにはいつも木漏れ日が差していた。でも病院の中はいつも薄暗くて、象牙色だった。
 曲がり角でおばけに会うんじゃないかって、よく思った。でも実際にいたのはトイレから出入りする、歩くのが遅すぎた爺だった。

 俺の親はしょっちゅうお見舞いに来た。交代で泊まったりもした。
 「あいつ」の親は忙しそうだった、あまり顔も覚えていない。
 たまに果物の盛り合わせたバスケットを持ってきては、俺の分も林檎を切って分けてくれた。梨は嫌いだったから、「あいつ」が食べた。
 毎日の点滴の入れ替えだけが辛かった。でもおかげで注射が好きになったような気もする。
 しょっちゅう点滴スタンドを振り回しながら、「あいつ」と2人で病院内を追いかけっこをした。エレベーターは使わない約束。そんでもって、よく怒られた。
 なんだか俺の思い出はいつも誰かとごく僅かな間友達になって、一緒に悪戯ばかりして怒られて、そんなことばっかりだ。
 病院内を走らない! 危ないでしょ! と怒るのはいつも同じ、若い看護師だった。「注射ヘタクソだよな、あのお姉さん」って「あいつ」と笑った。
 夏休みが終わっても退院できなかったので、大して仲良くも無い女子生徒の親子が千羽鶴を持ってきた。なんとか委員だったからかな。
 俺の親とその子の親が話しこんでいる間、俺は小恥ずかしい気分になって、やっぱり「あいつ」と病室を飛び出した。
「お前友達が見舞い来て、いいな」
 と「あいつ」は言った。屋上手前の踊り場。
「あんなの友達じゃねえよ。仲良くもないし。よく俺のこと追っかけてくるしさ」
「好きなんじゃねーの?」
「うえっ、違ぇーよ。髪の毛ぐっちゃぐちゃでスパゲティみてーじゃん」
「結構可愛かったと思うけど」
「ヨシダってヤツが好きだったかな。いつも額に青筋たってて、お前ナガシマ好きだもんなー、ってからかうと余計おでこが青筋だらけになるんだ」
「へー」
 そういえば、「あいつ」のお見舞い、親しか来たことなかったな。 

 手術が近くなって、俺は病室を移された。窓際でもない。「あいつ」もいない。本当に退屈になった。
 おかしなことに「あいつ」の名前も知らなかったから、途端に会えなくなった。でも、知ってたところで会いには行かなかったと思う。
 ゲームボーイの筋肉番付とギャラガ&ギャラクシアンをやりまくった。全然クリアできなくて毎日チキショウ! って叫んで、同じ病室の小学校上がる前の子が泣いた。
 周りの子は入れ替わりが早くて、俺はすぐまた窓際のベッドになった。もう2ヶ月も病院にいた。
 一番近所で、クラスで人気のヤツが見舞いに来た。俺はまたイライラして黙りこくった。
 こいつといると、いつも小ばかにされてるような気分になって、自分が惨めになる。
 足が早くて野球にも詳しい、勉強も俺ぐらい出来る。スーファミのゲームも大体人気のヤツを持ってて、ポケモン言えるかな? を完璧に暗記してて、クラスメイトはしょっちゅうこいつの家に行く。俺はずっと家で絵を描いてた。
 そのくせ家が一番近所だったから、何かとペアにされがちだった。個人塾も一緒だった。小学校で一番最初に俺が友達になったのもだ。本当にクソッタレだ。
 退院したら、「あいつ」が学校に転校してくりゃいいのに、そんなことを考えていた。

 手術当日。といっても、てっきり俺は眠らされてどうにかされると思ったが、背中にぶっとい注射を背中に突き刺されるってものだった。
 これがまた最悪なことに、例のヘタクソな看護師で、俺は母親に見送られながら、手渡されたハンカチを精一杯握り締めて痛みに耐えた。
 別のこと考えると痛みって和らぐんだなって、そのときに知った。
 それから退院までは早かった。毎日の点滴の注射が無くなって、腕に何にも刺さってないとこんなに軽いのか! と驚いた。毎朝痛い目に合わなくて済むなんて、天国か! とも。
 退院するとき、親に「あいつ」に会いたい、と言った。「あいつ」はもう別の病院に行ったんだそうだ。
 俺はそのとき「あいつ」に何か大事なことを言い忘れたような気になった。プラモ、一個あげる約束してたのにな。SDガンダムの。

 先生、例えば心臓とか、肝臓とか肺とか、そんなのが「あいつ」に必要だったら俺はくれてやってたと思うよ。
 名前すらよく知らなかったけど。年も確か、本当は「あいつ」の方が1つか2つ上だったけど。そんなの関係なかった。
 クラスの誰よりも、幼馴染よりも、従兄弟よりも好きだったし、一番気が合うと思ってた。学校や親の関係で知り合ったわけじゃなかったからかもしれない。
 なんか、ふっ、と死んでしまいそうな夏だった。誰が消えてもおかしくなくて、でも死ぬことはやっぱりあんまり無い、あるのは転校ぐらいの、誰にでもあった幼い頃の夏。
 「あいつ」は俺の友達だったよ。
 今までもこれからも、ずっと。
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