Daydream nation

 夢は無限だ。人間が唯一祝福される時間。
 寝る夢も、理想として語る夢も同じだ。二つとも、全く同じものだと思う。同じ単語で同じ名前だから、じゃないよ。
 不思議だな、と思うことがある。この二つは表面的には違うものなのに、そう捉えられても仕方ないほどなのに、夢という一単語でまとめられている。
 英語でもそうだ。きっとフランス語でもドイツ語でもそうなんだろう。

 イルカも夢を見るらしい。そりゃ、イルカは夢を見るだろう。イルカは好きだ。この世界で最も美しい生物の一つだと思う。あのフォルム。あの瞳。雄大な知性を感じる。ちなみにイルカも夢精する。夢精は知性なのか。むしろ生は清で聖で精である。これは間違いない。
 クジラも美しいけど、怖いから苦手だ。デカイのが無理とか、そういうのではない。こう、デフォルメとかでニマッとした笑顔があるだろう?アレの口が実は歯ではなくて、髭だということを知ってから無理になった。髭はないわ。
 アレで海水をガブガブ飲んで、ゴミとかは鼻毛のように排除して微生物とか魚とかをバクバク食べる。なんつう食い方だ。おまけに飲んだ海水は背中の穴から噴出すし。どんなエイリアンだよ。作った奴イカれてる。キリンとクジラは俺の中で相当怖い生き物だ。

 夢は人間が死んだあとビックリしないための練習、言うなれば死後のリハーサルの時間だという説がある。結構傲慢な決め付けだ。
 まぁでもなんとなく分かる。寝てる人は俺には死んでいるように見える。俺も毎日死んでいる。
 科学的な見地としては、夢はその日の出来事を脳みそで整理するための時間、というのが通説だ。これも分かる。
 人間は一秒一瞬ごとに別人に生まれ変わっているという感覚。一秒でもそうなのに、8時間も死んでたら、こりゃもう完全に別個の生き物だ。だからあの時間は死んでることにした方が納得する。
 別に生命活動をすることだけが生きているわけでも、それが止まっていることが死んでいるわけでもないからね。
 じゃあ生きてる死んでるをどこで決めるかって、やっぱそういうとこだと思う。

 邯鄲の枕(かんたんのまくら)という故事がある。
 要約すると人生超うまくいく枕を手に入れた主人公が、紆余曲折、山あり谷あり、暗中模索、五里霧中、なんとかかんとか、な人生を送り、眠るように死ぬ。
 気がつくと、手に入れた枕で寝る前に、火にかけたお粥が煮立ってすらいない。それほどわずかな時間で一生を体験するという話だ。
 現存最古の夢オチってことだな。
 こんなことはさほど珍しくないと思う。俺も3時間ほどでとても長い一生を生きたことがある。夢で。
 起きたときの感慨といったら! 嬉しさも哀しさも寂しさも美しさも死も生も全て体感した。
 思春期の頃、何度も同じ状況で死ぬ夢も見た。ウォークマンで知らないバンドの一曲を聴き終えて、バイクを全開に吹かして、切り立った岬、海沿いの道を突っ走る。最後のカーブを曲がらずに、ガードレールに激突して俺の体は宙に舞い上がる。永遠にも感じるような長い時間、抜けるような青空に落ちていくような感覚、そして岩礁に体を散り散りに砕かれて死ぬ。結構好きな夢だった。
 このとき聞いてた歌が、驚いたよ、NIRVANAにAll Apologiesって曲なんだけど。カナダにいたときにIn Uteroを500円で買って、ウキウキで聞いてて、最後にかかって(厳密には最後から二番目だが)、アレ、聞いたことあるなって。ああ、これあの曲かー!
 っていうか、死ぬ夢ばっかりだな。人の夢で勝手に殺されてることも結構ある。俺は一体いくつ命を持ってるんだ。沖縄では、人間には7つの魂(マブイと呼ぶ)があるとされているが、俺は100個くらい持ってんのか。あと20個くらいだわ多分。

 夢には重大なヒントが隠されていると思う。何も8時間も寝なくてもいいと思うんだよな。いくらなんでも一日の三分の一寝なくてもいいだろう。60年生きたら20年寝てるのよ。おいおい。どんだけ怠けてんの。実質40歳じゃん。
 この膨大な時間にはきっと何かある。いやまぁ無くてもいいけど。あると思ったほうが楽しいじゃん。深海や宇宙と一緒だよ。
 そういえば、人間のバイオリズムは一日25時間に設計されているらしい。それを寝ることによってリセットされているんだそうだ。25時間は火星の一日と一致するので、火星とは限らなくとも、人間は外宇宙から来た生命体ではないか、という論拠にされている。そう思いたいなら好きにすればいい、って感じ。

 夢は狂気なんだろうか。正気なんだろうか。それとも何にもないのか。
 正気を保つために狂気が必要なんだ。狂気を保つために正気が必要なんだ。多すぎても少なすぎても駄目だ。まともなままでは、まともでいられない。狂ったままでは狂ったままでいられないんだ。
 純然たる狂気が夢にきっと隠れている。それを毎夜あるいは毎朝俺たちは少しばかりか、あるいは多すぎるほどか受け取って、生命活動が続く限り、夢という現実を頼りない狂気のみで生き残ってるんだ。
 武器を捨てた奴が死ぬんだ。武器を捨てるものは無論愛だ。それが悪いかどうか、俺は知らない。知りたくもないね。
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