ルーチン

 今日仕事中にふと思いついたのが、漫画の週刊連載のように、音楽の月刊連載みたいなものがあれば面白いなぁと思った。
 月一で、例えば6人ぐらいの宅録ミュージシャンがガチで一曲ずつ作って発表、コラムなんかつけて、みたいな。で、12ヶ月発刊したら各自アルバム出すみたいな。
 ネット媒体のビジネスを基本に考えていたので、おそらく配信とも相性がいいだろう。配信ではあるものの、雑誌というフォーマットが一番しっくり来る。その折り合いをどうつけるか。
 バックナンバーは半年以前のものからYoutubeなどで無料公開に切り替えたりして、それでも形として欲しいマニアは実際にCDに金を出したり、新曲早く聞きたい人は最新刊を買ってもらう、など。
 問題はそれだけコンスタントに作れる奴、そんなにいないってことと、一曲で落とし前をつける(漫画で言うと、気になるところで「続く」と切れる)センスそうそう持ってる奴いねーってことだ。完。

 これは例えだけど、こういうアイディアは仕事中よく思いつく。仕事はデスクワークなので、仕事さえしていれば何を考えていても特に構わない。気楽な稼業だ。
 歌詞とか自分の曲とかも仕事中に考える。ライブのイメトレも頭(入場)からケツ(退場)まで本番前の仕事中に最低4回は済ます。非常に効率が良い。仕事は件数ちゃんとやっている。クソ従業員だ。
 仕事を舐めてると言われたらそれまでだが、そりゃバイトは腰掛なんだから舐めるに決まってる。バイトで正社員並みの責任を求められるんだったら、正社員やるわ。そして割に合った賃金をくれ。
 とはいえ、仕事が嫌いなので、最初仕事に使うモチベーションやエネルギーをかなり渋った。
 が、そこで発想を変えた。
 そもそも、人間の持つ一番強いエネルギーは習慣だと思う。ビルを建てたり道路を敷いたり子供を増やしたりってのは、全部習慣だ。生活。
 継続は力。勿論ただ続けるだけならバカでも出来る。問題はそれをいかに最小化するか、あるいは単一化するか、あるいは創意工夫して多層的にするかだ。それが「仕事が出来る」ということだ。その上で反復して習慣化する。
 「変化し続ける」という、ある種習慣と矛盾した習慣こそが一番強力だし、大切なことだ。自己否定と自己肯定の繰り返し。
 こういう能力は仕事に限らず、音楽を含めた創作活動で欠かせない。これが出来ない奴に名曲は生まれにくい。
 優れた曲を作るうえで、最低限、数は要する。要するが、その効率が悪いと死ぬまで優れた曲が出来ない。それじゃあ俺が困る。優れた曲は沢山作って俺に聞かせなさい。

 なので常々、仕事に用いるこの莫大なエネルギーを音楽にも活用できたら、大いに有用だなと思って枯れた思考の水平移動を試みたら今みたいな形になった。まだ、大分無駄が多いけど。習慣というリサイクルの輪に載せ切れていない。でも大分顕在化しつつあるなと思う。ミスはするけど笑
 これは仕事のエネルギーをケチって音楽に使う、というわけではなく、無論逆でもない。
 習慣化することでどちらも減ることなく均等にエネルギーを使える。我ながら実に効率的だ。
 仕事を全力で頑張ってる人は、すごいなぁ、かっこいいなぁ、と思うけど、そんな元気と前向きさを俺は持ち合わせていないし、持ってたら音楽に使ってしまうので、世のため人のためは全部お前らに任せた。頑張れ。
 働く男は誰でもかっこいい。気張ってるから当たり前だな。働いてないときかっこ悪いから、かっこ悪いんだけど。もっと上手い気の抜き方ってものがあるだろう。

 ちなみに、枯れた思考の水平移動とはファミコンを発明した横井軍平さんの信条というか、ものの考え方の一つだ。俺は考え事をするとき割と参考にしている。
 枯れた思考とは、すでに成熟し飽和したアイディア、コンセプト、技術、産業などを指す。
 水平移動とは、それらを別のジャンルに置き換えるということだ。
 例えば、森の中に湖があっても、そら湖だわ、で終わるけど、その場所を砂漠に移動させるとオアシスという別のものに生まれ変わる。湖というコンセプトには何一つ手は加わっていない。
 業界空席論という、芸能界の基本的なルールがあって、論って言うほどでもねーや、被ってないものがウケるっていう話。被ってたらウケない。当たり前だ。
 あまりいい例えではないが、ジェロっていただろ、海雪の。黒人ラッパーみてえな見た目した演歌歌手。アレもその見た目のギャップとただの演歌っていう組み合わせがウケたと言える。
 ここで大事なのは、ジェロがそうだったように、演歌の歌唱力が付け焼刃だったから一発屋に終わったってことだ。
 演歌は詳しくないし、正直言うと演歌聴いてる奴は演歌の良し悪しなんか殆ど理解できないとすら思っているが、ジェロが演歌の深みやツボを押さえているとは思えなかった。また、ラップを上手いこと組み込んでいるわけでも物珍しさだけで、コンセプトの水平移動になっていなかった。大失敗だ。
 世の中の殆どのオリジナリティが実は、本人の自覚有る無しに関わらず、実はこういう順序でオリジナルに昇華しているケースも多い。中々興味深い。

 最近はもう音楽でも服でも広告でも娯楽でもお話でも、ほとんどコンセプトが出尽くしてしまって、それを手を変え品を変え、どうにかこうにか何度も流行を回転させてやり過ごしている。もう、ずっとずっと前からそうだと思う。
 お話のパターンなんてシェイクスピアの頃にとっくに出尽くしている。
 「人は皆、泣きながらこの世にやってきたのだ。そうであろうが、人が初めてこの世の大気に触れる時、皆、必ず泣き喚く。生まれ落ちるや、誰も大声を挙げて泣き叫ぶ、阿呆ばかりの大きな舞台に突出されたのが悲しゅうてな」
 はい、その通りです。シェイクスピア先生の言うことはやはり違いますね。ちなみにリヤ王。
 水平だかなんだか、音楽以外は別にそれでいいんだけど、やっぱり根底から新しいものが欲しいよ俺は。もう飽き飽きだよ、色んなものに。もう大体のパターンが分かった。もういい、お前は分かった。そればっかり。疲れたよ。
 もっと新しいものを!もっと面白いものを!もっと刺激的なものを!もっと破壊的なものを!

 面白いとはなんだろう。
 座右の銘ってあるだろう、誰もが知ってるような言葉を「座右の銘なんだ」とか言って。惨めったらないぜ、笑えてくる。はははいひひひえへへへほははほほはははは。
 まぁ俺にもある。高杉晋作の辞世の句だ。おもしろき こともなき世を おもしろくって奴。
 高杉晋作が誰なのかよう知らんし、どういう生き方をしたとか、全く興味がない。知りたくもない。この言葉が最高に気に入って勝手に座右の銘にした。
 次点で「生きてるだけで丸儲け」も悪くないなと思ったけど、なんか範囲が狭いので却下。
 要するにもう、世の中面白いことなんて、元から滅多にない。面白い奴が面白くしたことがあるだけだ。
 というように勝手に解釈して、この考え方は正しい。本人がどういう意味で言ったとか知らん。こういう意味で言ってたら大した奴だ高杉晋作。言ってなかったら俺の意見に鞍替えしろ。
 つまらない奴ら、わるい奴ら、ずるい奴らを皆殺しだ、その血まみれの海の上を鼻歌交じりに歩けばいい、枝を振り回して血で遊べばいい、体の中に流れる血を感じるには、それしかないのだから、だって俺たちはぼんくらだから、俺たちには人の心を理解する機能を神様がつけてくれなかったからね。
 きっと、とてもとても昔には、話すまでもなく分かることだったんだろうけど。分からない世の中で本当によかった。人が憎くて本当によかった。俺の醜さが誰にも知れ渡らなくて、本当に良かった。我が生活。
 つまらない奴ら、わるい奴ら、ずるい奴らを皆殺しだ。それって最高に面白い。
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