ゲロとクソにまみれた掃き溜め

君を忘れたくないから、君を赦しはしないよ

ここ最近見た映画

 しばらく脳が何も食べられないのが続いていたが、最近ようやくまた映画を見られるようになってきた。
 とはいえ感覚がぼやけているのは変わらない。出す分には幾らでも出るのかもしれないが、水色の水に価値があるか。

 スリービルボード
 アカデミー賞が発表された時期だったか。中吊り広告でシェイプ・オブ・ウォーターとこれが取り沙汰されていて、映画が見たいと言うより、映画館に行きたくなったから予告を見比べてこっちを見ることにした。
 結果的にはこっちでよかったと思う。ブラックコメディかと思ったが、笑える要素は殆ど無かった。感触はダラス・バイヤーズクラブに近いな。
 とある田舎で一つの犯罪と死と、それが解決しなかったせいで皆が不幸になった。避けがたい不幸をどう受け止めるのか、あらゆる形で描いている。
 大した感想は無いし賞として騒ぐほどのものとも思わなかったが、2010年代の映画らしい終わり方で、それは秀逸なものだと思った。最後の二人の台詞がニクい。
 
 セントラルステーション
 へそ曲がりの代筆業のオバサンが、ひょんなことから母親を亡くしたばかりの子供を父親の元へ連れて行く話。
 こうして書くとプロットだけなら菊次郎の夏に近いな。
 性悪オバサンは本当に性悪(女優の人相がまた完璧)なのだが、最後の最後での手紙がニクい。というか号泣した。俺のツボ過ぎた。

 Hot Fuzz
 スリーなんとか三部作はずっと気になってたんだが、ようやく一つ見れた。
 いやこれ面白かったな、イギリスのコメディ結構好きなんだけど、特にそのいいとこだけ抽出したような感じ。
 先が読めないストーリーもそうだが、「本気で悪ふざけしてやんよ」という気概を感じた。嫌いな人は嫌いだろうな。
 色んなジャンルを全部(わざと)B級らしく仕立ててごった煮にした感じ。
 主人公の相棒がとにかく良かった。コメディにはこういうトロくてアホで純なヤツがいないとな。悪友と悪戯してるときのような気分になってホッコリした。

 Drive
 これは良かった。格別に良かった。主人公のサソリのスカジャン? べらぼーにカッコよすぎるな。
 こんなに完成しているキャラクターを久々に見た。やっぱりキャラがいい映画が好きだな、俺は。ベタにレオンとかさ。漫画っぽくてもいい。
 タクシードライバーのトラヴィスLv75ぐらいの感じ。

 ジョン・ウィック
 引退した元最強の殺し屋が、ひでー目にあったので半端なく復讐するっていう、中々頭の悪い話。
 アクション映画はあまり好きじゃないんだが(アクセントやエッセンスぐらいでいい)、殺し屋家業の描き方(組織であるコンチネンタルや、その本部のホテル内では仕事をしてはいけない、という掟の存在とか)が凄くツボで面白かった。
 アクション自体も独特なテイストが多くて、絵的にも斬新。ガン=カタほどじゃないにせよ、アレに似た刺激を受けた。
 ただ元最強の殺し屋の割に、キアヌ・リーブスの目が常にキラキラしてる。どんなに髭モジャってても好青年。

 エバン・オールマイティ
 ジム・キャリーがまぁまぁ好きなので前作のブルース・オールマイティも見たはずだが、清々しいほど全く覚えてない。
 ああ、ハリウッドのコメディだな、って感じ。全体的にダルかったが、神役の

 この世に私の居場所なんて無い
 さっき見た。スリービルボードは日常の悪意に対して必死で抗い、疲れ果て、それでも生きるために逃げ出さないって感じのスタンスだったが、これはもうメチャクチャ。
 いかにも冴えない中年女性の主人公がヘタを掴むような日常の悪意に対して、空き巣に入られたことから悪意で対抗するようになり、別ベクトルであらゆる残念な奴らが絡んできて暴走したチョロQのように話が進む。地味なんだけど。
 最初は「あ、ふーん、主人公どうするんだろう?」って見てたのが途中から完全に引き込まれた。まさかこうなるとは思わないだろう。ゲロ吐きすぎなのに笑った。
 Netflix限定なのが勿体ないな、と思った。

4/17 to 5/2

 4/17@両国SUNRIZE
 新潟から言葉翔を迎えて弾き語り。
 翔さんは俺からすると、先輩であり越えたい壁であり、世話になった箱の人であり今でも甘えてる部分があり、兄貴分のようでもあり友達のようでもあり、不思議な存在。
 色んな意味で場所や性格が違う、そういうのを踏まえてフェアに可愛がってもらってると思う。
 恩とかキャリアってものは確かにあるんだけど、そこへの遠慮とかは最近はあまり気にならなくなった。勿論絶対的に尊敬してるって前提があるからなんだけど。翔さんのライブも「すげー人」とかじゃなくて、フラットに見れるようになった。
 自分のライブは、駆け足というか前のめりというか。トッパーの乖離。やモッフィロッツさんからの流れもあって、そこを途切れさせちゃいけないな、という責任感が強かった。
 責任でライブするなんておかしな話なんだけど、まぁ、これは俺の性分だな。
 知っている人の話、まだ知らない人の話、変わったもの、変わらないもの、これからのこと。それらがバカ話になってふざけて朝まで笑っていた。
 続けていくことの意義だとか理由だとか、明確なものではないけど、あのかけがえのないネガの一コマを。
 紡いでいくのはイケてると思うようになった。

 4/20@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
 ポストロック系の日にぶち込まれた日。一番手が典型的な自分大好きバカガキがやってるクソバンドで、あとは摩訶不思議なサウンドだった。
 トリのmonomo...?が格好よかったな。俺はインストは空間系を駆使したヤツよりソリッドなのが好きだ。世代的にも、所謂残響系の名残。
 一個前のバンド(ユニット?)のバックバンドをやっての流れだったが、正直なんでバックやったんだろうってぐらい落差が……まぁ俺には関係の無い話だ。ただツルッと見た感想ではmonomo...? に徹した方がいいと思った。だって、俺には関係ないからな。
 Ghettoはどうだったかな。普通だったと思う。いつも通り普通に最高だったと思う。最近毎回最高なんだよな。
 原点に回帰する。

 4/24@両国SUNRIZE
 貴重な日。
 自分らの次のBug's from social systemのギターが「無駄なブッキングなんて無い」とMCで語っていて、その一言が消し飛ぶぐらい他がバタバタしていたが、俺はまさにその通りだと思う。
 彼らは彼らで、まだ言葉に重みが全く無いけれど、学んでいる最中なんだと思う。
 平日ブッキング4組。まばらな入り。軽いけどエネルギッシュな若者。よく分からねえしがらみにやられたロートル。
 ライブハウスのリアル。
 いいライブが出来たと思っている。貴重な日だと思った。前を見る。

 4/27@両国SUNRIZE
 またしばらく弾き語り無くなるな、よかった、と思ってたら急遽入った。こえー。
 大人数でホイホイッとやるのって俺あんまり好きじゃないというか、もう飽きたというか、でもこの日は「酔っ払う日ですがナニカ?」というのが分かりやすくてよかった。
 いや、ああ、どうなんだろ。俺は分かりやすかったが、ツルッと来る人には難しかっただろう。ま、そういうもんだ。
 自分は風邪気味だったのもあって3曲ともカバーでお茶を濁した。濁したというか、もうお茶そのものだった。一日に貢献できたなら何よりです。
 そういえば久々に同い年に会った。じゅんじゅん。そこはかとなく漂うスナック感。後述するが、平成元年生まれって妙な色気があるな。セクシー路線多い気がする。

 5/2@三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
 この日は面白かったね。バリエーション豊かで。ただ一番手は「ま~ん(笑)」だった。
 よく考えたら5組中半分ぐらい演者が女だった。ドラムに至っては4組女性。「バンドマン」っていうけど、もしかしたらバンドはもう女がやるものなのかもしれないな。結論だけ言うと、元々男より向いてるし。
 やっぱりステージに立つには色気が無いといけないだろ。むさくるしいオッサンでもいいけど、結局そのむささはどこかフェロモンだったりするわけだ。ゴリゴリなハードコアでも飛び抜けてるのは、やっぱり色気がある。儚さとでも言うかな。
 最近のバンドマンは色気というより、女々しいからな。俺もだけど。そういう意味では、自分が中性的な見た目じゃなくてよかった。でなきゃ相当ナルシスト発揮してキモい女々しさを撒き散らしていた気がする。
 トムウェイツみたいな色気を目指してるんでね。開襟シャツを着こなして、それが仕事帰りや社交ダンスに見えないぐらいのものをね。ヴィンセントギャロとかね。セルジュゲンズブールはちょっとキツすぎる。コロンが。コロンが何かよう知らんけど。
 この日もGhettoは最高だったな。よく分からんが妙に最高なGhettoだったな。
 正直言うと、最近は何がしたいのかよく分からない。あえて決めないままにしていたけど、いよいよ混迷を極めてきた気がする。周りも戸惑ってる気がする。
 この「何がしたいのかよく分からない」というのは矛先が無いとか飽きてきたとか、そういう感情は全く無い。今やってることがまさにど真ん中のような気がするし、もっと面白く出来るような気もする。
 そういう意味で言えば、Ghettoは今、思いついたときに迷わずGOできるように体を作っている、その長い準備期間なのかもしれない。遊びのルールを見直したり新たに考えてる時期。
 ああ、これだわ。言葉にした途端腑に落ちた。っていうか、結構前からそうだったわ。
 何でも出来る。どうせなら面白いことがしたい。行くぜ未来。

修羅



 もう花も恥らう生娘でもないので、占いにはあまり興味が無い。興味が無いが、手相や人相、四柱推命や姓名判断は割と信じている。あれは統計学だからな。
 実際「こういう顔ってこういう性格」ってのは大体当たってる。SLANG BOOGIEのユーラさんは俺と同じ長岡出身で、顔もよく似た知り合いがいるそうで、その方もやっぱり色々背負ってる「背負い顔」らしい。

 前のバンドのメンバーに勝手に占われてたところによると、俺は壬子(みずのえね)というやつだそうだ。そいつ曰く、これは悪名高い丙午(ひのえうま)に唯一対抗できる運勢らしい。。バトル漫画かよ。ちなみに乖離。さんが丙午。
 そいつは宮沢賢治が、特に春と修羅が好きで、それまで俺は宮沢賢治の文章が宇宙人っぽくて全然好きではなかったのだが、この詩集でようやく少し理解できて幾つか読むようになった。
 宮沢賢治も壬子なんだそうだ。
 で、四柱推命とやらは日時や年数との関係性が高いので、そこから「何故宮沢賢治は春に修羅になったのか」なんてことまで推察していた。今書いてても、何言ってるのか全然分からんな……。

 俺が宮沢賢治と一緒だとは思わないが、春に修羅になる気持ちは分かる。一年の中で俺が一番気が狂ってるのは春から初夏。
 だから今丁度狂ってるところだ。こういうときは、あまり人生に関わるような決断はしない方がいい。
 人間には自我なんてものは一切備わっていなくて、数多の外的要因とバイオリズムの相関が起こす行動が個人のアイデンティティを定義してるに過ぎない、と俺は考えている。デフォルトの状態。ここから思考を取り除くと空になる、と認識している。
 それに対し、こういう言葉があるか分からないが、デフォルトの精神から大きくかけ離れた行動原理にとらわれる状態を「亡」と名づけている。
 創作には空によって生み出されるもの、亡によって生み出されるものの二種類があるように感じる。
 空が高次な精神活動によるシステマティックな文化であるとするなら、亡は肉体的でプリミティブで享楽的だ。メガテンでのロウ/カオスの定義にも親和を感じる。
 端的に言えば薬物を用いた快感や酩酊をもたらすロックンロール的なものは、亡によるものだ。

 どちらが良いとか悪いとか、そんなものは特に無いが、現代と文明の行く先は確実に空、それ以外を排斥する方向へ傾いている。亡だけに浸ると間違いなく破滅する。
 かといって空だけにかまけた人間の疎ましさ、くだらなさ、退屈さ、あまりの正しさに反吐が出るのも事実。何重にもロジックがかかるが、空の性質はつまるところ「接客業においてお客様は神様」ということだからだ。
 亡は「セックス・ドラッグ・ロックンロール」。分かりやすいね。でもそんなのも正直もう飽き飽き。いっつも同じだし。射精したら終わりさ、そんなものは。
 空亡の両端を持たないものに魅力はない。危なくもない。終わりもない。

 天中殺とは違う意味で空亡を用いたが、あながち間違っていないと思う。こんなどーでもいいことに思考がはかどるのも亡の特徴ではある。退屈しのぎに丁度良い。
 ま、春の狂人がのたまった妄言の一つということで。

異文化交流

 自身の留学経験や外タレとの対バンを経て思うのだが、日本人の外国人(というか彫り深い人)への臆病さは凄まじいと感じる。
 そんなに怯えたり謙遜したり意識するする必要が、そもそも無いんだよな。そんなのは地球上の人間全員一緒。
 日本人が外国に行けば「言語通じるかな」とか「犯罪に巻き込まれたらどうしよう」とか、度合いの差はあれど日本に来る外国人もそんなことは全員思っている。
 まぁ、置き引きは確かに日本は少ない方かな……でも、勿論それもゼロじゃない。何故なら俺が[検閲されました]

 文化の違いや生活様式の違いはあれど、知らないところに行けば不安だし、言葉を流暢に喋れるわけではないし、殴られれば痛いし、「人間のライン」は全然変わんないわけ。
 俺は走るの遅いんだけど、だから足が無いヤツに車椅子乗って平地で漕がれたら多分追いつけないわけ。
 だから俺は足は無くても「俺より便利な足が持ってやがる。ふざけやがって」とか思って、むしろ嫉妬する。俺は自分の脚は美脚だと思うから謙遜はしないけど、脚そのものの利便性や何のための脚かを考えたら速い方がいいに決まってる。
 「人間のライン」ってこーいうことなんだけど、要は「足の有無」が言語や文化に置き換わるだけなんだよね。

 日本生まれ日本育ちのヤツが日本のことと日本語に詳しいのは当たり前。でもって、それは誇っていいこと。
 逆に日本生まれ日本育ちのくせに日本のことも知らないし日本語も上手く使えない、これは恥ずかしいこと。
 都会に来ると「どこ生まれ? あー、そしたら名産は○○だ?」なんて会話が本当に多いんだけど、そうしたときに自分のバックボーンを表明できるとスンナリ交流できる、なんて経験は誰しもあるだろう。
 人間なんてものは「こいつは何処から来て、だから○○な奴だ」なんてものが分かれば、そいつ自身が勝手に分かった気になって安心する生き物なわけだ。
 別にバカにしてるわけじゃなくて、それが人と人が最初に対峙するときの本当の挨拶、礼儀なわけ。
 ここをすっ飛ばして馴れ馴れしい人(これもアリとナシが分かれるけど)もいるけど、正直深い繋がりを持てるとは思わない。ま、勿論深い関係だけが是では無いけどね。
 相手がどこから来てどういう体験を経て今自分の目の前にいるのか、それを知りたいですってことをまず表明して説明してもらって、「あなたのことが少し分かりました」ってな風に肯定から入って、今度は自分の番ですねと説明すると、この世に戦争は無いんだけど。
 これが無理なんだよねー。日本に限らないよ。

 たまに英語どころか、何語なんだソレはっていうのを真っ向からぶつけてくる外国人がいるけど、そういうヤツにはむしろ日本語でしか話さない。不思議とその方が意外と話が早かったりする。
 「”%$’&’IO(‘*)!?」
 「え!? 何言ってるのか全然分かんない!!」(首かしげる&お手上げのポーズ)
 「#”%&’&%’(=‘{}」!!」(手振りかなんかで伝えようとしてくる)
 「あーあー!! 分かった!! 分かんないけど分かった!!」
 で、大体なんとかなる。
 いや、これボディランゲージでなんとかなってるヤツだ。今気付いた。俺の身振りが元から大げさなだけだった。全員オーバーリアクションで生きていこう。(超理論)

 話が変わるが、東京に来て思うんだけど、東京の人って変に演技臭いヤツ多いよな。
 いや、演技するのは別にいいんだけど、どうせ演技するならもっと自然に出来ねーのかよ……?? と思って。これは天才詐欺師の俺からの素朴なご意見ですが。
 例えば台詞が妙に芝居がかってたり、表情や仕草が作り物っぽかったり、冗談が妙に薄ら寒かったり。作り物感が凄くて「指摘するのも野暮だな、面倒だな」と思うほど酷い。
 美男美女だけに許されるおこがましい振る舞いや態度ってあるやん。あれを不細工がやったらサブいという、まぁ分かりやすいのがソレだ。まぁ俺は美男美女がやっても笑いますけど。
 そーいう全体の雰囲気の微々たる部分から来る印象と、実際の態度に齟齬が生じるから「嘘クサッ」てなるわけや。

 で、話を最初に戻すと、外国人は当然ながら「それが初めて」と思って日本に来るわけだから、そんな嘘臭い態度「??? これが日本人の普通なの??? それともこの人が変なの??」とかなるわけで。
 正直日本人と外国人との苦手意識の殆どって、そういう変てこな見栄とか紛らわしい態度が語弊になってるだけで、言語とか見た目なんてミジンコレベルの問題なんだと思う。
 会話してるときは相手の目をじっと見るとか、欧米だったらそりゃ見るけど、日本だったらガン見する方が珍しいんだから無理して見返さなくたっていいんだよ。それは相手が日本のことを知るべき。いや違うよ?俺がガン飛ばされると睨み返しちゃうのとは関係ないよ?
 例えば日本でも握手やハグが挨拶として一般化してきてるが、それが正当な挨拶じゃない国は他にまだ有る。それと一緒。
 グローバリゼーションってのは、そんなところが問題なんじゃない。この辺りの感覚はもれなく全員バカ。ツレで東大行った奴らですら無知だからマジで全員バカ。想像力は学力じゃないね。

 まぁこの話で何が言いたいかと言うと、英語が喋れなくてもコミュケーションは可能。
 マジでウケるんだけど、自分に自信があれば地球上の人類、全員とコミュニケーションとれる。大事なのは自分と自分のバックボーンに自信を持つことと、同じくらい相手のバックボーンを尊重すること。あとは、片方だけが銃を持っていたりしないことだけ。
 自分と異なる人間との接し方を知らない人間とは、あまり係わり合いになりたくないなと思う。
 そういう奴とはね、お互い日本語が喋れようが、同じバックボーンを持ってようが、一生コミュニケーション取れないよ。
 「オレ、オマエ、スキカモ」って色んな伝え方が出来るようになりたいな! 勉強勉強。なんでも勉強だ。

3/31@三軒茶屋

 呼んでもらえること、場数踏ませてもらってることは言葉に表せない「感謝」だし、スタッフさんの仕事も卓越してるので凄く勉強になる。
 が、さすがに一ヶ月に4回も連続で同じ場所で演奏するのは自分には少し不健康だということが分かった。勿論それを学ばせてもらったこともまた感謝ではある。
 例えば欧米ではライブ兼パブみたいなとこで何曜日固定ギャラ幾ら、みたいなこともあるんだろうが、そこらへん自分は特に魅力を感じないし、所謂プロ思考ではないんだなと痛感した。

 Ghettoはしばらく月3~5回のライブなのだが、俺はこの活動スパンがとても気に入っている。感覚的には週に一度、たまに二度、くらいでやりたい。
 というか、制作と企画(自主イベントという意味ではなく)、演奏クオリティ、モチベーションや金銭面などのパラメータを考慮するとこのスパンが一番無理がなく生産性が高い、というイメージ。
 勿論バンドで収入が増えれば他の労働に費やす必要も減るのでその限りではないが、とにかく「モチベーション」というのが一番厄介だ。
 時々「一般的な暮らしや労働で溜まる世間とのストレス、ギャップが音楽活動へ向かう一番の動機」ってタイプがいて、俺はそれを全然否定しないというか、むしろ人として正しいことだと思っている。
 音楽を「生活をより豊かにする」という使い方に当てはめるならば、この国では最もギャンブル要素が低く周りと本人が不幸にならないスタンスだね。
 だが、どうも俺は違うらしい。極端な話、人望や収入や音楽的知名度がカンストしようが幸せにはなれないタイプ。俺と世間との齟齬はそんなものでは埋まらない。
 狂ったことを言うけど俺は地球上の全人類に幸せになって欲しいし、それが例えば命を賭けて済むなら俺は今すぐにでも死ぬ。何故か小5でそう思って、今でも思ってる。
 いや、だって、周りが全員心底幸せでニコニコしてたら気持ち良いじゃん。そんだけなんだけど。
 ただ善意とか博愛とかでやってるもんじゃないからな。そこらへん誤解されない程度には嫌われ者でいたいもんだ。
 小5で思ったときはずっと絵を描いてたので絵でなんとかしようと思ってたが、途中で才能が無いことに気付いたから今は音楽をやっている。音楽で戦争無くならねえかなぁ。(超理論)
 とにかくまぁ、異常な熱意でマイペースを保ってるんだということを周りは分かって欲しいし、見習って欲しいかなぁ。
 無理ばっかしてたらそりゃ壊れるっつーの。だって、無理をやってるんだもん。無茶はいいけど無理はダメだよ。

 俺には何が幸せかなんて分かりっこない。
 世の中には徹底的に辱められて惨たらしく死ぬのが理想な人もいるんだろうし。
 いっぱい異教徒を巻き込んで自爆したら天国にいける宗教だってあるんだし。
 なんでもないような一日だと思った。
 俺はバカだから音楽ぐらいしか何も浮かばないし、それ以外はよく分からない。
 こんな日は何度でも来るんだろうと思った。
 今日は夕暮れの空を飛行機雲が縦に割っていて、永遠の流星が落ちてるようだと思った。
 明日もまた見たいな、と思った。
 俺には何が幸せかなんて分かりっこない。
 この道を歩ききれる保障なんかも全く無い。
 むしろ圧倒的に志半ばで野垂れ死ぬ可能性のほうが高い。
 でも明日もまた見たいな、と思った。
 だからなんでもないような一日だと思うことにした。

 Ghetto Chapter89
 「Once upon a time in Ghetto」